Case11 アブダクション(3)
「らしいね。僕の友人も朝、声を掛けられたって言ってたよ。近くで女子大生が行方不明になったんだってさ」
後合もそれを継いで、伴野の話を証明するようなことを口にする。
行方不明? ……それって、まさか乙波の言っていた……。
「そうそう! ここのとなりのマンションで、ルームメイトと二人で住んでた女子大生が突然、失踪したみたいなんだよ。いなくなったのが四月一日だって言ってたから、かれこれ一週間以上経つんじゃないかな? それで警察も捜査しだしたってとこね」
その上、さらに有尾までがその話題に乗り、乙波が話していた事件についてより詳しく語り出すではないか!
なんなんだ? この突然のリンクは……。
「ああ、だから事件性も考えて、ここらで何か目撃したやつがいないか聞き込みしてるってわけだ」
「うん。その声掛けられた友人もそんなこと言ってたよ。僕らが登校した時にはもうしてなかったけど、早い時間帯には生徒にも聞き込みしてたみたい。彼も部活の朝錬で登校時間がすごく早いからね。もし何かの事件に巻き込まれたんだとしたら、人気のない深夜か早朝の可能性が高い……聞き込み対象としては、僕らみたいな怠惰な連中よりも活発な部に入ってる子の方が好ましいってところかな?」
有尾の言葉に伴野も頷くと、後合がさらに自分なりの解釈を披露し、よりいっそうその話を確かなものとする。
予想外な方向へと逸れた話に驚く俺だったが、これでようやく、あの〝黒尽くめ〟達の正体について得心がいった。
なるほど……あれは刑事だったのか。それならばあの暗めな服装も、校門の前で周囲を窺っていた不審な行動も納得がいく。
なんだ。蓋を開けてみれば、トンデモでもなんでもない常識的な話だ。
まあ、女子大生の行方不明事件ってのは非日常的な話題ではあるが……やっぱりMIBなんかじゃなかったじゃないか! ……あ、いや、別に俺は乙波の話を信じてたわけじゃないけどな……。
「にしても有尾、やけにその事件のこと詳しいな。どこでそんな情報仕入れたんだよ?」
「そう言われてみれば……僕の友人もルームメイトと住んでることまでは知らなかったよ?」
ようやく謎が解け、胸のもやもやも晴れてスッキリしていると、伴野と後合がそんな素朴な疑問を有尾にぶつける。
確かにこの前のプールの時もそうだったが、有尾は各方面において何かと情報通だ。
「そりゃあだって、あたし、同じマンションに住んでるんだもん」
「…………えええっ!」×3
だが、有尾はさも当然というように、情報通かどうかなど最早問題ではない、これまた驚愕の新事実をさらっと明かしてくれた。
「同じマンションって……なんで最初にそのこと言わなかったんだよ!?」
「だって訊かれなかったもん。あれ? みんな、あたしの家知らなかったっけ?」
驚きの声を上げる俺達を他所に、文句をつける伴野にも有尾はケロっとした顔でそう答えている。
「初耳だよ! っーか、じゃあ、おまえの家、学校のとなりか!? なら寝坊し放題じゃねえか!? くぅ~なんて羨ましい環境なんだあっ!」
「いやあ、近すぎるってのもそれはそれで面倒なんだけどね……ま、そんなこんなで、うちにも刑事さん達が聞き込みに来たんだよ。うちは3階だから、その行方不明になった人のいた5階とは離れてるんだけどね。いなくなった日に誰か不審人物を見なかったか? とか、何か不審な物音を聞かなかったか? とか……ま、月並みな質問だね」
「なるほどね。どおりで詳しいわけだ。で、有尾さんとこでは何か気付いたこととかなかったの?」
「ううん。それが全然。事件のこともだし、そんな人がいたなんてことも訊かれるまで知らなかったぐらいだから。ま、もしかしたら玄関ですれ違ったりしたことはあったかもしれないけどね」
羨ましがる伴野を軽くあしらい、その詳しい理由を教えてくれる有尾だが、続く後合の質問に肩をすくめると、そう言ってふるふると首を横に振る。
まあ、近所つきあいなどほぼないに等しい現代社会にあっては……しかも団地暮らしともなれば、いくら同じマンションといえどもそんなもんなんだろう。
にしても、まさか有尾があのマンションの住人だったなんて……ほんとに奇遇といおうか運命の悪戯といおうか……まったく、なんという偶然の一致なんだ……。
ハァ…これを乙波が知ったらどうしよう……放課後調べに行くとかなんとか言ってたけど、行ってもオートロックで玄関すら入れないだろし、どの部屋かわからなければ諦めて帰るだろうと踏んでいたのに、これでは有尾の力を借りて、なんの苦もなくすんなり目的地へ行き着いてしまう……いかん! それだけは絶対にいかん! 乙波と有尾の接触はなんとしてでも避けなければ……。
「ねえ、今の話ってとなりのマンションで女子大生が失踪した事件のことだよね?」
だが、そんな想定外にも発生した不安要素に俄かな焦りを覚え始めた矢先、額に手を当てて項垂れる俺の頭上数十センチの距離で、不意にどこか聞き憶えのある女の子の声が聞こえたのだった。
ま、まさか……。
「お、乙波!? ……い、いつからそこに?」
視線を上げた俺がそこに見た顔は、そのまさかの人物のものだった。
マズイ! いつからそこにいたのかは知らんが、今の話を確実に聞かれた。せめて有尾がそのマンションの住人だと気付いていなければいいのだが……。
「ねえ、その話、もっと詳しく聞かせてくれないかな?」
慌てふためく俺のことなど目にも留めず、乙波は真っ直ぐに有尾を見つめて尋ねている……その顔はいつも以上に真剣だ。興味ある分野ド真ん中な事件を前に限りなくガチである。
「……?」
プルプルプルプル…。
こちらを向き、怪訝な表情で無言の問いかけをする有尾に対し、俺は高速で首を横に振ると、何も言うなと目だけで合図を送る。
「アハぁ~…」
だが、そんな俺を見た有尾は、その顔にニタリと悪魔のような笑みを愉しげに浮かべるのだった――。
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