Case11 アブダクション(2)

「――今は昔、竹取りの翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使いけり……」


 そうして、よりいっそう乙波との交際を考え直したくなるような出来事に朝っぱらから遭遇してしまう俺だったが、一時間目の古典の時間、彼女の言っていたことがすべて妄言でもないことを知ることとなる。


「…………ん?」


 それは、クラスメイトの読む『竹取物語』をBGMに、ぼんやりと窓辺の席から外を眺めている時のことだった。


 三階にある俺達の教室からは校門の辺りを見渡すことができるのだが、その校門の前に黒いロングコートを着た男が二人、立っていたのである。


 あれは……ひょっとして、乙波の言ってた……。


 映画で見たように全身黒尽くめというわけではないが、どちらも黒いコートの下にもダークスーツを着込み、確かにMIBを彷彿とさせるような黒っぽい格好だ。遠くてよくは見えないものの、どちらも短髪で、30代~40代くらいのように覗える。


 まさか本物のMIBじゃないだろうけど、だとすると、あれはいったい……。


 予備知識を持って見るためもあるだろうが、それでもこんな時間帯に、働き盛りの男が高校の前をうろちょろしてるというのはいかにも怪しい……ま、学校関係者か生徒の身内という可能性もなくはないけど、それにしては何やらきょろきょろと辺りを気にしているみたいで、その挙動もどうにも不審である。


 ……いったいなんなんだ? ……ほんとに乙波の言う通りアブダクなんとかが起きたってんじゃないだろうな……。


「おい、上敷。どこ見てるんだ?」


 だが、そこはかとない不安をともなった俺のそんな疑問は、不意に教師の声で遮られることとなる……って、別に格好つけて言うほどのことじゃない。ようはただ他所見していたのを見咎められたのである。


 あ! ヤベ……。


「そんなに暇か? じゃあ、今度はお前に読ませてやる。続きを読んでみろ」


 そのいかにも国語といった感じの三十代男性教師・空窪荘司うつぼしょうじは、嫌味にそう言うと朗読の続きを命じる。


「え、あ、はい……えっと……」


「翁、言ふやうからだよ」


 無論、MIB(?)に気を取られてまったく聞いてはおらず、とりあえず立ち上がるも慌てふためく俺だったが、となりの有尾が口元に手を当て、親切にも小声でそう教えてくれる。


「え、えっと……翁、言ふやう、我、朝ごと夕ごとに見る竹の中におわするにて――」


 有尾のおかげでなんとか危機を脱することができた。


 彼女には心の底から感謝である。今度、水泳後の栄養補給に最適なスポーツドリンクの500㎖ペットボトルでも奢ってやろう。


「よし。もういいぞ。だが、これからはちゃんと授業に集中するようにな。じゃ、次は誰にしようかな? と……」


「ふぅ……」


 朗読をすませ、安堵の溜息を吐きながら腰を下ろした俺は、もう一度、窓の外へと視線を向けてみる。


 だが、その時にはもうすでに、黒尽くめ達の姿は校門の前より消え失せてしまっていた。


 ま、忽然と消えたわけでも、UFOから発せられた光線で船内に吸い上げられたわけでもなく、ただ単にどこかへ歩いて移動しただけなんだろうが……あいつらはほんとに何者だったんだろうか?


 そして、昼休み……そんな俺や乙波の見た〝黒尽くめ〟達の正体は、意外なところから明らかとなる。


「上敷、たまには一緒に飯食い行こうぜ!」


「悪い。先役があるんでな」


 4時間目のチャイムとともに騒然とする教室の中、昼食に誘ってきた伴野を俺はそう言って軽くあしらう。


「チッ、また例のカノジョとラブラブなランチタイムかよ~。最近、つれないぞ、お前。ぜったい、すぐに別れると思ってたのによ~」


「しかし、君もよく続くねえ。僕が知る限り、天音乙波との交際時間は君が最長記録保持者だと思うよ?」


 顔をしかめ、もてぬ男のひがみ丸出しに文句を言う伴野の傍らで、やはり一緒に食うつもりだったらしい後合が感心したようにそう口を開く。


「そうなのか? ハァ……なんて忍耐強い男なのかと、自分で自分を褒めてあげたくなるような歴史的偉業だな。前におまえらの言ってたことが、今ではものすごく実感できるよ」


「フフ…いろいろと噂聞いてるよ? 上敷くんも何かと大変だねえ~」


 後合の記録認定に肩を落として俺がボヤくと、まだ席にいた有尾もニタニタと笑いながら話に参加してくる。


 このイヤらしい笑顔……なんだか妙に愉しそうだ。先程、助けてもらった恩もあるので何も言えないが、そうやって他人の不幸を蜜の味にしないでもらいたい。


「まったく、みんな他人事だと思って……ああ、そういえば有尾、おと…いや、天音って、女子の間ではどんな風に見られてるんだ?」


 まるで噂好きなご近所のおばさんのような顔をしている有尾だが、その顔を見ていてふと、俺はずっと気になっていることを訊いてみようと思い到った。


 有尾に限らず、この頃になると、俺と乙波のトンデモな交際模様は都市伝説並の伝播スピードで全校生徒達の間に知れ渡っていた。


 発信源はわかっている……唯一、俺がそのことをボヤいた相手――ここにいる伴野である。


 ったく、このおしゃべり野郎が……。


 そのお蔭で外見のカワイさから常に10位以内にはつけいていた乙波の男子人気ランキングも一気に急降下し、まあ、寄ってくる虫がいなくなって結構なことではあるものの、果たして彼氏としては喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら……。


 ま、それはそうと、そんなわけで女子達から見た乙波の印象というものもちょっと気になったのである。体育の時に一緒になるし、有尾の社交性ならその辺のことにも詳しかろう。


「うーん……ま、普通かな? 男子が言ってるほど評価は低くないし、逆に高いわけでもないからね。ほら、女子っておまじないとか占いとか、そういったオカルトっぽいもの好きだから。男子より話合うんじゃないかな?」


 俺のその質問に対して、有尾は少し考えた後に冷静に分析してそう答える。なるほど……ちょっと十把一絡げ感はあるが、確かに男子よりは女子達の方が一般的にトンデモ属性に親和性があるのかもしれない。


 だが、それを聞いてちょっと安心した……いくらカレシといえど、年頃の女子高生が女友達と一緒にお昼も食べず、俺なんかとばかり食べているので少し心配になっていたのだ。


 もしや、トンデモな思考が災いし、誰も友達がいないのではないかと危惧していたのだが……。


「でも、ちょっと浮いてるって感じはあるかな? 親しい友達がいないっていうか」


 しかし、俺が安心したのも束の間、続けて有尾はそう付け加える。


「表面上はみんな普通に接してるんだけどね。別に不思議ちゃんとかじゃないし、女の子が興味持つような話題も普通に通じるし……だけど、やっぱりよく話してみると、ちょっと理解できないところとかもあるんだよね。世界観が違うっていうのかな?」


 やっぱり……それは以前、後合から聞いた結論とよく似ている。今では俺もまさにその通りだと思うところである。


 やはり女子達の目から見ても、乙波は〝エイリアン〟に映るらしい……見た目はスーツ着たオッサンなのに、ぢつは地球外生命体かもしれないというMIBと一緒だな……。


「上敷くんの方こそどうなの? なんか今までの彼氏と違って交際長く続いてるみたいだけど、彼女とつきあってて、そういうとこで衝突したりとかしないの?」


 老婆心ながら再び乙波の行く末について不安になっている俺に、今度は有尾の方が妙に真剣な眼差しになって訊き返してくる。


「……あ、ああ、まあね。衝突とまではいかないけど、やっぱりついてけないとこなんかは多分にあるかな。今朝だって、となりのマンションでアブダクなんとかが起きたって言うし、黒尽くめの男達が学校の周りをうろちょろしてるなんてことまで言ってるし……ああ、それは俺も見たんだったか……」


 突然、有尾に訊かれ、心が違う所に行ってしまっていた俺は、焦って一時間目に見たMIBっぽい人物のことまで思わず口走ってしまう。


「あ、いや、その、別に俺はMIBだとは…」


 そんな発言をしては俺まで乙波に感化されたのかと誤解を受けかねない。自分のうっかりに気付き、慌てて否定する俺だったが……。


「ああ、あの黒いコート着たやつらだろ? あれ、刑事らしいぜ? なんでも、この辺りで聞き込みしてるんだとかなんとか」


「え? ……刑事?」


 予想外にも俺の言葉を拾って、伴野がそう口を挟んできたのだった。


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