Case11 アブダクション(1)

「ハァ……」


 翌日の朝、昨日にも増して疲労感漂う顔で登校して来た俺は、とぼとぼと力ない足取りで教室へと向かいながら、今日何度目かとなる大きな溜息を吐く。


 乙波とつきあいだしてからまだ半月ほどしか経たないというのに、俺はもう彼女とつきあうことにほとほと疲れ果てている。


 彼女がトンデモな説を信じ、話が噛みあわないくらいならばまだいい……だが、そればかりかここ二週間というもの、俺は〝デート〟という名の自主的なトンデモ調査研究に引っ張り回され、最早、乙波と二人で非公式なオカルト研究会状態である。


 ああ、ちなみにうちの高校には今のところオカルト研はない。いっそ、ほんとに設立してしまった方がまだ少しは不毛さも薄れるというものだ。


 でも、「デートはわたしの行きたい所へ連れてってくれる」という条件でつきあいだした手前、こちらから誘いを断るわけにもいかないし……やっぱり、彼女とつきあうのには無理があるのかなあ……。


「あ、上敷くん、おはよう!」


 と、そんな青春真っ只中な問題に悩されつつ教室の前まで到達した時、ちょうど件の乙波が小走りに駆け寄って来て、なにやら弾んだ声で俺に挨拶をした。


「あ、ああ、お、おはよう……今日はなんだか、いつにも増して楽しそうだね……なんかあったの?」


 タイミング良くというか悪くというか、噂をすれば…な感じで現れた彼女に、俺は自分の心を見透かされないよう、どぎまぎしながら誤魔化して尋ねる。


「うん! まさにその通り何かあったんだよ!」


 すると、乙波は目をさらにキラキラと輝かせ、俺の鼻先にぐっと詰め寄ると、まるで水を得た魚の如く能弁に語り出した。


「ほら、入学式の日にわたしがUFOの編隊を見た所に建ってるマンション! あのマンションで女性が一人行方不明になってるらしいの! しかも、行方がわからなくなったのは四月一日――つまり、あの入学式の日なんだよ! こんな偶然あると思う? そんなの都合良すぎるよ!」


「あの……どうして、それで浮かれてるのかな?」


 異様にテンションの高い彼女に、僕は恐る恐る重ねて質問をする。となりのマンションで女性が失踪したらしいことはわかったが、その事件になぜ乙波が興味を示しているのかが皆目見当つかない。


「アブダクションだよ! アブダクションケース!」


「あぶらかたぶら?」


「違うよ! ア・ブ・ダ・ク・ショ・ンだよ! UFOに遭遇した人間が宇宙人に誘拐されるっていうアレだよ! きっと、その行方不明になったって人はあのUFOに連れ去られたに違いないよ!」


 ……なるほど。いつもながら、こちらの想像をはるかに上回るこじつけだ。


 だが、それなら彼女がはしゃぐのも納得できる……いや、そのアブダクなんとかだというのは納得できないけど。それに、そんな人が行方不明になってるってのにはしゃぐのは不謹慎だろ?


「い、いや、いくらなんでもそれはないでしょ? もしほんとにUFOがあのマンションの上を飛んでたんだとしても、同じ日に行方不明になったのはただの偶然…」


「ううん! ぜぇ~ったい、宇宙人による誘拐だよ! その証拠に黒尽くめの男達も学校の周りをうろうろしてるし。きっと、わたしがUFO目撃したの気付いてて、マスコミとかに口外しないように監視してるんだよ!」


 これもいつも通り常識的に意見する俺だったが、そんな俺の口をトンデモな反論で即座に封じ、彼女はさらに妄想へと拍車をかける。


「黒尽くめ……ねえ……」


 黒尽くめの男達――メン・イン・ブラック、略して〝MIB〟とも呼ばれている、UFOの目撃事件が起きた後、目撃者のもとを訪れては口止めをするという謎の人物達だ。


 映画にもなったので俺も知っている。なんでも、アメリカ政府の秘密機関だとか、いや彼ら自体も地球外生命体なんだとかいろいろ言われているらしいが……日本でもお目にかかることなんてあるのか?


「まさかあの時、アブダクションまで起こってたなんて……ついにわたしの身の周りでもそんな事件が起こったか……ああ、こうしちゃいられない! てことで、今日の放課後調べに行くよ! それじゃ、また後で」


「え? あ、ちょっ、調べに行くって……」


 そんなMIBに関する素朴な疑問に捉われている俺を放置し、乙波は何やらブツブツ独り言を呟くと、また突拍子もない企てを口にして走り去ってしまう。


「………おいおい、勘弁してくれよぅ…」


 その、これまでのものを遥かに凌駕する迷惑極まりないデートのお誘いに、去り行く乙波の姿を飲み込んだ同級生達の往来を眺めながら、俺はしばし廊下の真ん中で呆然と独り立ち尽くしていた……。

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