Case9 学校に出る幽霊(2)

「――で、ここがその廊下か……」


 続いて俺達の訪れたのは、管理棟校舎の二階、来賓の応接室や校長室なんかの前に位置する長い廊下だった。


「……まったくもってただの廊下だな」


 俺と乙波は廊下の真ん中に立って、左右に首を振りながら端から端までを眺めてみる……。


 ここが〝兵隊の歩く廊下〟と怪談に謳われる件の廊下であるらしい……いたって普通の廊下にしか見えないんだけど。


 その怪談によると、戦前、ここが軍の施設だったとかで、空襲で死んだ旧日本陸軍の兵隊の霊が夜な夜なこの廊下を行進する云々…ということになっているらしいのだが、確かこの高校って戦前にできたって話だし、完全に史実と矛盾している。


 ま、やっぱりただの作り話か、何かの見間違えに後付けの理由が付いたりなんかしたものなのだろう。


 それに、やっぱりどこからどう見てもただの廊下だ。不気味さとかもまるでないし、とてもそんな恐ろしげなものが出るような場所にはどうにも思えない。それどころか、早や黄昏時も終わろうとしているのに、薄暗くなるならまだしも夕陽の色に美しく染められ、むしろイイ感じに郷愁を誘う、レトロで趣ある廊下になってしまっている。


「でもまだ日があるし、とりあえず暗くなるまで待ってみよう?」


 だが、そう言う乙波に付き合わされ、俺は火災報知機の箱の影にその身を隠すと、彼女とともに夜まで廊下を監視することとなった。


 じつに不毛で退屈な時間ではあるが、こうして彼女と身体を密着させて隠れているのはなかなかどうして悪い気のするものではない……てか、なんとすばらしい状況なんだ!


 なんのシャンプー&トリートメントを使っているのだろう? 彼女の甘い髪の香りが俺の鼻腔を掠め、嗚呼、もう思わず彼女を後から抱きしめたくなってしまう……って、いかんいかん! ここは学校だぞ? このような聖域で、しかも校長室が目と鼻の先にあるような場所で煩悩に支配されてしまっては……。


「どうしたの? なんか鼻息荒いよ? 顔も赤いし」


 そうして俺の中で本能と理性が飽くなき闘いを繰り広げていたその時、乙波が不意にこちらを振り返ってそう尋ねた。突然、彼女の顔が目と鼻の先に迫ったので、俺は思わず背後に仰け反ってしまう。


「あ、い、いや別に……そ、そんなことより、ほんとに兵隊の行進なんて見たやついるのかな?もしほんとだとしたって、そんなの大昔に目撃されたきりなんだろ?」


 そうした不自然な格好のまま、俺はちょっと変態な劣情を抱いていたことをけして彼女には悟られまいと、慌てて思い付いた質問を口にしてなんとか誤魔化そうとする。


「それがね。じつは最近になって、それを見たっていう生徒が現れたんだよ」


「え?」


 だが、ただのその場しのぎにすぎなかったその質問に、乙波は真面目な顔で意外な答えを返してくる。


「それも一昨日の日曜らしいんだけどね。昼間、部活で学校来てたサッカー部の人が部室に忘れ物して、夜になってから気付いて取りに戻ったらしいんだ。そうしたら真っ暗い中、この廊下だけがぼんやりと光ってて、黒い人影の一団が校長室のある方向へ歩いて行くのが見えたんだって。暗くて格好まではよくわからなかったらしいんだけど、もう怪談で話されてる兵隊さんの霊に間違いないよ」


 一昨日というと、ほんとについ最近の話ではないか? ほんとにそんなもん見たやつがいるのか?


 俺はその話に少々驚かされ、また少なからず興味を抱く。


 まさか、それほど直近にも目撃者がいるような怪談話だったなんて……ま、でも、暗くてよく見えなかったっていう話しだし、本当に兵隊の幽霊だったのかどうかは怪しいものだ。


 誰か教師がいたのかもしれないし、もしかしたら泥棒が入ってたなんてことも……ぼんやり光ってたってのは、そいつらの持ってた懐中電灯の光だったり……。


「にしても、幽霊が出るようにはどうしても思えないんだけど……」


 そんなことを考えながら改めて廊下を見渡してみるが、何度見たところでやっぱりただの廊下である。もっとも、俺に霊感があるわけではないので確かなことは言えないかもしれないが、もしあったとしても何も感じない可能性が濃厚だ。


「でも、夜になれば出るかもしれないよ? もう少し辛抱して待ってみよう?」


 しかし、そんな乙波の言葉に反し、暗くなっても多少薄気味悪さが出てくるくらいのもので、夜まで待ってみても集団での行進はおろか、独り気ままに兵隊さんが散歩することもまるでなかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る