Case10 エリ高ロボ

 そうして怪談の正体が、洒落か、誇張か、はたまたただの見間違いかと次々に解き明かされていく中、それでも乙波の飽くなき探求心はその翌日も衰えようとはしない……いや、衰えるどころか、むしろ加速してさえいるといえよう……。

「――エリ高ロボぉ!?」

「そ。超変形合体、襟野五十一高校ロボだよ!」

 今日も放課後の教室で乙波と待ち合わせた俺は、開口一番、彼女の唱えた新たなるトンデモ仮説に素っ頓狂な声を上げる。

「東京都庁がロボットに変形するっていう都市伝説聞いたことない? あれと同じように、この高校もロボットに変形するんだよ! 体育館やプールも合体してね。そう考えれば、怪談で云われてることもすべて辻褄が合うんだよ」

 また、何を言い出すかと思えば……これまでで一番のトンデモ発言である。

「えっと……どこがどう辻褄が合うのかな?」

 俺は完全に呆気にとられ、脱力しながらも一応、彼女に問う。

「先ずベートーベンの額や階段の下にあったあの扉は、エリ高ロボに乗り込むための秘密の搭乗口なんだよ。あんなに厳重にカモフラージュがなされていたのがその証拠だね。それにプールの水が抜けたって話、あれはきっとロボット形態に変形する時のシークエンスだったに違いないよ。たぶん、生徒がプールにいるのに気付いて途中で変形をやめたんだろうけどね」

 なるほど……完璧なまでにトンデモな発想と理論展開だ……どこをどうすれば、そういう考え方になるものなのか、頼むから誰か教えてほしい。

「で、廊下を行進する兵隊の霊ってのは、おそらくエリ高ロボに乗り込もうとしてた秘密戦隊の隊員を偶然目撃したものなんだよ。そして、その隊員達が向かった先にある校長室の〝異次元に通じる鏡〟……その鏡の向こう側に存在する〝異次元〟と呼ばれるものこそが、実はエリ高ロボを操縦するためのコクピットだったんだよ!」

 説明されてもますます理解から遠のいて行く俺に、乙波はさらに常識を凌駕した超絶的結論を付け加えてくれる。

 ……ああ、そういえば、まだ調査に行ってなかったが、そんなのもあったんだったな。〝異次元に通じる校長室の鏡〟か。ま、今までのパターンからすると、その正体も大体の想像は付くが……って、ちょっと待てよ? まさか、今日はこれからそいつを調べに行くんじゃないだろうな!?

 もう一つ残っていたその怪談のことを思い出す俺だったが、それとともにものすごく嫌な予感が脳裏を過る。

「じゃ、そういうことで、今から校長室に潜入するよ?」

 次の瞬間、その嫌な予感通りの悪いお知らせを、キラキラと目を輝かせて乙波が俺に告げた……。


「――ちょっと、これはさすがに見付かったらマズイよ……」

 忍び込んだ校長室で尻がムズムズするような落ち着かない嫌な感覚を味わいながら、俺は乙波に囁くような小声で呟く。

「大丈夫だよ。今日は校長先生も他の先生達と一緒に会議でしばらくは帰って来ないから。これ・・を調べる時間はたっぷりあるよ」

 だが、相変わらず用意周到に下調べをして来ている乙波は普通の音量でそう答えると、無駄に堂々とした態度で壁にかけられた大鏡の前に立った。

 足を肩幅に開き、腰に手を当てた乙波の姿を映すその人の背丈ほどもある巨大な鏡……それこそが例の〝異次元に通じる校長室の鏡〟である。

「怪談の話だと、深夜0時にこの鏡の前に立つと異次元に吸い込まれちゃうってことになってるけど……それは真実を隠すためのフェイクだよ。本当はこの鏡をどうにかするとエリ高ロボのコクピットに入れるんだよ」

 鏡の中の不敵な笑みを浮かべる自分と睨めっこをしながら、乙波は自信満々に改めて自論を展開する。

 俺も乙波の肩越しに鏡の中の自分を見つめてみるが、ま、これも大きく古めかしいというだけで、特になんの変哲もないただの鏡だ。おそらくは校長が身形を整えるための姿見として設え付けられたものなのだろうが、さすが校長室のものだけあって頑丈そうな木の枠には瀟洒な彫刻が隅々にまで施され、この部屋の厳かな雰囲気に合うような気品溢れる優れた逸品となっている。

「ま、これまでの要領でいけばおそらくは……」

 だが、今までに見たベートーベンの額やあの数段取れる階段のことを考えるに、ある一つの可能性が俺の頭の中には浮かんでいた。

「こうなりゃ仕方ない。とっととすませるか……よいしょっと…」

 鏡の調査が終わるまで、乙波がここを離れることはないだろう(そして、俺も解放されることはないであろう…)。となれば、おどおどと消極的に振る舞っているよりはむしろ積極的に調査を進めるのが最善の策だ。覚悟を決めた俺はその重厚な木枠に手をかけると、ガタガタと押したり引っ張ったり叩いたり、とりあえずいろいろと力を加えてみる。

 ギィ…。

「あ! 動いた!」

 すると、思った通りこの大鏡もベートーベンの額と同様、扉のように手前へ開くではないか!

「早く開けて! きっとそこにはコクピットへ通じる自動ドアが……」

「あ、ああ……よっと……」

 興奮気味の乙波に急かされ、俺は腕に力を込めるとその重たい鏡の扉を徐々にゆっくりと手前に開いてゆく……結構な重量があるので動かすにはそれなりの力がいる。

 乙波はすっかり操縦席への搭乗口だと思い込んでいるが、これまでの経験則から察するに、俺にはもっと常識的な予想がついている……おそらくこの裏に隠されているのも、また同じような点検整備用の扉なのだろう……。

「……ん?」

 ところが、そこに俺達が見たものは、俺のその予想とはちょっぴり異なるものであった。

「あれ? 思ったよりも小さい……それに自動ドアじゃないみたいだね」

 無論、乙波が思っていたようなものでないことは敢えて言うまでもあるまい。また、俺のイメージしていたものとも違って、その高さ約一メートル、幅五十センチほどの黒く分厚い鉄の扉の表面には鍵穴だけでなく、回して合わせるダイアル式の錠も付けられている。

「このダイアルを合わせると、コクピットに乗り込めるのかな?」

「いや、どう見ても金庫だろ……」

 あくまでもコクピットの入口説を唱える乙波に、俺はそう醒めた目でツッコミを入れる。

 それは紛うことなき金庫の扉だった。戦前にこの校舎が建てられた頃からのものだろうか? 最近のものではなく、ずいぶんと古い型のもののように見える。

 そういうことか……予想とは違っていたが、これならばまあ、校長室にあってもおかしくはない、常識の範囲内で片付けられる代物だ。きっと耐火製でもあるだろうし、校長室の中というばかりか、普段、こんな風に所在を隠されているのならば、学校にとって重要な書類やお金を入れておくのにもってこいの場所だ。

 異次元へ通じていると噂の大鏡の裏には、実は秘密の金庫が隠されていたのである。

「ええ~エリ高ロボのコクピットじゃなかったの~? なんだ、がっかり……」

 トンデモな真相でなかったことに乙波はいたく落胆しているが、ま、現実とはそんなものである。俺はむしろ、その常識的に説明できる結果に大変満足している。 これで乙波が集めてきた怪談の調査もすべて終えたことになるが、皆、そのままその話が事実ではなかったにしろ、なぜそのような怪談が生まれたのか? その理由がちゃんとわかったじゃないか。

「いや、これはこれでおもしろい結果だよ。まさか、こんな所に隠し金庫があったなんて…」

 ガックリと肩を落とした乙波に向かって、俺はそう慰めの言葉をかけようとしたのであるが、微かに聞えたその音に口を開いたまま言葉を途中で飲み込む……不意に、誰かの近付いて来る足音がドアの向こうの廊下でしたのだ。

「マズイ! 誰か来る! 早く鏡を戻さないと!」

 慌てて俺は鏡の木枠に手をかけると、大急ぎでそれをもとのように戻す。と同時に、まるで鏡の扉と入れ替わるかのようにして入口のドアが開いた。

「……ん? なんだね、君達は?」

 入って来たのは校長だった。名前はなんと言っただろうか? とりあえず、入学式や全校集会等で見ているので顔だけは覚えている。白髪頭のほっそりとした神経質そうな人物である。

「こ、校長先生、どうも、こんにちは……」

「こ、こんにちは……」

 なんとか鏡戻してるのは見られずにすんだと思うけど……ともかくも、先ずは挨拶をして誤魔化してみる。今回はさすがの乙波も驚いているようだ…っていうか、しばらく戻って来ないんじゃなかったのか!?

「ああ、こんにちは……で、君達はなんでこんな所にいるのかね?」

 だが、やはりそんなことで校長は誤魔化されない。向こうも一旦は柔和な表情で挨拶を返してくれたが、すぐに厳しい顔になって、もう一度、改めて俺達に問う。

 ああ、どうしよう……早くうまい言い訳を考えなきゃ……でも、校長室に生徒がいる理由なんて、一体何があるっていうんだ? しかも、校長不在の校長室に……怪しい、怪し過ぎる……その上、金庫を隠す大鏡を弄ってたなんてことが知れれば、どのように言い繕うとも窃盗犯の疑いは免れない……もしそうなれば、まだ入学して間もないというのにそれこそ停学…いや、退学……いやいや、それどころか警察に通報されて逮捕なんてことも……どうする……どうする俺!?

「校長先生! 質問があります!」

 しかし、まるで言い訳が思い付かず立ち尽くすだけの俺の傍らで、何かひらめいたのか、乙波が気合の籠った声を上げる。

「ん? あ、ああ、何かね?」

 よし! 乗って来た! いいぞ乙波! 何を思い付いたのかは知らんが、とにかくこの場をどうにか誤魔化すんだ!

 突然、乙波に問われ、教師としての性か、思わず生徒の話に耳を傾けようとする良い人そうな校長に、俺は願うような気持ちで淡い期待を寄せる。

「ズバリ訊きます! この学校の校舎はロボットに変形するんですよね?」

 はあっ!? 何を訊いちゃってるんだ? あんたは!?

 だが、俺の認識が甘かった……この完全無欠のトンデモ娘は、この危機的状況においてもまだエリ高ロボのことを考えていたのである。

 俺も目と口を大きく開けて唖然とするが、校長もその唐突なトンデモ質問に呆然と立ち尽くしている。無理もない。こんなわけのわからない質問をされたら、誰だって固まってしまわずにはおれんだろう……ん? いや、待てよ。そうか、固まってる今だったら……

「ああ、どうもすみません。この子、ちょっとロボット学園モノのアニメを見過ぎでして。ほら、SFロボットアクションと中高生の青春学園生活を融合させた、多くのファン層を取り込めるあざといジャンルの作品ですよ。ご存じじゃないですか? ああ、さすがにご存じじゃないですよね。それじゃ、そゆことで、どうも失礼しました。アハ、アハハハ…」

 俺は咄嗟に機転を利かし、そう告げるや乙波を引っ張って速攻、ドアの方へと向かう。怪我の功名ではあるが、この最大のチャンスを逃したらもう後がない。

「え? あ、ちょっと待ってよ! まだ、わたしは校長先生と話が……あ、ねえ、ちょっと待ってったらあ……」

 そして、呆然と見送る校長を独りその場に残し、なおもトンデモ話を続けようとする乙波を無理矢理押し出すようにして校長室を出ると、俺達はいそいそとその場を後にした――。


「――もう! せっかくの機会だし、こうなったら直接、エリ高ロボのこと問い質そうと思ったのにい~!」

「そんなの問い質せないし、それどころか取り合ってもくれないよぉ……いや、それ以前にもう少しで生徒指導室送りにされるところだったじゃないかぁ……」

 校長室を出ると階段を一気に駆け下り、一階廊下の隅までなんとか逃げて来た所で、ようやく俺はぼやく乙波に文句ともどもツッコミを入れる。

「大丈夫だよ。向こうにも大事にできない弱みがあるからね。ほんとはちゃんと口で回答もらいたかったとこだけど、校長先生、わたしの質問聞いたら、すっかりショックを受けて固まっちゃってたし。まさかエリ高ロボの秘密に気付く生徒がいるとは思わなかったんだろうね。あの反応見るだけでも、もう黒なのは確定だよ」

 そりゃ、固まりもするだろうさ……また別のショックを受けてな。それに、それのどこが大丈夫なんだ!? 問題解決するどころか、もっと問題を大きくしちまってるじゃないか!? ……ハァ…この前の経団連の会議に続き、もう一つ職員室に呼び出される要素が増えた……。

「やっぱり、分岐の選択間違えたみたいだな……どこでバッドエンドのフラグ立ったんだろう……」

 どうやら自分の中ではエリ高ロボ説が証明されたらしく、いたく満足そうにしている相変わらずのトンデモな乙波の傍らで、俺はガックリ肩を落とすと、またしてもエロゲ的な後悔の言葉をぼそりと呟いていた……。

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