Case4 街中の都市伝説(2)

 そうして毎回、無駄な時間と労力の消費にだけ終わる乙波のトンデモ都市伝説調査であるが、その翌日も彼女との放課後デートは続く……。


「――ねえ、やっぱマズイって……もう帰ろう?」


「シーっ! 大丈夫だって。それより静かにしてないと、ほんとに気付かれちゃうよ?」


 この日、とっぷりと日も暮れてから俺達が訪れたのは、市の中央部に建つ商工会議所だった。


 その古代ギリシアの神殿を思わす鉄筋コンクリート造りの建物自体、そこここに〝未完成のピラミッドの上に輝く一つ目〟だの〝古代の石工の使う道具〟だのと、意味ありげなレリーフが散りばめられてるとかいないとか、以前よりトンデモ系の間ではよく話題に登っていたりする場所なのであるが、乙波がどこぞより仕入れた情報によると、今日ここで〝世界の支配を目指す某秘密結社〟の集会があるのだそうだ。


 でも、豪奢なファザード付きの玄関を入ったとこにあるホワイトボードの日程表には「蕗杖市経団連月例連絡会議」と書いてあったけどな……無論、秘密結社の集会などではなく、ま、いたって普通に市の経済界トップ達による情報交換のための集まりといったところなのだろう。


 だが、そのことについて乙波は――。


「だから、そういうお金持ち連中が某世界的秘密結社の結社員なんだよ」


 ――とのご意見だった。


 うーん、今日もトンデモ要素満載に穿った見方しまくりだな。


「何話してるんだろ? よく聞こえないな……」


 てなわけで、現在、俺ら…というか乙波のみであるが、その連絡会議だかの開かれている会議室の引き戸に耳を当て、中の様子をこっそり窺っているのである。


 一見おとなしい、おっとりしたお嬢さま系の女の子に見えて、こと自分の興味あることに関してはこのアクティブにも程がある恐ろしいまでの大胆さ……その目的とやっていることには多分に問題があると思うが、行動力だけを純粋に見れば大したものである。それをもうちょっとまっとうなベクトルに費やしさえすれば……。


 と、引き戸にぴったりと形が歪むほど柔らかな頬を押し当て、カワイらしい眉根を「ハ」の字に寄せている乙波の姿に、思わずそんなことをしみじみ考えていた時のことである。


 ガララ…。


 突然、彼女のへばり付く引き戸が予告もなく横にスライドしたのだった。


「…!?」


 乙波はまるでパントマイムの〝透明な壁〟をやる人のような形で凝り固まり、まん丸く見開いた目をやや斜め上方に向ける……その背後で俺も時が止まったかの如く硬直し、乙波が間近で見上げる人物に目を釘付けにする……。


 開いた引き戸から出て来たのは、高そうな紺のダブルのスーツに身を包んだ、いかにも会社の社長って感じのメガネな中年のおっさんだった。


 さらにその襟元には自分の会社の徽章なのか? フクロウをデザインした銀色のバッジを議員や弁護士がするみたく着けており、スーツ姿というだけでももう充分なのに、よりいっそう三割増しくらい偉そうに見える。


「……んん? なんだね、君達は?」


 こちらの姿を認めると、相手も少々驚いた様子で眉間に皺を寄せながらそう問い質す。


 その態度からして、どうやら乙波の不審極まりない行動に気付いて出て来たわけではなく、偶然、トイレか何かに席を立ったのであろう。


「……に、逃げるよ! 上敷くん!」


 一瞬の後、不意にくるりと180°高速反転した乙波は、俺を独りその場に取り残して一目散に走り出す。


「……え? ええ~っ!? あ、ちょ、ちょっと待ってよお!」


 さらに一拍間を置き、俺もこちらを睨むおっさんと乙波の逃げた方向を交互に見比べると、もつれる脚を必死に動かし、転がらんばかりの慌てふためき様でその後を追った――。




「――ハァ……ハァ……危なかったねえ。もし捕まってたら……ハァ……ハァ……口封じのために二人とも消されてたよ……」


 明らかにやましいことしてました感を振りまきながら商工会議所を全速力で飛び出し、さらに百メートルほど突っ走ってコンビニ〝ローンソ〟の影に隠れた後、激しく息を切らしながら、ようやく乙波が口を開く。


「…ハァ……ハァ……ひどいよ、自分だけ逃げ出すなんて……」


「ごめん、ごめん……ハァ……まさか、出て来るとは思わなかったから……ふぅ… でも、なんとか無事に逃げ切れてよかったよ……あ、個人を特定されるような証拠とか残してないよね? もし残してたりなんかしたら、身元を突き止められて消されちゃうよ? なにせ、相手は世界を影で支配している秘密結社……日本政府や警察だって、あいつらの意のままなんだから」


「個人を特定できる証拠って……」


 あんた、さっき、俺の名前思いっ切り叫んでましたやん!


 俺は強張った顔に苦笑いを浮かべ、心の中では声を大にして密かにツッコミを入れた……まあ、もちろん乙波の戯言のような身の危険はまずないだろうけど……リアルな問題として、うちの高校の制服姿見られてるし、学校に苦情とかいったらさすがにマズイな……。


「でも、わたし達の顔知られちゃったかもしれないし、ちょっと用心した方がいいかもね。上敷くんも、事故死に見せかけて殺されたりしないように気を付けてね」


「ああ、そうだね……俺なんか、名前まで知られちゃったしね……」


 なんだか怖いことをさらっと口走ってくれている乙波の傍らで、俺は彼女とはまた違った意味での現実的な危機を真面目に懸念していた……。

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