Case4 街中の都市伝説(1)
翌週、再び高校生活が始まっても、俺は学校帰りに乙波とのデート(?)を繰り返すこととなった。
「――上敷くん、これからちょっとつきあってくれないかな?」
本日の授業も滞りなく終り、鞄に荷物を詰め込んで帰り支度をすましているところへ、クラスが違うのもお構いなく、乙波が俺の席まで来て唐突にそう尋ねた。
「ああ、別にいいけど……どちらまで?」
最早、そんな年頃の男子が女子に言われて喜ぶような言葉にも俺は素直に喜べない。その上目遣いで頼む彼女のカワイらしい顔の向こう側になんだかとても嫌な予感がする。
「うーん…先ずはホームセンターへ行って魚取り用の網を買わなきゃね。すっごく頑丈なヤツ」
やはり、その予感は当たっているようだ。今日、昼飯を屋上で一緒に食べた時には何も言っていなかったが……一体、何を思い付いた?
「じゃ、そういうことで。校門の前で待ち合わせね!」
だが、密かに怯える俺を他所に、乙波はそう言い残すと明るく手を振ってさっさと教室を出て行ってしまう。
「あ、ちょっと待っ……ハァ…」
彼女の背に伸ばした手を虚しく空中に留めたまま、俺はガックリ肩を落として、いつものように深く溜息を吐く。
「ほお~。入学早々、もう別のクラスの子と放課後デートする御身分とは、上敷くんもなかなかやり手ですなあ~。しかも、相手はあの超カワイイ天音さんときた」
すると、そんな俺達の遣り取りを見ていたとなりの席の
有尾はその赤毛のポニーテールもよく似合う、快活で活動的な女の子である。その性格のために男子ウケもよく、俺もそれなりに仲良くやっている。
ま、男子ウケする性格かはともかくとして、活動的という面においては乙波も負けてはいないのだが……。
「デートねえ……フッ…有尾くん、男女の仲というものはもっと複雑なものなのだよ」
きっと「そ、そんなんじゃないよ!」とか、顔を赤らめて動揺する反応を期待していたのだろうが残念。お生憎さまだ。俺はからかう有尾に鼻で笑うと、わかったような顔をして彼女をそう諭す。
有尾はまだ乙波がどのような人物なのか知らないのだろう。ま、有尾の社交性からして、それを知るのもそう遠い日ではなかろうが……。
「……なにそれ?」
偉そうに気取った俺の言葉に、有尾はポカンと怪訝な表情を浮かべて呟いた。
「――上敷く~ん、そっちはどお~?」
「いや~! こっちもだ~!」
遥か向こうで側溝をあさる乙波の声に、同じく側溝の水を網でジャブジャブと掻き回しながら俺も大声を張り上げる。
やっぱり悪い予感は当たっていた……ホームセンターで俺の分まで魚取り用の網を買った彼女が始めたことは、最近、住宅街の側溝で目撃されたという〝ワニ〟探しだった。
なんでも、例の〝ホッシー〟同様、住民の誰かが側溝の中にいるのを見かけたのだそうで、そのいかにも都市伝説っぽい話に、乙波が俄然、興味を覚えたというわけだ。
野生のワニが生息しない日本で…しかも、こんな街中でワニなんか見かけるわけがないと俺が反論すると、フフンと得意げに胸を張って乙波は――。
「ニューヨークでは、実際に下水道の中にいる巨大なワニが発見されたらしいよ? ペットとして飼われてた子供のワニが下水道に捨てられたんだけど、下水は暖かいし、養分も豊富だし、その上、ネズミとか食料にも困らないからね。それで下水道の中でも生き続けてて、日に日に大きく成長していたっていうわけだよ」
――と、その根拠を明快に披露してくれた。
ま、その説明はいつもと違い説得力があるし、これまでのものに比べれば実際にあったとしても確かにおかしくないようなことではあるが……けど、今回目撃されたのは下水道じゃなく側溝の中だし、ここはニューヨークじゃなくて日本の一地方都市だと思うんだが……。
しかし、そんな基本的な問題に捉われることもなく、乙波は俺をほぼ強制的に連れ回すと、目撃情報のあった界隈の側溝を日が暮れるまで根気強く捜索し続けた。
もちろん、ワニが見付からなかったことは言わずもがなである。
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