Case3 赤毛山の徳川埋蔵金(3)

「上敷くん、もっと腰入れて! そんなんじゃ日が暮れちゃうよ?」


「…ハァ……ハァ……ああ、わかってるってっ……フンっ…」


 長年、忘れ去られている間に雨水などで流れ込んだのであろう。濃厚な土と草の臭いのする空気を吸い込みながら、入口を塞ぐ枯葉や土砂の堆積物を乙波とともに黙々と取り除いてゆく……まあ、男女の体力差があるので文句は言えないが、俺がシャベルで彼女が小さな移植ゴテというのはなんとも不公平感が否めない。


「――ハァ…ハァ……とりあえず、葉っぱと土は取り除いたけど……もう、これ以上は無理そうだよ?」


 かれこれ小1時間ほど、昨日に引き続き今日も過酷な肉体労働に従事していると、やがて洞窟の中へも潜り込めるほど、狭かった入口はもとの大きさまにまで拡大した。


「ああ、ほんとだ。なんか硬い岩みたいなのになってきたね」


 ところが、入って僅か1メートルの所で、今度は崩落したと思しき礫の壁に俺達の行く手は阻まれてしまう。


「いずれにしろ、このシャベルじゃもう役不足だな……」


 ガチィィィーン!


「痛っつ~……ダメだ。やっぱりビクともしないよ」


 ならばと得物を取り換え、その岩の壁につるはしを振るってみたが、あまりの硬さにこちらの手の方が痺れてしまう。


「うーん…ここからは人の手じゃ無理か……この洞窟説が間違いだとされるようになったのって、以前、地元資産家の有志がここを発掘した時に何も出てこかったからなんだけど……その時もこの礫の山はあったのかな?」


 手をジンジンとさせて呻く俺の傍らで、対象的に無傷で体力も疲弊していない乙波が礫壁に張り付くと何やらおもむろに調べ始める。


「なんか、人工的に積まれた感じがするな……ぢつはその時、資産家の有志達はちゃんと埋蔵金を発見してて、それを隠すためにもう一度この礫で埋め戻したとか?」


 いや、俺の目にはどう見ても自然の崩落にしか見えないのだが……と、地学や石積みの知識があるとも思えない乙波に俺は心の中でツッコミを入れる。


「ますますここが怪しいけど……仕方ない。今日のところはこれくらいにして、今度はダイナマイトを用意して来るしかないね」


 そんな穿った見方しまくりの乙波先生であるが、どうやら物理的理由により、本日これ以上の発掘はおとなしく諦めてくれたようだ……けど、そう易々とダイナマイトは入手できないと思うぞ?


「ま、できたら牧場の方にも廻ってみたいと思ってたから、これからそっちを見に行こう?」


「え、牧場?」


 埋蔵金発掘調査の中止を決定し、代りとなる新たなプランを提案する彼女の言葉に俺は思わず色めき立つ。


 今、彼女は牧場と言ったか? ……牧場といえば、あの牛とか羊とかが長閑に戯れていて、トンデモ要素などどこにも見当たらない、カップルがデートやハイキングに行くにはもってこいの……。


「これはまだ未確認情報なんだけど、あそこでキャトミューが起きたらしいんだよね」


「きゃとみゅー?」


 なにはともあれ、これでようやく普通のハイキングができると淡い期待を抱く俺だったが、乙波はまたしてもよくわからないことをその小さくカワイらしい口で語り出す。


「そ、キャトルミューティレーション。宇宙人が牛をさらうあれだよ」


 ああ、あれか……宙に浮くUFOから光線が発せられ、地上の牛が空中へ吸い上げられているを誰しも一度はテレビなどで見たことがあるだろう。


 なんでも、地球の生物を調査するのが目的だとかで、そのキャトミューにあったと思しき、目や性器を切り取られ、血液をごっそり抜き取られた牛の死骸が牧場で見付かるのだそうだ……にしても、その恐ろしげな内容に反して、なんともファンシーな響きの略し方である。


「ここへ来たついでに、ほんとにキャトられた牛がいるかどうか確認もしてきたいんだあ」


 なるほど。俺の牧場に対するトンデモとコラボする可能性認識が甘かった……それは確かに埋蔵金にも増して、乙波の興味を惹く絶好のネタかもしれない……。


 しかし、だ。


「あ、あのさ、その前にここらでお昼にしない? ちょっと時間は早いけど、俺、今の肉体労働のせいかお腹ペコペコで……」


 埋蔵金探しを諦めるもすぐに気持ちを切り替え、休む間もなくまた新たなトンデモ調査へ向かおうとする彼女を俺は慌てて引き止める。


「ああ、そういえば、わたしもお腹空いたかも……そうだね。それじゃ、先にお昼にしよっか」


 おし!


 その色良い返事に、俺は彼女に気付かれぬよう密かに脇で拳をぎゅっと握りしめる。


 ……そうだ。この明らかに俺の知るハイキングではないハイキングを世間一般的に言うデートへ近付ける方法がまだ一つだけ残っていたのだ……その唯一無二の方法、それが〝お昼のお弁当〟である。


 実は昨日、乙波に――。


「あ、つきあってくれるせめてものお礼に、お昼はわたしが用意していくから持って来なくてもいいよ!」


 ――と、そんなうれしい言葉をあのカワイらしい笑顔で言われていたのだ。昨日は味気ないコンビニにぎりだったが、今日はぐっとレベルアップして彼女の手づくり弁当である。


 長閑な山の中、二人っきりで食べる彼女手づくりのラブラブ愛情たっぷり弁当……ちょっと景色はアレだけど、人気のないここならば、誰にも邪魔されることなく恋人達の時間を楽しめる――。




(※妄想中)

乙波「――はい、あーんして❤」


俺「あーん…もぐもぐ……うん。このたまご焼き、すっごくおいしよ! やっぱり俺への愛がこもってるからかな?」


乙波「もう! やだあ、上敷くんったらあ……じゃ、次はタコさんウィンナーね。これにも隠し味にわたしの愛をい~っぱい振りかけてあげる♪ おいしく、おいしく、おいしくな~れ♡ はい、あーん」


俺「エヘヘヘ……あーん――」


 ――とかなんとかしちゃったりして……。


 そして、他には誰もいない静かな山奥で若い男女が二人きり、そうやってチチクリ合っている内にお互い感情が高まり、ちょっぴり背伸びして大人でムフフ❤なイケナイことをする方向に行ってしまったり……って、何考えてんだあっ!? 気が早過ぎるぞ俺っ! 落ち付けえ……落ち着くんだあ……まだ二回目のデートなのに早まってはいかん……あ、で、でも、き、キスくらいならそろそろ……。


「はい、これ。これなら歩きながらでも栄養補給できるから便利だよ」


「…………え?」


 しかし、そんな都合のよい妄想に伸びきった俺の鼻先へ、彼女は銀色のビニール容器に入ったゼリー状の栄養補助食品を突き付けてくる。あの、プラスチック製のキャップを取ってチューチューと吸うやつだ。


「え、えっと、念のために確認するんだけど……もしかして、これがお昼?」


「そだよ。わたし、これ好きなんだ……あ、グレープフルーツ味嫌いだった? マスカット味の方がいい?」


 まさかと思いながらも尋ねた俺のその質問に、彼女はニッコリと愉しそうに笑って、そのまさかな答えを返してくれる……頼む! 頼むから「違うよ」と否定してくれ!


「グレープの方がマルチビタミン配合でいいと思ったんだけど……じゃ、上敷くんはマスカット味の方。はい、遠慮しないでいいよ?」


「あ、ああ、どうもありがとう……いただくよ……」


 こちらの心情など知る由もなく、無邪気に差し出すそのコンビニかスーパーで買って来たと思しき栄養補助食品を、俺はぎこちない笑みを浮かべながら、ショックに震えの止まらない手でゆっくりと受け取る……何味がマルチビタミン配合で他のは何配合なのか知らんが、そんな些細な味や栄養素の違いなどどうだっていい!


 ……嗚呼……さらば、夢の手づくり弁当と俺のハイキング・デート……。


 昨日よりもレベルアップどころかコンビニにぎりよりもさらに一段とレベルダウンした……俺のしたかったチューはこんなチューじゃない………。


 俺は、青春のように甘酸っぱい味のするゼリーをチューチューと吸い出しながら、今日も心の中で男泣きに泣いた。


「上敷くん? どうしたの? なんか涙が出てるよ? そんなにおいしかった?」


 いや、どうやら実際に泣いていたようだ。しかも、頬に何か熱いものの流れるのを感じるのでたぶん号泣である。


「ああ、すごくおいしいよ……なんかこれ、ちょっと塩気も利いてるね……」


「そう? よかったあ~。じゃあ、午後のキャトミュー調査もがんばれそうだね♪」


「ああ、がんばるよ……そうだね、人生、がんばって生きてかないとね……」


 その後も傷心の俺を引っ張り回してのトンデモ調査は夕方まで続き、こうして俺と彼女の第二回目のデートも、とてもデートとは思えないものに終わったのだった……。

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