Case3 赤毛山の徳川埋蔵金(2)
「――さてと、それじゃさっそく、埋蔵金が埋められてるっていう洞窟に行ってみようか?」
そうやって俺が人生の哲学的問題について考察している内にも、安全運転のバスは問題なく赤毛山へと到着し、このなにかとトンデモ系属性な聖地に降り立った乙波は、美しい山の景色を堪能する間もなく、早々、無謀なトレジャーハンティングを開始する。
「頃は幕末、川を船で遡って来た謎の集団が何かをこの赤毛山へ運び込んだらしいんだ。それが時の勘定奉行・
ネットで拾ったと思しき古めかしい宝の地図を両手で拡げ、意気揚々と目の前を行く秘境探検隊仕様のトレジャーハンター乙波が、無知蒙昧なる俺のためにわざわざ埋蔵金伝説の概略を話してくれる。
格好はアマゾンの奥地にでも臨まんという本格的に探検隊な彼女だが、進むのは遮る密林もつまずく岩石もまるでない、いたってフラットで安全なよく整備された林道だ。
赤毛山には山頂まで遊歩道が整備されており、麓には観光用の牧場なんかもある。
一方でトンデモ達の聖地であるのとは別に、ここは家族連れに人気な行楽地であったりもするのだ。また市内小学校の遠足場所でもあり、俺も小さい頃に何度か来たことがあるので懐かしい。
とまれ、今日は日曜ということもあり、清々しい山の澄んだ空気の中、俺達の他にも様々な世代の行楽客が遊歩道を散策している……ああ、なんか、ようやくデートっぽくなってきた。これで山頂まで登って、そこでお弁当でも食べれば……。
「で、これがその埋蔵金の隠し場所を示すという謎の金属板をもとに戦前の研究者がこの山の地形に当てはめて作った地図なんだけどね。これでいくと、どうやらここにある洞窟の中に隠されてるんじゃないかって話なんだあ……ああ、この辺だな。よっと……」
「……え? あっ! ちょ、ちょっと、どこ行くの?」
だが、そんな俺の微かに見え始めた希望の光を無碍にも消し去るかの如く、乙波は不意に遊歩道を外れると、何を思ったか、脇に広がる木立の中へと躊躇うことなく分け入って行く。
「その洞窟ってのはこっちの方にあるみたいだよ? さすがに遊歩道沿いには隠してないみたいだね」
「い、いや、確かにこんなすぐ見付かっちゃいそうなとこには埋蔵金ないだろうけどさ、そんな道から外れちゃ危ないよ? 迷子になったらどうするのさ?」
「大丈夫だよ。ほら、道ならちゃんとあるし。昔、地元の人が薪とか拾いに来てた頃にはこっちの道が使われてたらしいよ?」
俺は慌てて乙波を止めようとするが、彼女は澄ました顔でそう答えると、なんだかそこだけ下草の少なくなった獣道のような場所をさっさと歩いて行ってしまう。
「ああ! ちょっ……ああ、もう!」
やはり平凡なハイキングのままでは終わらせくれないらしい……そんな相変わらずどこまでもマイペースに突き進む乙波に、やむなく俺も愉しく心地良い林道散策を泣く泣く諦め、遠ざかる彼女の後をいそいそと速足に追いかけ始めた。
「ほんとに道になってる……でも、よくこんな道知ってたね?」
一歩、遊歩道を離れれば鬱蒼とした山林が広がっているため、最初はほんとに遭難でもしかねないんじゃないかと少々不安になったが、目の前のシャベルとつるはしの突き刺さった大きなリュックサックを追いかけて行けば、確かに彼女の言う通り、その人ひとりが通れるくらいの下草の間にできた一本筋はどこまでも山の奥へと途切れることなく続いている。
「この地図を拾った徳川埋蔵金マニアのサイトに、そのマニアが実際来てみた時の話も写真付きでUPされてたんだあ。今でも山菜採りの人とかがこの道使ってるみたいだよ?」
「へえ~…それで今もちゃんと残ってるんだ……あ、でも、山菜シーズンといえば、クマとか出ないかな……」
遭難の恐れはなくなったものの、また新たな危機感が俺の心に去来する……。
そうして、『未知との遭遇』ならぬクマとの遭遇を心配しつつ、昔の生活道を彼女とともにズンズン進んで行くと、その問題の洞窟と思しき大きな岩穴の前に俺達は到着した。
「どうやらここみたいだね……ここもピラミッドの内部へと通じる入口の一つらしいんだけど、その秘密の地下トンネルを転用して、幕府の密命を受けた謎の集団が埋蔵金を隠したんじゃないかって考えられているんだよ。その時はまさか宇宙人の基地だとは知らなかったって話だけど、もしかしたら、ぢつは幕府と宇宙人が密かに協定を結んでいて、それでこの赤毛山にしたって可能性も……」
山の岩肌にぽっかりと口を開けた、人の半身ほどもあるひしゃげた大穴の前に悠然と立ち、乙波が学者のようにもっともらしく説明を口にする……無論、トンデモ要素てんこ盛りでとても信じるには足りん…てか、アメリカ政府よりも先に徳川幕府が密約結んでいたと言うのか? 最早、鎖国か開国かなんて問題じゃないだろ!?
それに、仮に一万歩譲ってその与太話に乗ってやったとしても、今、目の前にあるのはとても埋蔵金を埋めたとは思えない、何の変哲もないただの自然洞窟だ。いつもは誰も寄り付かないため、周囲には接近を阻むかのように草木が生い茂り、積もった枯葉に入口は半分ほどが埋もれている。
……ん? そういえば、そんな有名な隠し場所候補なら、乙波みたいなトンデモ
「でもね、ここが隠し場所だって説は早い時期に廃れていて、今はもう一般的に信じられてないんだ。だけど、だからこそ誰も顧みないここが一番怪しいとわたしは考えたわけなんだよ。ここじゃないって反論も今一論拠に乏しいしね。ひょっとしたら、埋蔵金をここで発見した何者かが、人々の目を欺くためにそんなデマを流したってことも……」
俺がそうしたそこはかとない疑問を抱いていると、それを知ってか知れずか乙波がまた、そう独自解釈による解説を付け加えてくれた。
なるほど……それでこの放置状態か。ま、この明らかに自然のままの洞窟見れば、誰だってそう思うだろ……てか、あんたこそデマ吹聴しまくりだよ!
「で、でも、もし埋蔵金見付けたんなら、もうすでに持ち出した後なんじゃないか?」
それでも俺は
「チっチっチっ、甘いな上敷くんは。見付けて運び出すって言ったって400万両もの金塊、どこに隠しておくって言うの? わざわざ他の隠し場所探すくらいなら、そこにそのままにしておくのが頭のいい方法ってもんだよ。お金が必要な時にだけ、こっそり取りにくればいいんだからね」
だが、舌を鳴らして人差し指を振る彼女に人を小バカにするような目で見つめられ、俺は上から目線にそう反論されてしまった。妙にイラっとさせられたのはともかくとして、なんか、納得いくようないかないような微妙な理屈だ。
「それじゃ、いよいよお宝とご対面だね。400万両、何に使おうかな♪」
しかし、その屁理屈としかいえないようなパラドックスありまくりな論理も乙波の中では整合性を保っているらしく、さっそく背中からショベルとつるはしを引き抜くと、深い下草を掻き分けて洞窟の入口へと近付いて行く。いや、そんな簡単には見付からんだろ?
「ほら、上敷くんもボケっとしてないで! 一緒に掘ってくれないと分け前あげないよ?」
「あ、ああ、はいはい……」
ふと見れば、そうのたまわる乙波は早や洞窟掘りにとりかかっている。
今朝、家を出た時にはよもや山の中でこんなことするとは思いもしていなかったが、もうすっかり埋蔵金を見付けた気になっている彼女に尻を叩かれ、こうして俺も仕方なく世に名高い伝説のお宝を一緒に探すこととなった。
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