Case5 ファストフードの都市伝説(1)

 そして、その翌日も――。


 この日は、それまでとは一風変って見た目はまさにデートというか、高校生カップルが放課後に道草食ってっても別段おかしくはないような、そんな、いたって普通な繁華街にあるスポットを俺達は訪れていた。


「いらっしゃいませ~! ご注文は何になさいますか?」


「オリジナルチキン、十ピースください」


 カウンター越しにスマイルをくれる若いバイトの女性店員に対し、乙波が考える間もなくそう注文をする……即ち、ここは某フライドチキンのファストフード店である。


 ただし、ここの店の場合は〝えらく恰幅のよい白髭のおっさん〟が入口に立ってる例のフランチャイズそのものではなく、そこと市内にある大手企業が共同で出資しているというちょっと複雑な経営形態になっているらしい。


 で、そうしたこの店独自で今日から半額セールを始めるらしく、乙波のたっての希望でやって来たわけなのであるが……彼女の目的がただ「安いから」であるはずがない。


「今更説明もいらないと思うけど、この系列のお店では遺伝子操作で四本足にされたニワトリを使ってるって話聞いたことあるでしょ? いよいよその奇形ニワトリの材料が本格的に導入されて、それで今回、半額セールを始めたってわけだよ!」


 というご本人の主張の通り、ごくごく一般人の俺でも一度は聞いたことのある、かの超有名なファストフード店にまつわる都市伝説を調査するのが、本日、俺達に課せられた…いや、正確にいうと乙波が自ら進んで自分に課し、俺はそんなもの課せられた憶えは一向にない使命なのである。


 ま、それはそうと、そんな超有名都市伝説にしても半額の理由云々というところには乙波のオリジナルが入っているようであるが、四本足だから通常の二本足のニワトリに比べ、同じ原材料費で二倍の肉が手に入るので半額……うん。トンデモで単純極まりない考え方ながら、なんともわかりやすい理屈だ。


「でも、ここにきての突然の半額セール……これもあのUFOの編隊や秘密結社の集会と何か関係あるのかも……はっ! そうか! 秘密結社が宇宙人と遺伝子操作技術提供の密約を結んだんで、それで昨日、あの緊急集会を……」


 注文したチキンを待ちながら、非常に単純明快なその解釈に思わず感心してしまっていると、またも乙波がそんな壮大な妄想を補足的に付け加えている……いや、緊急集会じゃなく「月例」って書いてあったからね? やっぱり感心して損した。


「お待たせしましたあ~。オリジナルチキン十ピースになりま~す」


「あ、あ、は、はい! ど、どうも……」


 そのタイミングで出来上がって来た注文の品に、俺は笑顔のお姉さんが乙波の不穏な呟きを聞いていなかったことを心の中で切に祈りながら、異常なほどの慌てふためき様で揚げたてアツアツのフライドチキンを受け取る。


「そして、宇宙人にもたらされたその新技術により、それまでは成功率の低かった4本足ニワトリ製造の問題が解決し、ようやく安定した供給が可能になったことでこの半額セールが!」


「独り言とはいえ、ここでそういうこと言わない方がいいと思うよ? 店内でお召し上がり中のお客さんもいることだし……」


 それでもなお、客が食欲を失うような発言をブツブツと言い続けている乙波に、俺はチキンを手に空いている席を探しつつ、そこはかとなく苦言を呈した。


 にしても、店内は俺達のような制服を着た学校帰りの高校生や、腹ごしらえに立ち寄ったサラリーマン&OLなどでごった返している。やはり〝半額〟の魅力は強力のようだ。


 ま、その騒がしさのおかげで乙波の妄言も掻き消され、こちらとしては大変好都合なのであるが、もし学校終わってすぐ駆け付けていなければ、俺達もカウンター前にでき始めた長蛇の列にしばらく並ぶ羽目になっていたかもしれない。


「ふぅ……ま、ただのお客さま還元セールか、さもなくば、昨今の消費増税や物価高騰にともなう不景悪化を懸念して、市民の購買意欲高めるために考えたもんなんじゃないの?」


 ようやく見付けた席に腰を下ろすと、対面に座った乙波に対して俺はそう常識的な意見を述べてみる。


「………………」


 だが、俺など眼中にない様子の乙波はさっそくチキンを手に取るや何を思ったか食べるでもなく、せっかくおいしそうなキツネ色に揚げられた衣を拡げた紙ナプキンの上で取り始めているではないか!


「…………何してんの?」


「ん? 何って、もちろん4本足の証拠探してるんだよ。さすがに衣付いたまんまじゃわかんないでしょ? まずは神秘のベールを剥がさないと……」


 恐る恐る尋ねた俺に、乙波はさも当然というようにそう答える。


「神秘のベールて……いや、よしんば本当に4本足のニワトリ使ってるとしてもだよ? 足の肉見ただけじゃ、それが2本足なのか四本足なのかなんて区別つかないと思うんだけど……しかも調理済み……」


「そんなのやってみなくちゃわからないよ。なんか四本足ならではの特徴があるかもしれないよ?」


 そして、いつもながら俺の正論に耳を貸すことなく、フライドチキンには必要不可欠の、オリジナルスパイスによって絶妙な味付けのなされた衣を彼女は黙々と剥がしていった。


 テーブルの紙ナプキンの上に次々と並べられてゆく衣なしチキンに、周囲の客達からは好奇の目が注がれている。当のご本人はお感じなしだが、その視線がとてつもなく痛い。


「あ、これ! 他のと形が違う!」


「いや、それは腿肉じゃなくて手羽肉だからでしょ……」 


 手羽を揚げたものを見て期待に目を輝かせる乙波に、俺はシラけた顔で冷静にツッコミを入れる。


 その方法で証拠を掴むつもりなら、せめてフライドチキンと鶏肉に関する知識をもう少し身に着けてから来てくれ!


 だが、呆れ果てる俺を置き去りに、その後も指先を油でギトギトにしながら彼女の衣剥がしは延々と続き、10ピースの鶏肉すべてが丸裸になっても彼女の予想に反して、そして俺の予想通りに、その無駄にフライドチキンをおいしくなくす行為から四つ足ニワトリの証拠はおろか、何かがわかるということはまったくなかった。


「うーん…やっぱりどれも同じに見えるな……あ! もしかして味でわかるかな? ……はい、上敷くん、お待たせ。もう食べてもいいよ」


「食べていいって……」


 新たな調査方法を思い付いた乙波は、そう言ってフライドチキンの残骸を俺の前にニッコリ笑って差し出す。


 この屈託のない笑顔……まったく悪気はないようだ。


「あ、ああ、じゃあ、遠慮なく……」


 ま、鶏肉本体は無傷だしな。塩気なかったら剥いだ衣も一緒に食えば……。


「…はむはむ……うーん、味もみんな変りない気がするな……上敷くんはどう?」


 悪意のない証拠に、俺に勧めるだけではなく、彼女自身も自らの舌での検証を怠らない。


「…もごもご…ああ、いつもと同じお馴染みのフライドチキンだよ……見た目はちょっとアレだけどね……」

              

 そうして二人向かい合って〝衣なしチキン〟というオリジナル新メニューを食してみるが、万が一の可能性で四つ足ニワトリの肉が使われていたとしても、普通の鶏肉とどこが違うかまるでわからない、いつもと変わらぬあのスパイシーで旨みたっぷりの味と香りである。


 いや、この味のクォリィティーならば、もしもそのような新種のニワトリが開発されていた場合、食の安全上問題がない限り、むしろ生産性の面からは推奨した方がいいと思うくらいだ。


「仕方ない。骨を持ち帰ってDNA解析でもしてみるしかないね……大学で遺伝子研究してる人に頼んでみようかな」


「え? もしかして、そういった学者に伝手つてとかあるの?」


 当然、味でも区別が付かず、今度はそんな本格的なことを言い出す乙波に俺は少々驚いて尋ねる。


 まさか、ただの素人マニアなだけじゃなく、そうした心強い専門家も彼女のトンデモ研究にはついているのか? だとしたら、彼女のこの少々やりすぎ感のある趣味もそうそうバカにしたものではない。


「ううん。ないよ。あ、上敷くんは誰か知り合いとかでそういう人いる?」


 だが、一瞬見直した俺の気持ちを間髪入れずにあっさりと裏切り、乙波はさらっとそれを否定してくれる。


「ハァ……俺だっていないよ……ってか、伝手もないのにどうやって調査を頼むのさ?」


 ちょっとでも感心した俺がバカだった……なんら面識のないトンデモ人間に「遺伝子操作された四つ足ニワトリかどうか調べてください」とフライドチキンの骨を渡され、「よし、任せとけ!」と快く引き受けてくれる科学者がどこの世界にいようか!?


「え、ダメなの? こんな消費者を騙す社会的な大問題なのに? 証明できれば大スクープなおいしいネタだよ? 絶対ノリノリで調べてくれると思ったんだけどなあ……」


 我が愛しき人よ、そう思っているのは君だけだ……。


「無理だよ。仮に伝手があったとしたって、そんなこと調べてくれるかどうか……ま、そういうことなんで、この調査もここまでだね……ズズ…」


 俺は肩を落として乙波にそうダメ押しをすると脂っこいチキンでしつこくなった口をさっぱりさせるために、一緒に頼んだアイスティー(ちなみにレモンティーをチョイス)をストローで啜る。


「この方法もダメかあ……よし! こうなったら最後の手段。厨房に潜り込んで、直接その証拠を見付けるしかないね」


「ブーっ!」


 考え付く調査方法が次々に頓挫し、いい加減、諦めてくれたものと思いきや、またとんでもないことを言い出す乙波に俺は口に含んだアイスティーを思わず宙に吐き出した。


「上敷くん、お店を出たら、こっそり裏口から忍び込むよ? 都市伝説で聞く話では証拠を見た人間にお金渡して口止めするらしいけど、わたし達の目的はあくまで真実の解明だからね。そんなお金に釣られちゃダメだよ? あ! 別パターンでは暴力に訴えてくるって話もあるから、何か武器を用意してった方がいいかな? スタンガンとか」


「ちょ、ちょっと待ちなって! いい? 落ち着いてよーく考えてみな? ここはファストフード店だよ? 別に店内でニワトリさばいてるわけじゃなくて、厨房に運び込まれるのはもう揚げるだけになった製品としての鶏肉だろ? だったら、いくら厨房に忍び込んでみたところであるのは今食べたのと同じ、すでに切断されて一本づつになった腿肉だけだよ。そんなの見て四つ足のものかどうかはわかると思う?」


 いつもながらに真剣な目をすると、周囲に聞こえないよう小声で潜入計画を相談し始めるいたって真面目な乙波に、ちょっと恐怖感を覚えた俺は慌ててその企みの不毛さを説いてやる。


「ああ、そういわれてみれば、確かにそうだね……そっか……敵もなかなか手ごわいな……」


「ふぅ……」


 再び考え込む彼女を注意深く見つめ、俺はそっと胸を撫で下ろした。どうやら理路整然とした俺の説得に無謀な考えは捨ててくれたみたいである。


 危なかった……そんなことに付き合わされた日には二人とも不法侵入か威力業務妨害の罪で下手すりゃ前科一犯だ。


「うん。わかったよ。じゃ、今度の週末、ここに鶏肉卸してる精肉工場か、そこでもダメなら提携してる養鶏場に行ってみよう?」


「え……?」


 だが、安心したのも束の間、どうやら彼女は諦めてはいなかったようだ。それどころか、さらに計画が壮大なものに進化してしまっている。


 以前、体育の時間に聞いた時には実感がわかなかったが、今ならば後合の口にした言葉の意味が心の底からよーくわかる……あいつの言っていた通り、彼女は人間そっくり(それも美少女仕様)な姿をした〝エイリアン〟なのだ。


「さすが上敷くん、いいアドバイスくれるね。うん! これなら絶対イケる。今度こそ動かぬ証拠を上げられるはずだよ!」


「ハァ……」


 無駄に意気込む乙波の前で、俺はガックリ肩を落とすと深く大きな溜息を吐いた――。

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