Case1 ファーストコンタクト(2)
「――上敷、あいつだけはやめとけ。な、悪いことは言わん」
「なんでだよ? それりゃあまあ、ちょっと考え方に偏りはあるかもしれないけどさ……」
入学式より一週間後。体育の授業中の休憩時間、俺は伴野と彼女のことについて言い争いになっていた。
「問題点といえばその一点だけだで、あとは完璧だろ?」
無駄にグランドを走らされた後、涼しい木陰に座り込んで向こうを眺めてみれば、
「きゃあ、きゃあ」と黄色い声を上げながら柔軟体操をしている女子達の中に彼女の姿も見付けることができる。
大きからず小さからず、年相応な胸の膨らみと短パンから覗くスベスベな〝絶対領域〟も目に眩しい、制服と同じ
などと、年頃の男子特有のスケベな思考に陥りながら彼女の方を眺めていると。
「おまえ、誰が一番好みだ?」なんていう、やはりバカな男子特有の下世話なネタを伴野が持ち出し、そこから自然な流れで彼女の話題に発展したのだった。
彼女の名は
入学式の最中には目に留まらなかったが、やはり俺と同じ新入生で、となりのクラスの生徒だったらしい。
ま、同じクラスでないのは非常に残念ではあるが、幸いにもうちの高校では体育の授業をとなり合うニクラス合同で男女二手に分れて行っているため、ありがたくもこうして魅惑的な体操着姿の彼女を拝めているというわけだ……ちょっとばかし距離あるけど。
「そこが問題なんだよ!」
「そうだな。できればもうちょっと近くで、あの甘酸っぱい香りのしそうな色白柔肌ボディを舐めるようにまじまじと……」
「はあ? なにいきなり変態チックなこと口走ってんだよ? 俺の話ちゃんと聞いてるか?」
その言葉を違う意味に捉え、不覚にも本能の赴くままに心の声を呟いてしまうと、伴野はひどく渋い顔を作って侮蔑するような目で俺を見つめる。
「ああ! おまえ、天音見ながらエロい妄想思い浮かべてたな? ……上敷、見た目に騙されるな。お前は彼女の恐ろしさってものをまったくもってわかっちゃあいない」
そして、同様の単純な思考パターンを持つ男子高生同士、すぐに俺の心中を察すると、首を左右に振り振り、もう一度、改めて苦言を呈して来る。
そう……「誰が一番好みか?」話になり、俺が天音
このイガグリ頭の一応野球部に入部した悪友は、野球の練習よりもそうした女子のデータ集めに余念がない、ギャルゲやエロゲ、ハーレム状態アニメには必ず一人は存在する、ストーリーの進行には欠かせない色ボケ青春野郎なのである。
「わかってないって、じゃあ、お前に何がわかるってんだよ? お前だって彼女のこと知ったのはこの高校入ってからだろ?」
「フフフ、俺様の情報網を甘く見てもらっちゃあ困るなあ……ああ、しりあっち、君からも言ってやってくれよ。天音はやめといた方がいいってさ」
別に自分の秘めたる思いを披露するつもりはなかったが、その言い様に思わずむきになって彼女を擁護すると、近くに座っていた同じクラスの
「ん? ああ、天音か。確かにカワイイけどね。僕もあんましおススメしないなあ」
すると、こちらの会話をなんとなく聞いていた後合は、額にかかるサラサラな髪を掻き上げながら、まるで俺を憐れむかのように眉根を寄せてそう返事を返した。
聞くところによると、彼女は後合と同じN中の出身らしい。ああ、ちなみに学校名はプライバシー保護のため、イニシャル表記にしておこう。
「いや、見た目だけじゃなく、性格もそんな悪くないし、別に不思議ちゃんや天然ってわけでもないだろ? 日常会話もとりあえず普通にできるようだし、ただ、いつも頭の中でトンデモなこと考えてるだけで、それ以外はいたって普通の…」
「そこがいっそう厄介なところでね」
再び反論を試みようとする俺だったが、そんな俺の口を後合の言葉が塞ぐ。
「これが見た目だけで、
確かに……俺もあの時、彼女が偶然、UFOの編隊飛行だかを目撃した(らしい…)直後だったから気付けたものの、もしそうでなかったら、きっと今でもまだ彼女がトンデモ系であることにまるで気付いていなかったに違いない。
「だけど、そうとは知らずにつきあいだした後のことを想像してみてごらん? より親密に話しをすればするほど、彼女との距離が縮まれば縮まるほど、自分と彼女との間には、今、見ている世界の認識に大きな齟齬のあることを思い知らされる……この世界観の違いってのはつきあっていく上でかなり致命的だ。言うなれば、彼女は僕達とは違う別世界の人間――まさに、エイリアンなのさ」
「エイリアン?」
「そう。あの宇宙人といったら定番の〝リトルグレイ〟じゃなくて、なんとかいうおっさんが会った〝金星人〟みたく、外見は見目美しい人間でも中身は遠い星から来た異星人って感じだね。そこにコロっと騙されて、過去に何人もの愚かな男達がアタックしたけど、一回デートに行っただけで、みんなあえなく自主的に破局さ。千年の恋もなんとやらってやつだ」
俺は、後合の言うように頭の中で彼女との交際をシミュレーションしてみる……確かに、一度のデートでそうなるかはわからないが、遅かれ早かれその結末は、こいつの言う通りなのかもしれない。
「ま、とはいえ、これは彼女の中身をよく知る者にしかわからないことだからね。高校に入って、そういう事情を知らない哀れな野郎どもがまたたくさん増えたから、しばらくはそんなアホウにも騙される被害者が続出することと思うよ?」
「うっ……なんだか、まるで自分が経験したような口ぶりだな。もしかして、お前もそのアホウの口か?」
まるで俺のことを言っているようなその台詞に顔をしかめた後、俺は後合の話をもっともだと思いながらもどこか悔しいような感じもして、やけに実感を持って語る彼に多少の嫌味も込めて尋ねてみる。
「いやあなに、僕の友人の友人にそんなアホウがいてね。そいつの話をその友人から聞いただけのことさ……」
その質問に、後合はどこか昔を懐かしむような遠い目をして、彼女ともども女子達の戯れる、男子高生には眩し過ぎるキラキラとした青春の景色の方を見やった――。
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