Case1 ファーストコンタクト(1)

 関東の一地方都市・蕗杖ろづえ市。


 4月1日……世間一般的にはエイプリルフールなどという、どんな嘘も許されるというふざけた記念日であるが、今年の俺にとっては〝受験生〟という名の過酷な冬の時代を生き抜き、穏やかな春とともにようやく訪れた輝かしいハレの日――高校の入学式である。


 もしここで「ぢつは、入試受かったってのは真っ赤な嘘でしたぁ~!」などという笑えない冗談を言うやつがいたら、エイプリルフールだろうがなんだろうが、そいつの額の真ん中に容赦なくマグナム弾をぶち込んでやることだろう。


 とまれ、そんな名門校でも落ちこぼれ校でもない平均レベルの平凡なとある高校の入学式の日、滞りなく退屈な内容の式次第もすべて終了し、他の新入生達同様、うだうだと帰路につこうとしていた時のことだった。


「――すまん。ちょっと取り行ってくる!」


「ああ。んじゃ、校門とこで待ってるから。早くしろよ?」


 俺――こと、上敷正論かみしきまさとしは、同じ中学出身の友人・伴野友男ばんのともおにそう断って、もと来た廊下を教室の方へと走り出した。


 これから伴野や他の同校出身者達とカラオケへ行くことになっていたのだが、うっかりスマホを机の中に忘れて来てしまったのだ。


「チッ…入学早々ツイてないぜ……」


 真新しい灰色グレイのブレザーの裾を翻し、昇降口前の廊下を駆け抜けると、俺は渡り廊下へと猛スピードで突入する……下履きに靴を履き替える段になってようやくそのことに気付いたのであるが、教室はこの棟ではなく、渡り廊下を挟んだもう一つ向こう側の棟にあるのだ。


「クソ、なんでこう教室が遠いかな……ん!?」


 しかし、雨避けに屋根が付いているだけの、ほぼ屋外と変りないコンクリ製のその廊下を途中まで来たところで、俺は思わず足を止めることとなる。


 渡り廊下からは学校の敷地境に植えられた桜並木が覗えるのだが、その今は盛りと咲き乱れる桜の木の下に、女生徒が一人、立っていたのだ。


 どこかこなれていない真新しい制服を着ているところからして、自分と同じ新入生だろうか? 色白で顔のパーツも整ったまず間違いなく美少女の部類に入る女子である。


 長過ぎず、短過ぎもしない艶やかな黒髪を春のうららかな風になびかせて、ピンクの花びらが舞い散る幻想的な景色の中、うっとりと細めたカワイらしい瞳で満開の花を見上げているのだ。


 天女に会った……。


 彼女を見た瞬間、俺はそう思った。


 でなければ、桜の精か、はたまた春の女神である。


 いわゆる一つの一目惚れというやつだ……気が付くと、俺はその神秘性すら感じられる美しいロケーションの中、現実味なく存在する彼女のもとへと足を踏み出していた。


「や、やあ……きれいな桜だね」


 今、偶然見かけただけのまったくの赤の他人であるというのに、大胆にも恋心などという不合理な感情に突き動かされ、俺は少しでもお近付きになりたいですと月並みなつまらない台詞で声をかける。


「………………?」


 突然、見知らぬ男に声をかけられた彼女は、ゆっくりとした動きでこちらを振り向くと、怪訝そうな顔で少しだけ小首を傾げる。


「………………」


「あ、い、いや、その……桜、きれいだなあと思って……」


 そのまま澄んだ瞳でじっと見つめられ、その気拙い間に耐えきれなくなった俺は、慌てて視線を頭上の桜の方へ逸らすと、もう一度、苦笑を浮かべながらそう言って誤魔化した。そして、心の中で「ま、君の方がきれいだけどね」と頬を赤らめながら人知れず呟いてみたりもする。


「…? ……ああ、うん。そういえば、確かにきれいだね」


 だが、俺につられて桜の樹を見上げた彼女は、予想通りのカワイらしいアニメ声ながらも奇妙な回答を返す。それはまるで、今になってようやく桜の花に気付いたというような口ぶりである。


 ……え? 桜見てたんじゃないのか? それじゃ、いつたい何を……。


 不思議に思い、先程、彼女が顔を向けていた敷地境の方を改めて見てみれば、フェンスの向こう側にはマンションが一棟立っている。もしかして、彼女はそのマンションを眺めていたのだろうか?


「あのマンションに何か気になることでもあるの? 誰か知り合いが住んでるとか? あ、ひょっとして、あそこが君の家? だったら近くていいよね」


 考え到ったその推理に従い、今度は満開の桜を見上げたまま固まっている彼女にそう訊いてみるのだったが……。


「マンション? ……ううん。あそこには住んでないし、別に知り合いもいないけど?」


 またしても彼女は小首を傾げ、逆に俺の方が不可解なことを言ってるとでもいうような様子で、こちらの予想とはまるで異なる反応を示す。


 桜でもないし、あのマンションでもないのか?


 二度も勘違いをしてしまい、もうそれ以上、どんなに周囲を見回してみても、彼女が何にあれほど気を取られていたのか皆目見当が付かない。


「え、じゃあ、さっき何を見てたの?」


 やむを得ず、俺は素直にそう尋ねてみるのだったが……。


「ん? ……ああ、今ね、UFOが編隊飛行してたから、それを見てたんだよ」


 眩いばかりのカワイらしい笑みを浮かべ、さも当然というように彼女がさらっと返してくれた答えは、そんなトンデモないものだった。


「…………え?」


「あっちの空から向こうの赤毛山の方へ飛んで行ったんだよ。ほら、あの山ってUFOの秘密基地があるんじゃないかって話でしょ? だから、もしかしたらまたこの上を通るかもしれないし……あのUFOの編隊、戻って来ないかなあ」


 彼女は再び上空へ顔を向けると、掲げた人差し指で未確認飛行物体の軌跡を宙に描きながら、キラキラと円らな瞳を輝かせて愉しそうにそう続ける。




 ……で、で、デンパさんだったんだあぁぁぁぁ~っ!




 そんな彼女の華奢な後姿を見つめ、俺はちょっと仰け反りながら心の中で叫び声を上げた。


「もう何度もUFOは見てるけど、あんなにたくさん一度に見るのは初めてだよ。もしかして何かあったのかな? はっ! もしや、ついに人類滅亡の日!?」


 俺の心の叫びなどまるでお構いもなく、彼女はなおもそんなデンパ極まりない独り言を空に向かって呟いている。


 これが、俺と彼女のあまりにも衝撃的で、そして運命的な出会いの瞬間だった……。


※挿絵↓

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330668832791059

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