Case18 トンデモと現実の狭間で(1)
あれから1週間と1日後の日曜……。
俺は乙波とともにデートで再び赤毛山を訪れていた。
といっても、あの林道の奥でも、また徳川埋蔵金の眠る洞窟の方でもなく、山麓に広がる赤毛山牧場への二度目の来訪である。
なんでも、この牧場で起きたという〝キャトルミューティレーション〟騒ぎに新たな展開があったらしい……ぢつは、あれは宇宙人にキャトられたのではなく〝チュパカブラ〟なる家畜を襲っては血を吸う化け物の仕業であることが判明したとかで、いつものことながら、その未確認生物を捜すと乙波が言い出したのだった。
そもそもチュパカブラはメキシコで目撃された背中にトゲのあるトカゲのような生物で、カンガルーのように後脚で立ち上がり、驚異的なジャンプ力がある云々…というものらしいのだが、乙波の仮説によると、そいつもやはりこの赤毛山に基地を持つ宇宙人と無関係ではなく、彼らが遺伝子操作で作った人工生命体なのだそうだ。
「ふう……どこまでも
爽やかな春の風が吹き抜ける緑の牧場で、暖かい日差しの射す快晴の空の下、木でできた柵にもたれかかり、遠くで牛と戯れる乙波(本人としては、牛にチュパカブラの噛み痕がないか確認しているらしい…)という実に平和な景色をぼんやりと眺めながら、俺は独り、何者にも邪魔されることなく物思いに耽る……。
先日、俺と乙波は改めて事情聴取のために警察署へ呼ばれたのであるが、そこで聞かされた居住詩亜さん殺害事件についての詳しい内容にまたしても驚かされることとなった。
彼女が俺と乙波を赤毛山山中へ連れて行ったのはやはり俺の推理通りだった……堂室さんが居住さんを殺した犯人であり、さらに俺達の口まで封じようとしていたということだけでも驚きと戦慄を覚えるのにはもう充分過ぎるほどの真実であるが、彼女がルームメイトを殺害するに到ったその経緯の方が、それにもまして驚愕すべきものだったのである。
といっても動機だけを見れば、まあ、よくある三角関係の末の痴情のもつれというやつだ。
やはり同じ大学に通う彼女のカレシが居住さんと浮気をし、それを知った堂室さんが居住さんと口論になった挙句、逆上して彼女を…てな具合である。
ただ、興味深いのはその浮気の発覚したシチュエーションについてだ。
殺人の起こった日の前夜、堂室さんはサークルの飲み会に出かけ、本来ならそのまま朝までカラオケに行って帰って来ない予定だった。
そこで大胆にも居住さんは自分達の部屋へ堂室さんのカレシを連れ込み、彼女が留守の間に二人で愛し合って…そう。俺達青春真っ只中の男子高生ならば思わず妄想してしまうようなチョメチョメなことをしていたのであるが、そこへ運悪くもカラオケを早く切り上げた堂室さんが帰って来てしまったのである。
それでも、居住さんは咄嗟にカレシをベッドの下へ隠れさせ、なんとかその場を切り抜けた。
しばらくそうして隠れていて、堂室さんが眠った後にこっそり部屋から逃げ出す手筈だったらしい……ところが、ここで一つの悲劇が起きてしまった。
彼女がすっかり寝入ったものと思い込み、安心したカレシがベッドの下から這い出したところ、その不審な物音に気付いた堂室さんが何も知らずに電気を点けたのである。
すると、そこにはなぜか素っ裸で自分の部屋にいるカレシの姿が……彼の苦しい言い訳も虚しく、すぐに居住さんとの仲を感付かれてしまったというわけだ。
そして、夜が開けて翌一日の正午近く、居住さんを問い質したところ「別に浮気の一回くらいいいじゃん」と居直られて堂室さんは逆上。それまでは仲良く一緒に暮らしていたルームメイトをそばにあった電気コードで思わず絞め殺してしまったのである。
彼女は取り調べに応じる中で――
「もしあの時、電気を点けてさえいなければ……」
――と、最悪の事態を招く発端となった何気ない自分のその行為を、今更言っても後の祭りではあるが、運命を呪うかのようにひどく悔やんでいたという……。
奇しくも、それはまさに乙波から聞いた都市伝説〝ルームメイトの死〟を思い起こすようなものだったのである。
だから犯行を見ていた可能性のある乙波が無邪気にもそのネタを口にした際、急に声を荒げて、あんなにも取り乱していたのだろう……。
いや、都市伝説といえばそればかりではない。
あのMIBかと思いきやぢつは覆面パトカーだった黒い車とのカーチェイス……。
あの時、乙波が〟バックシートの殺人者〟と意味不明な言葉を口走っていたが、それについても、あの勘違いな追いかけっこを彷彿とさせるような、そうした都市伝説が実際にあるらしいのだ。
その話の筋を乙波に聞いたところによれば――
「――深夜、女性が一人で車を運転しているとね、後から一台の車がついて来ていることに気付くの。その車は時々追い付いたりもするんだけど、けして追い抜こうとはせず、そのくせ怖くなってスピードを上げても、赤信号を無視して突っ走っても、どこまでも離れることなく、ぴったりとついて来るの」
「なんか、最近、どっかで聞いたような……てか、経験したことのある話だな……」
「でね、とうとう自分の家まで来ても、その車はまだ後について来ていて、彼女がクラクションを鳴らして自分の旦那さんを呼ぶと、家から旦那さんが出て来るのと同時にその車からも運転手の男が飛び出して来るの」
「クラクションは鳴らさなかったけど……そこら辺も微妙にかぶってるな」
「それで、その男を旦那さんが捕まえて、ここで何してるんだ!? って問い詰めると、男はこう言うの……俺が車に乗ってライトを点けたら、奥さんの車のバックシートで人の頭がひょいと動くのが見えたんですよ…って。そこで、夫が妻の車の後部座席のドアを開けてみると、そこには見知らぬ男――猟奇的な殺人鬼がいたっていうわけだよ。後をつけてた車の人は、その女の人の身の危険を感じて、なんとか助けようとしてくれてたんだね――」
――とのことだった。
これまた、まさに俺達の勘違いとどこか似たような話である。
ま、こっちの場合、殺人鬼がいたのはバックシートではなくフロントシートだったし、〝ルームメイトの死〟と同様、この類似もきっとただの偶然の一致なんだろうけど……。
それとも、火のない所に煙は立たないの諺の如く、今回のように実際そういったケースの事件が起ったりすることがあったので、それをもとにこの二つの都市伝説も生まれたりしたのだろうか?
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