或る靴箱との筆談

京橋で乗り換え

第0話

「わたくしは靴箱でございます。


ひとくちに靴箱と申しましても、西欧のものから東洋のもの、ケヤキ、ブナ、ウォルナット、唐木、最近ではプラスチックなどという不逞な輩で作られたものまでございますが、わたくしはどうもヒノキで作られたもののようでございます。


と申しますのは、恥ずかしながら、わたくし靴箱としてひとりこの世知辛い世を生きてきた故生まれを存じ上げず、物心ついた頃からはずかしい次第だったのでございます。


しかしある時、御主人に買われた立派な-出は英国だったでしょうか?-革靴がわたくしの木目をまじまじと見つめ、



「お前はヒノキだ。 うん。」



と、一言下さったのでございます。


そして幸いにも、その靴の中に入っていたタクアンのような形の匂い袋が、疲れきって消えかかっていたわたくしの香を再び引き立てて下さいました。


その日から初めてわたくしはわたくしとして生き得たのでございます。


さて、本日わたくしは靴箱としてのお役目を果たし終えたようですので、そうしてわたくしを支えながら傍にいて下さった皆さんから日々伺った人間達の滑稽さを、この香が再び消え朽ちてしまう前にお伝えしたいと思うのでございます。」




「なるほど。よろしくお願いします。」

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