歩け!チュロス!〈完結〉

チュロスは歩いた。残っているはずもないエネルギーを、絞ってでてくるはずもないエネルギーを、友を思うエネルギーを、一歩ずつの歩みへと変えて。右手のピザを放棄したことで一切の邪念は存在していない。もはやただ歩くのみ。


残り500mの道のりは今のチュロスにとって万里の道のりであった。それでも尚、必死で歩み続けた。


チュロスのポケットのケータイは荒くなっていく息遣いをしっかりとキャッチしている。その電波の向こうでいよいよチュロスフレンズは限界を迎えていた。


「がんばれ。チュロス。」


ドーナツが小さく掠れた声で呟く。するとホイップス、アップルパイスまでもが続ける。


「がんばれ!がんばれチュロス!」


「行け!チュロス!がんばれ!」


徐々に大きくなる声援。しかし、ケータイの小さな音量でチュロスの耳に届くはずもない。ならばせめて思いよ届けと、声を枯らして声援を贈る一同。ここでもシナモンティウスだけは黙って一点を見つめていた。まるでそこにいないはずのチュロスの姿を見ているかのように。


チュロスは懸命だった。これまでの人生のどのシーンと比較しても間違いなくNO.1の懸命さであった。しかし、世の中には思いの強さだけで乗り切れないことなど五万と存在している。


チュロスは逆鱗した。自身のこれまでの怠惰の生活に。堕落した人生を送っていたことに。大切な友を守ることすらままならない自身の能力に。もはや一歩も前へ足を踏み出すことができないことに。


「シナモンティウスよ。済まぬ。君を救うことが出来ないかもしれぬ。済まぬ。」


涙が止まらなかった。チュロスは崩れた。幸いにも人目につかない路地であるが故にチュロスの泣き崩れるさまを笑う者などはいなかった。


チュロスは静かに泣き続けた。その大きな大きな巨体がまるでハムスターのような弱さとなって。そんな時、遠くから微かに声が聞こえてくるような気がした。小さい声だった。しかし強い声でもあった。


「歩け!チュロス!」


「歩くのだ!がんばれ!チュロース!!」


聞き覚えのある暖かな声の主、それが旧知の大親友シナモンティウスの声であることはハッキリとわかった。


「この声は、シナモンティウスか!」


「今行くぞ!待っていろ!シナモンティーウス!!」


これまでいかなるタイミングでも冷静なシナモンティウスもチュロスの思いに心を打たれていた。溢れんばかりの涙と最後までチュロスを信じ抜くという強い気持ちが込み上げてのことだった。


なぜチュロスは立ち上がることが出来たのか。その足で再び歩み始めることが出来たのか。その答えはチュロス本人にも分からなかった。ただ間違いなくシナモンティウスの声がした。それだけでチュロスの身体は不死鳥のような摩訶不思議な力でその魔力で動き出したのである。


残すところ100m。チュロスは歩く。


「がんばれ!チュロス!!」


「ゆっくりでいい!歩け!」


「歩け!チュロス!」


作戦や配役などはもうどうでもよくなったチュロスフレンズは建物の外でチュロスを待ち構える。目視できるところでもがき苦しみながら歩くチュロスの姿を見ていた。


チュロスは友人たちの元へ。シナモンティウスの元へ。歩いて歩いて歩き続ける。


チュロスフレンズも決して歩み寄ることはせず、近づいてくるチュロスをひたすらに待って待って待ち続けた。


そして遂に、


チュロスは安堵した。複数の知人に囲まれて指定の場所まで到達できたことに。一度は諦めかけた自身の身体が言うことを聞いてくれたことに。そして何よりシナモンティウスが無事であったことに。チュロスは豊満な身体を持ち、膨大な食欲を持ち、かけがえのない友を持っていた。また230kgを有するその巨体は疲労しきってボロボロで心なしか細身になっていた。それでもチュロスは辿り着いた。つまるところチュロスは友を最後まで思い続けたのである。


「シナモンティウス、待たせて済まない。無事で何よりだ。」


「何を言うチュロス!ありがとう。恩にきる。」


二人は男同士で抱き合った。お互いの無事を心より幸福に感じていた。そして周りには友人たちが集まり二人を取り囲む。ドーナツ、ホイップス、アップルパイス、いつのまにかワサンボン。皆で喜びを共有した。


「シナモンティウスめ。企ておったな!さしづめ私のことを思っての計画だな?」


「チュロスこそがんばりすぎであるぞ!途中で私など見捨ててしまえばいいものを。」


二人は笑いながら語らった。忘れていた友の喜びを分かち合うように。


「シナモンティウス。私は途中で君を疑って君を救うことを躊躇してしまった。身体が動かなくなった時、一時君を諦めてしまった。どうか私を一発殴ってはくれまいか?」


「わかった。」


シナモンティウスは力一杯チュロスを殴った。そしてこう続けた。


「チュロス。私は君を欺き、ひいては君のことを何度も疑った。ここまで到達することはないのではないかと。どうか私を一発殴ってはくれまいか?」


「わかった。」


チュロスは力一杯シナモンティウスを殴った。するとシナモンティウスは気を失った。


「あ。」


チュロスは230kgの巨漢。少しばかりのパンチでも常人に食らわせれば致命傷であった。また疲労で力のコントロールなどはまるで出来ない状態であったためにとんでもない一発となってしまったのであろう。


元々救急搬送の準備は万端であった。ホイップスが急いで救急搬送の要請をする。


ともあれ呼吸はある。そのことに安堵したチュロスも緊張の糸がプツンと切れたように静かに気を失った。


やがて救急車が到着し、ドーナツが同伴、残りの一行は病院まで運ばれる二人を温かく見送った。きっと救急搬送隊員にとってみれば異様な光景と映ったであろう。そこにいる患者も同伴者も見送るギャラリーまでもが皆、笑顔だったのだから。


その後無事病院に運ばれた二人が受けた精密検査の結果、チュロスは血圧が少し高いことを除けばあとはいたって健康体であったというがシナモンティウスは腸に悪性のポリープが見つかったという。


しばらく入院する運びとなったシナモンティウスにチュロスは約束した。


「シナモンティウスよ。私は決めたぞ。二日に一回は見舞いに来るとしよう。もちろん歩いてな。」


「言ったな?楽しみにしておるぞ。」


「わかった。では帰るとしよう。おい、ナースさん!大きなタクシーを呼んでもらえぬか?」


「何を言ってるんだ!」


『歩け!チュロス!』

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歩けチュロス 田名崎剣之助 @kennosuke-tanazaki

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