命の色
@Kuroai0903
第1話 キャンバスの中
誰が空は青いなんて決めつけたんだろうか。
僕は、世界には色んな色があるのにそう決めつける人が可哀想だと思う。偏った見方しかできないのはもったいない。この世には色んな色、世界があるのに一つしか体験できないのはつまらないっていうものだろう。
だから、僕はここからの景色を描き続ける。
毎日、少しずつ変わっていく景色、色、そこにできる空気。その変化に、僕はとても興奮を覚える。
朝の5時のこの丘からの景色は、最高に綺麗だ。その変化を僕は毎日の様にキャンバスに描きうつす。
この街の中で一番高い丘であるここからは様々な景色が広がっている。右手には大きな教会があり、その教会の6時の鐘の音でこの街は動き出す。働きに出る者、閉まっている店が開き、主婦も家の為に働き始める。左手には山が連なっていて、その山はこの街を他の世界から守る様にそびえたっている。
6時前、街が動き出す前、ここで絵を描く僕にはこの世界を自分で塗り替えていくことが許された気分になる。「支配」と言えば響きは怖いが、どちらかというと、好き勝手できるような気分。実際には、この世界に1ミリも影響さえ与える事のできないちっぽけな自分でもこのキャンバスの中では僕が創造主なのだ。
そんな心地よさを感じながら日の出を待つ。時計を見る。
日の出まで、あと、30秒。絵具をパレットに出し、筆に色を付ける。
10,9,8,7…
深呼吸をする。思わず口角が上がる。
3,2,1…
いざ。
と、思って描こうとしたその瞬間、今までなかった温もりが背中を覆った。驚きのあまり、動きが止まる。
えーと、取り敢えず。
僕は、後ろを振り向いた。
ドクン。
「あ……」
思わず声が出た。
ドクン。ドクン。
「あの」
ダメだ。抑えなきゃ。
ギリギリのところで、口に出そうだった言葉を必死で飲み込む。深呼吸をして、もう一度冷静に“それ”を見た。
後ろにいたのは、綺麗な女の人。子どもとも大人ともとれる不均衡さを持った女の人は僕の欲望を掻き立てた。
その人は、ポカンとして僕を見ている。
やっぱり誤魔化しきれなかったかな。言葉には出さずに済んだ。けれど、さっきの興奮が冷めきったわけじゃない。女を見る。見た目は普通の女の子に違いない。けれど、どこから出るのか、彼女には言葉に表しきれない魅力がある。それらも全て僕が描く事が出来たらキャンバスの中の彼女はどんな色になるだろう。
彼女は相変わらず、ポカンとしているが僕のスケッチブックを見つけると、それを許可も無く取り、近くにあった鉛筆で何かを書き始めた。
「ちょ、ちょっと何するんですか」
制止する僕の声も聞かずにその人は、書いた内容を僕に見せた。
“いきなりごめん。私は耳が聞こえない。それでも、君の方から何かが聞こえた気がしたからここにきた”
僕が読んだのを確認して、また何かを書き僕に見せた。
“見たらすごく寒そうな背中をしていたから持っていた上着をかけた。邪魔してごめん”
僕が読み終わると、彼女は僕に頭を下げて見せた。
耳が聞こえないのか。
彼女は、僕に鉛筆とスケッチブックを返した。僕もそこに返事を書く。
“お気づかいありがとうございます”
彼女にそれを見せ、背中にかけられたパーカーを返すと、こくりと頷いてにこりと笑った。
ドクン。
まただ。彼女を描きたいという激しい欲求。
彼女は、白いキャンバスに触れた。その彼女の髪がふわりとなびく。その髪さえも様々な色を浮かび上がらせる。
「あ、の……」
鈴の音のような綺麗で、でもすぐに壊れてしまいそうな弱々しい声が僕の鼓膜を震わせた。それは紛れもなく彼女の声だった。
「この、な、中に、入りたい」
この中。キャンバスの事らしい。キャンバスの中に、ってことは……。
「え……嘘」
さっきの僕の方から何かが聞こえたって言っていた。心を読まれたか。
そんな冗談を心の中で囁く僕とは違い、彼女の瞳は真剣だった。
こんな機会、もう無いかもしれない。答えは一つだった。
「か、描かせてください」
彼女の耳が聞こえないことをつい忘れていた。けれど、口に出した僕の言葉はちゃんと彼女に届いたらしい。
彼女はまた鈴のような声で笑った。
命の色 @Kuroai0903
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