第9話 「あんたらただの強盗強姦魔? 俺の顔に見覚えとかない?」

「放してっ! この、放しなさいっての! 放せっ!」


「おーおー。すげえ力。さすがC級」


「いや、クソ、マジで馬鹿力なんすけど……ちょ、ボス! 手伝ってくださいよ!」


 ジタバタと往生際悪く暴れようとするエインの手首を後ろ手に押さえつけ、五人がかりで拘束している男の一人が、焚き火の奥に向けて声をあげた。


 F級のジンを拘束している男は一人だが、C級のエインが相手だと、五人がかりで

も厳しいようだ。


 焚き火を囲んでいた四人の内、ボスと呼ばれた男が顔をあげる。


「五対一で何言ってんだバカ。チ、おい」


「あいよ」


 ボスの声で、その隣にいた特に大柄な男が立ちあがり、エインの前へと歩み寄る。


「放していいぞ」


「助かりやす」


 大柄な男の声を受け、五人はあっさりエインを放す。

 だが大柄な男が背後に回る前に、エインは背に負った大太刀の柄へ手を伸ばした。


 そして不敵に鼻を鳴らして、


「油断したわね。何を隠そうアタシの装備はCきゅ――」


「ふん」


 ドス、という鈍い音と共に、腹を殴られその場に崩れた。


「……ぃ……っ、ぁ……は……っ」


 衝撃で息が詰まったのだろう。地に顔を伏せたエインの表情は見えなかったが、苦悶は次第に、小さくすすり泣くような声に変わった。


「――――っ」


 とっさに動きかけた身体を、ジンは理性で押し留める。


 脳裏にはまた『あの声』が木霊し、ジンを急かしている。


 だが、まだだ。


 まだ男たちの素性も、目的も判然としていない。


 確実に、慎重を期すのなら、そこを明らかにしてからでも遅くはない。


 いま注目すべきは、エインのC級装備の防御力があってなお、体格差がそのまま出たかのような、男の拳の威力の方だ。


「油断したのは嬢ちゃんだったなぁ。そいつもオレもC級ですよ?」


 ボスと呼ばれていた男が嘲笑う。エインにはまだ見分けがつかないのだろうが、ジンの記憶によればたしかに、彼と大柄な男が纏っているのはC級、『颯牙竜』と『砂塵竜』の装備だ。


 それだけではない。


 ジンの両手を片手で掴んで拘束している男も含め、ほか八人の装備はD級だ。


 いや、珍しいことではない。D級以上の装備はたしかにレアだが、より上位の竜を狙うため、D級の者同士でパーティを組むこと自体は、自然な話だ。


 妙な点といえば、そこに二人もC級が交じっていること。

 同性と組むのが無難である女性とか、エインやジンのような特殊な事情がない限り、C級もやはりC級同士で組むのが普通だ。もちろん、C級となるとさらに数は減り、固定を組める相手に出会えず、下位の者と臨時で組むことも多いのだろうが。


 ボスという呼び方といい、臨時にしてはずいぶんと馴染みのある集まりらしい。


 しかし、それらを差し引いても現段階で十分に、彼らが真っ当に『竜の討伐』を主目的としているパーティでないとは、想像がつく。


 ジンはさらなる情報を引き出すべく、口を開いた。


「要求は?」


「お。話がはええなあ。もうちっと抵抗とかしなくていいのかい? ほれ、大事な彼女がご覧の有り様よ?」


「無茶言っちゃ可哀想っすよボスぅ」


「できるわけないっすもん」


「なんせこいつ、ぷ。F級っすよ?」


「そりゃビビるよなあ!」


 嘲笑が弾ける。


 ここまで露骨に装備をバカにされたのは久しぶりで、逆に新鮮だった。少なくともあの酒場の常連ではなさそうだ。


「おうおう、こりゃ悪いこと言っちまったなあ。いやなに、要求ってもそうたいしたこっちゃない。単にそこの嬢ちゃんの装備が目当てよ。抵抗しないんならお前さんにも嬢ちゃんにも手荒な真似はしねえ。ただ」


「立て」


 大柄な男が、すすり泣くエインの髪を掴んで無理やり立たせる。


「嬢ちゃんはもう抵抗しちまったからなあ」


「やっ、やだ、やめ――」


「うるせえ」


 パンッ! と一発。


 虫を払うように頬を張られ、エインの口元からは、唇が切れたのか血が一筋流れる。


 先の腹部への殴打に比べれば大きなダメージはないだろう。


 だが効果は劇的だった。


 エインは恐怖に顔を強張らせ、ぎゅっと唇を噛んで、それでも黙っている。肩は震え、髪飾りを奪われ、腕や脚の装甲を剥がされていっても、身動きしない。


 粘竜の時とは対照的な静かさだ。


「ボス、ボス。おれ三番で!」


「あ、てめ。ボス、酒場で嬢ちゃんのネタ仕入れてきたのオレっすよね!?」


「こいつらの寝ぐら見つけたのは俺ですよ!」


「あーあーうるせぇなあ。ちったぁこの童貞くせえF級くんに気ぃつかえよ。譲って差しあげる気はないんですかー三番辺り」


「ボスも譲る気ねえじゃねっすか!」


 下品な笑い声が反響する。


 なんの順番を争っているのかは、さすがの世間知らずにも見当がついたらしい。

 腰部の装甲も剥がされ、下に着ていた肌着と、胸を隠す装甲のみの、ほとんど下着姿にされたエインは、カタカタと震え青ざめている。


 ……要するに。


 彼らは、常習的な犯罪者集団なのだ。


 これも珍しい話ではない。竜の棲む土地というのは、法の支配の及ばない無法地帯だ。


 討伐屋を狙う犯罪者――強盗や強姦を目的にした、山賊じみた連中も存在する。


 討伐屋の大半はE級だ。山賊側にD級以上の装備があれば、狙える獲物はよりどりみどり。


 金品、装備、あるいは女。


 稼げる金額も味わえる快楽も、ことによれば真面目に竜を討伐する以上のそれになりうる。


 C級二人にD級八人という構成なら、D級のみのパーティですらいいカモだろう。


『気をつけてあげてくださいね』


 受付嬢の言葉が脳裏をよぎる。


 彼女は、この連中の存在を知っていたのかもしれない。


 実態が山賊同然とはいえ、狙う討伐屋の情報の入手や、奪った持ち物――竜の遺骸の換金のため、おそらくこの連中もギルドに名前を登録しているはずだ。


 ギルドもこの手の連中を放置したくてしているわけではない。


 クエストに向かったパーティが、同時期に『行方不明』になるケースでも多ければ、素行も含めて考えて、この手の連中が現場で何をしているのか想像もつく。


 もう少しわかりやすく警告してほしいものだが、全登録者に公平であるべきギルドが、証拠もなしに特定パーティを犯罪者扱いするわけにもいかないのだろう。『行方不明』自体は仕事柄、そう珍しい話でもないのだし。


「っ、……嫌ッ!」


 さすがに堪えかねてか、胸元に伸ばされた手を、エインはとっさにといった様子で振り払っていた。自分でも驚いたように、頬を引き攣らせている。


 が、ほとんどの装甲を外された彼女の膂力は普通の女の子以下だ。


 払ったとはいっても、その衝撃は知れたもの。大柄な男は一瞬、手の動きを鈍らせはしたが、構わずエインの胸に手を伸ばし、


「待った」


 声をかけたジンを、うるさげに見返した。


「おっとぉ?」


「ここでF級くん、まさかの『待った』をかけたー!」


「いや無謀ですねえ!」


 ほかの連中は面白がって、囃すような声をあげる。


 癇に障る声だったが、ジンの頭の中はむしろ冷えていく。


 相手にするのも億劫だ。


 彼らの素性と目的はだいたいわかった。念のため確認しておくべきことも、もう多くない。


 ジンは静かに感情を消し、ボスとやらへ顔を向ける。


「確認なんだけど」


「あん?」


「あんたらただの強盗強姦魔? 俺の顔に見覚えとかない?」


「はあ?」


 ジンを茶化していた連中を含め、男たちの顔が怪訝そうに曇る。

 が、答えなど考える必要もなかったようだ。


「あるわけねえだろ。F級のガキなんぞに」


「そっか。じゃあ死ね」


 ドパッ! と。


 酒樽の中身をぶち撒けるような音の後、ジュッ! と焚き火が掻き消える。


 洞窟内は闇に沈んだ。


「な、なんだ!? どうした!?」


 動揺する声は、背後からジンの手を拘束している男のものだった。


「火が消えた」


「風もねえのに……おい誰か火! おい! ……あ?」


 ジン以外、男に応じる声はない。


 男は苛立ったようにひとつ舌を打つと、さしてF級のジンを拘束する意味もないと思ったのだろう、すぐに手を放して焚き木の辺りへ向かった。


 びちゃりびちゃりと、ねばつくような足音。


 しばらくカチッカチッと火打ち石を弾く音が響き、


「くそ、なんでこんなぬめって……いや、この臭いって……おい」


 むせそうなほど濃く漂う臭気に気づいたのだろう。


 火打ち石を叩く音は苛立ちから、焦るようなリズムへと変わっていく。


 やがて、燃え残った枯れ木のひとつに火がついた。


「え」


 心許ない松明を掲げ、男の動きが凍りつく。


「みんなどこへ、いや、これ、でもいや、なん」


 うなされるような男の声を背に、ジンは光源のある内に、自分の荷物へ近づいた。濡れた革の背嚢の蓋を開け、松明の予備を取り出し、石で火を灯す。


 視界が一気に明るくなった。


「あ、あ、ああ? あぁあああああああ!?」


 濁った男の絶叫が響く。


 洞窟内部は赤く染まっていた。


 色と臭い、独特のぬめり気と、脂じみた照り返し。


 男には、ひと目でそれが人間の体液であると、見分けがついたらしい。


 よくよく見れば液体だけではない。


『中身』を失った空っぽの装備が、血の海に沈んでいる。


 壁には特徴的な光沢のある内臓らしきものの一部が貼りついて、地面の血だまりには眼球や髪の毛、肉、骨、ピンクがかった白っぽい、脳か何かも浮いている。


 九人分の残骸が、洞窟内部を醜く汚していた。

 そして、


「なっ、なっ、なん、お前、お前か!? お前がこれ――」


「死ね」


 ぶしゃ、と男が破裂して、これで十人。全員だ。


 後始末が面倒この上ないが、まあ、とりあえず油でも撒いて火をつけるか。

 大きめの人骨は燃え残るだろうが、大王竜と同じように隠すしかない。重労働だ。


 黙々と今後の指針をまとめていて、ふと、久しぶりの静けさに違和感を抱く。


「やべ」


 照準からは外したつもりだったが、まさか巻きこんだかと、ジンは慌てて、エインのいた辺りに灯りを向ける。


 だがエインは健在だった。大量の赤黒い血を頭から被って、銀の髪の輝きは見る影もないが、ジンのスキルに巻きこまれた様子はない。


 ジンは安堵しかけ……そこで、エインの異変に気がついた。


 呆然と座りこみ、エインはジンの顔を見ている。


 涙のにじんだ赤い瞳が、大きく見開かれていた。


 ぱくぱくと、あえぐように口を開いては閉じ、しかし声は出てこない。


 怪我こそないようだが、痙攣じみた全身の震えといい、尋常な様子ではなかった。


「ど、どうした?」


 心配になり、ジンは一歩、彼女に近づく。


「嫌……ッ!」


 同時にエインは悲鳴をあげて、そのまま意識を失った。


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この続きは2018年1月30日発売のファミ通文庫新刊『F級討伐屋の死にスキル 「死ね」と言ってはいけない理由は?」』にてお楽しみください!

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F級討伐屋の死にスキル 「死ね」と言ってはいけない理由は? ファミ通文庫 @famitsu

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