第8話 「あー。今日もよく働いたっ!」

 ビジネスとは言っても、気楽なものだ。


 要するにエインのクエストに付き添って、万が一の際にだけスキルを振るって窮地を救ってやればいい。


 さすがに少しはジンの意見も聞く気になったのか、エインはあの無駄に重い天幕の運搬、新鮮な野菜だの果物だのといった雑用をジンに強いることはやめ、食事の用意も当番制となった。


 ジンがすべき仕事といえば、探索の手伝いや、各種竜の情報の教示、あとは戦闘に関するいくらかの指導程度である。


 これだけで月に五○○万。


 首尾よく三ヶ月続けられれば、一五○○万もの大金が懐に入るというのだから笑いが止まらない。E級上位の装備なら問題なく買い揃えられるし、それらを手に入れれば単独でも十分、老後の資金を貯めつつ食っていけるだろう。


 エインにスキルの詳細を知られるリスクはあるが、すでにどんな現象を引き起こせるかという肝心な点がバレてしまったので今さらだし、上手く立ち回れば細かい部分は隠し通せる。


 リスクを差し引きしても実においしい。


 素晴らしいビジネスだ。


「…………ねえ」


 そんな風に思っていた時期が、ジンにもあった。


「ねえってば」


「……何?」


「アタシたち、今これ、クエスト中よね?」


「そのはずだね」


「じゃあなんで」


 エインは手を止め、すっと息を吸いこんだ。

 大声をあげそうな気配を察し、ジンは素早く彼女の口を手でふさぐ。


 ふがふがと抗議の声。やわらかい唇の感触がくすぐったいのでやめてほしい。


「大声はダメ。誰か来る。OK?」

「……(こくこく)」


 エインの首肯を確認して手を離す。

 なんだか不埒な性犯罪者と被害者みたいなやり取りだが、もちろんそんな他意はない。


 口元を解放されたエインは、


「じゃあなんで来る日も来る日も穴掘りばっかりしてるのよ――――――っ!」


 結局叫びやがった。


 きーん、と耳に響く不快感をやり過ごし、ジンは大きくため息ひとつ。


「……仕方ないだろ。本を正せば君のせいだし」


「せ、責任の一端は認めるけどっ! でもぉ!」


「認めてるんなら改善を。あと今は口より手を動かしてほしい」


 言って、ジンは引き続き黙々と穴を掘る。

 だが掘る音はガッ、ガッと、やけに硬質なものだった。


 それもそのはず。今回の現場は、さほど寒い地域でもないはずの海上に忽然と存在する、万年氷土に覆われた島なのである。


 地面はほぼ氷で、穴掘りというよりは、じわじわと氷を削る作業だ。

 竜骨製のシャベルやピッケルがあっても、手は痺れるしきつい。


「うう……なんでこんな、死体遺棄してる犯罪者みたいな……」


 泣き言を漏らすエインのたとえはひどいが、そこまで間違ってないので反論はしづらい。事実、二人の掘る大きな穴の横には死体があった。原形が推測不能なほど木っ端微塵の。もちろん人間ではなく竜の、ではあるが。


 穴はこの死体を隠すために掘っている。


「君が首尾よく討伐成功させてくれてればこんなことには」


「そうだけど! それは悪いと思ってるけど! でもなんでわざわざこんな、隠す必要まであるのよぅ!」


「さすがに毎度毎度、俺が同行してるクエスト現場で似たような死体が見つかってたらバレるだろ。色々と」


 エインに雇われてから約二週間。

 まずは戦闘自体に慣れていこうということで、前回と同じく、受注したクエストはE級難易度のもの。戦闘回数を増やすため、E級下位の複数連続討伐クエストを選んだ。


 クエストの依頼主はある商会で、いくつか特定の素材を集めてほしいというものだった。まあ、大量に対象の竜を狩っていけば自然と集まる種類の素材だ。


 対象の竜は『大王竜』。


 通称からは典型的な二足歩行型の竜を想像するが、実際はイカである。


 白緑赤黄青橙ピンクと、やたらとカラフルな墨を吐き散らす。ある程度吐き尽くすと、頭部が光り、かつ一定時間、無敵かと見紛うほど耐久力や攻撃力が増す習性を持つ。しかし、陸上を滑りつつ触腕を振るう攻撃はワンパターンだ。


 陸上でも吐いた墨の上を縦横無尽に滑って移動、巨体の割にすばしっこくて厄介ではあるが、法則さえ見極めれば防御も回避も容易で、エインは「なんでまた触手のある相手なのよ!」と喚いていたが、戦闘訓練にもちょうどいい相手のはずである。疑似無敵状態を除けばE級の中でも対策しやすい部類の竜だろう。


 そのはず、なのだが。


「まさかE級相手ですらあのザマとは……」


 ジンは遠くを見つめつつ、ここ連日の出来事を脳裏に浮かべた。


 大王竜はこの島の近海に大量に棲息し、陸へあがってくることも多い竜だ。海の近くを歩き回っているだけでも遭遇できる。


 それゆえ探索に時間をかける必要がなく、最初の三日はエインの訓練に費やした。

 大太刀の正確な刃筋立ては一朝一夕に身につくものではないので、攻撃については意識するべき点を教えるに留め、まず重点的に、防御について指導した。


 素振りや試斬を繰り返してフォームを覚えるだけでも攻撃力はそこそこのレベルまで到達しやすいし、実際エインはその手の地道な努力で、ある程度の攻撃力を身につけた典型だ。


 だが回避を含めた防御技術はそうもいかない。


 実戦や、それに近い、想定する相手に合わせた形式の訓練でなければ、相手の攻撃への反応のタイミング、可能な限り安全で、攻撃にも移りやすい位置取りなどの実戦勘は養われにくい。


 素人とプロの最大の差は、攻撃より防御技術にあると言っても言いすぎではないほどだ。


「ほら正面から受け止めない。いちいち衝撃全部を受け止めてたら、反撃に移りにくいだろ。それに大剣ならともかく、大太刀でそれやると必要以上に武器が傷むよ。大剣ほど剣身は厚くないんだから」


「そんなっ、ことっ、言われっ、ても……っ!」


 ジンが軽く、素早く繰り出す片手刺突の連撃を、エインは最初、顔の前に掲げた大太刀の腹で受けるのが精一杯だった。


「受けるにしても角度をつけて。敵の攻撃を大太刀の表面に滑らせて、いなすイメージ。当たる瞬間に腰と手首を捻ればできる。捻る速度はできるだけ敵の攻撃速度に近づけて。腰は左に捻るなら右足、逆なら左足で地面を蹴れば自然と回る。で、流すと同時に反撃」


「そんないっぺんに言われてもぉっ!」


 エインは覚えのいい方ではなさそうで、当初は涙目だったが、それでもひたすら繰り返すうち、徐々にジンの攻撃のリズムを掴み、教えた通り受け流せるようにはなっていった。


「あ、できた! こう!? できてるよね!?」


「そうそう。大王竜の触手での打撃はこれで防げる。で、打撃をあきらめて巻きつけにきそうな時は、角度を変えて刃を――」


 ひとつひとつできることが増え、そのたび顔を輝かせるエインの姿は微笑ましかった。


 ただし微笑んでいられたのは、ひと通りの立ち回りをエインが覚え、実際に大王竜

に挑んでみるまでのことだった。


「しょ、しょうがないでしょ! 今回はほとんどアタシ一人だし!」


 顔を赤くし抗議してくるエインの声で、ジンはまだ微笑んでいられた頃の回想から戻る。


「俺もF級の分際で偉そうなこと言えないんだけど。……にしたって単独とはいえC級装備ならさすがに」


 前回のE級竜討伐は、一種のビギナーズラックでもあったのだろう。


 赤青コンビが遠距離から注意を引きつけていたのも大きいが、ひょっとしたら先に粘竜に襲われて弱っていたんじゃないかという疑惑まで持ちあがっている。


 それぐらい、実際に大王竜に挑んだエインは弱かった。


 大王竜には初日にジンが挑んで攻撃パターンとタイミングを掴んであった。


 あの訓練はそれを踏まえたものだ。どの攻撃にもエインが対処できるよう、丁寧に立ち回りを教えた。予習通りやればエインも、もっと善戦できたはずなのだ。


 だが実際のエインは、墨を無防備に顔面に喰らい、触手を伸ばされればトラウマでも刺激されてか「いやぁあああああ!」と涙目で逃げ回り、疑似無敵状態に気づかずに正面から受け止めようとして轢かれる。


 C級装備でなければ即死級の大失敗を繰り返し、結局最後は、


「死ね」


 とジンが一言発して、大王竜は木っ端微塵に弾け飛ぶ。

 ……という一連の流れをもう十日近く繰り返していた。


「訓練では上手くいったのに……やっぱり実戦と訓練じゃ違うものなの?」


「そりゃ違うけど、君のはもうそういう些細な違いの問題じゃないというか」


「どゆこと?」


 きょとん、と首を傾げるエインは、問題の根深さを認識していないらしい。


「技術以前の問題。竜に対して怯えすぎ。いざ実戦になると身体が硬直して、予習の内容がすっ飛んでるとしか思えない。慣れればなんとかなるかとも思ったけど……」


 累積討伐数はいまだにゼロだ。

 今後、エインが竜への恐怖に慣れる日がくるかは疑問である。


 思い出すのはクエスト受注の際、ギルド本部からエインの資料を取り寄せようとし、取り寄せるだけの資料が存在しなかった……と漏らしていた受付嬢の、あの心配そうな顔だ。


 F級のジンを捕まえて『気をつけてあげてくださいね』とまで言われたが、いやはや。


 二週間経ってもいまだ一体の討伐報告もできていないのだから、彼女の不安は的中したと言えるだろう。


「そ、そんなに才能ないの? アタシ」


 眉根を寄せるジンの表情のせいか、ようやくエインも不安になったようで、伏し目がちに聞いてくる。


 現状は正しく認識しておいてほしいので、ジンはそれにきっぱり答えた。


「ないよ。微塵も」


「微塵も!?」


「俺も相当才能ないけど、匹敵するかそれ以上にね」


 まさかF級の自分がC級相手にこんな台詞を言う日がくるとは思わなかった。


 ジンのストレートな評価にエインは一瞬、しょぼくれたものの、すぐに「ん?」と別の何かに気づいた顔で首を傾げる。表情の変化が目まぐるしい子だ。


「ていうか、そこ疑問なんだけど。なんだかんだ言ってアンタ、普通に強くない? 初日に大王竜に挑んで渡り合ってたし。なんでF級なの?」


「もともと剣術や体術の心得はあったから、立ち回りはそれなりにってだけだよ。羽虫でも上手く飛び回れば、人間の手をかいくぐって肌を刺すくらいはできるみたいな」


 ただし毒もなしにチクチク刺すだけでは、鬱陶しいだけでダメージと呼べるほどのダメージは与えられない。


 F級装備の攻撃力は、まさに羽虫の針である。


 仕留め切れるはずもないので、ひと通り攻撃をいなした後は、初日の大王竜からも逃げた。


 馬ぐらいの背丈しかないF級の『小竜』なら、一対一の持久戦で仕留められるが、小竜は基本的に群れで行動するし、ほかの竜との遭遇リスク、かかる時間と報酬額を含めて考えると、単独で小竜討伐クエストを受ける旨味は少ない。


 そういった事情を説明したところ、エインはふむふむとうなずいた。


「つまり、アンタはコミュ障だから、『誰かと組むのが基本の』討伐屋としての才能がないのね。アタシは?」


「竜にビビりすぎてて、『竜と戦うのが基本の』討伐屋としての才能がない」


「あはは! いいコンビってことじゃない!」


「ポジティブすぎる……」


 けらけらと笑うエインの気楽さが眩しく、手で顔を覆うしかないジンだった。


 めげない前向きさは、『トライ&エラーが基本』の討伐屋として、ひとつの才能かもしれない。


 教える側としても、めげない生徒の方がやりやすくはある。ひとまずエインの竜への恐怖克服は懸案事項として置いておき、ジンは穴掘り作業に集中することとする。


 が、めげない=我慢強いということもないようで、しばらくするとまた、隣からエインの泣き言が響き始めた。


「うー。寒いー、手ぇ痛いー、もうやだー」


「…………」


「ねえもうよくない? こんなの海にポイッとしちゃえばほかの竜の餌になるでしょきっと」


「一体二体ならともかく、毎日こんな特徴的な死体を投棄してたらそのうち誰かに気づかれる。ほかにも何組かパーティいるはずだし、この島」


「そもそもなんでそんなにスキルを隠したがるのよー! いいじゃん便利じゃん強いじゃんっていうかもういっそズルくない!? アンタ『死ね』って言う以外になんもしてないよね!? そんだけで竜倒せるってなんなのよ!」


 死体隠しのため毎日氷土に穴を掘る、という重労働程度なら、月五○○万の代価と思えばまだまだ許容範囲だったが、計算違いはほかにもあった。


 それがこれ。


 まさか毎日スキルを使う羽目になるとは想定していなかった。


 さすがのエインも毎日見たせいで、ジンのスキルのあらましに気づいてしまった。

 ジンの異能。



「死ね」と言う。

 それだけで、相手が木っ端微塵に弾け、死ぬ。



 細かい制限の説明を省けばそんな、ごくシンプルな力だ。


 鎧の『加護』とも、魔術師の操る術とも異なる、通常ありえない現象である。

 一部の竜が振るうスキルと比べても、あまりに異質で唐突で、過去には『異物』とさえ称された力。ジン自身にも、このスキルについて、わかっていることは少ない。


 嘘偽りなく断言できることといえば、


「……そう便利な力でもない」


 それぐらいの感想だった。


「……ふーん。ま、話したくないならいいけどさ」


 ジンの表情から何を感じ取ってか、エインはつまらなそうに言い、妙に素直に作業へ戻った。


 ジンにとっては幸いだ。


 深々と氷土に穴を穿った後、まず大王竜の、半ば凍りついた死体を底へ放る。


 真水の方が塩水よりも凍りやすいので、煮沸して塩を抜いておいた海水を底の方に注ぐ。少し待つと、水に浮いていた遺骸がそのまま凍った。これで地表まで遺骸が浮かびあがってくる心配はない。さらに地表まで水を注いで凍らせて、あとは周囲の雪でも被せてしまえば痕跡さえわかるまい。


 さすがに連日ともなると作業にも慣れたもので、なんだかんだ日暮れまでには間に合った。視界の悪い夜間の戦闘は日中以上にエインの勝ち目がないし、一日何体も相手にするのは諸々の事情で危険だ。今日はこれで引きあげることにした。


 拠点にしている洞窟へと戻る道すがら、エインが大きく伸びをする。


「あー。今日もよく働いたっ!」


「成果はゼロだけどね」


「どーしてそうすぐテンション下がること言うのよう」


「いやテンション上げられる要素がないし……」


「そうかなあ」


 ジンの感想はごく当たり前のもののはずだが、エインはどこか納得いかなげだ。


「そうでしょ。何かあった?」


「えー? まあ、うん。えへへ」


 問うと、エインははにかむような笑みを漏らした。


 その無邪気な笑顔は、外見通りにとても可憐だ。


 思い返すに、文句とわがままの多いお嬢様ではあるが、前回のクエストに比べ、今

回は全体的に機嫌がいいように見えた。


「前回は色々その……バレないようにとか、あと初めてで緊張してて余裕なかったけど。今回はちょっと楽しいなって」


「穴掘りが?」


「そうじゃなくって! うーん、なんて言うか。ほらアタシ、お嬢様じゃない?」


「そうだね……」


 徹底的に、骨の髄までお嬢様ですよね。本当。


「なんでそこで暗い目をするのよ……まあそれで、今までわりと窮屈だったっていうか。どこ行くにも使用人がついてくるし、学校じゃみんな変に気を遣ってくれちゃうし、勉強以外、刃物使う料理とか、運動とか、危ないからってさせてもらえないし。剣の練習だって、学校でこっそり、クラスメイトに教えてもらってたくらいで」


「…………」


「や、その窮屈さに守られてたってことぐらいは、アタシにもわかるけどさ。でもなんか今は、危ないけどその分こう、自分の意思で『挑戦』できてるなって感じが、さ」


「楽しい、と」


「う、うん。その、付き合わせちゃって悪いなとは思ってるけどね?」


 やや不安げに、上目遣いでうかがってくるエイン。

 そんな顔をされるとまあ、成果も出せないくせにどうこう、なんて不満は浮かんでこなかった。この状況が楽しいとまでは思わないが。


「……別に。報酬目当てで付き合ってるだけだし」


「あ、それ知ってる。『ツンデレ』って言うんでしょ」


「違うから。嘘偽りない本音だから」


 というか何で借家の存在も知らないのにそんな、特定ジャンルの本の愛読者、好事家ぐらいしか使わない俗語は知ってるんだ。


「ほんとにー? こんな美少女と二人きりなのに? ちょっとぐらいムフフな展開楽しみにしてるんじゃないの? えっち」


「ねーよ」


 からかうような口調に対し、ジンは真顔でそう応じた。

 エインはぐぬ、と悔しそうにする。


「そ、即答されるのもなんかムカつくわね……ま、変なことしようとしたらぶっ飛ばすけど」


「そういや寝る時もその装備のままだけど。そこ警戒するならまず、男と二人でクエスト挑むこと自体見直した方が」


「しょーがないでしょ色々バレちゃったし。ほかに女の子見つからないし、アンタなら力ずくで来たってぶっ飛ばせるし」


 そんなエインの言葉に何か違和感を覚え、ジンは少し眉をひそめた。


「……?」


「なんでそこで疑問顔なのよ。妙なスキルがあっても結局F級でしょアンタ」


「まあいや、そうだけど」


 たしかにジンが腕ずくでエインをどうこうしようとするのは不可能だ。酒場の連中があんな風に投げ飛ばされた通り、C級装備の膂力は伊達じゃない。


 が、何か、微妙に認識の齟齬があるような。どこか噛み合っていなかったような。


 会話を思い返して違和感の正体を探る間もなく、二人の足は洞窟の入り口で止まった。


 この不思議な島はほとんどの時間、雪が降っていて、時おり吹雪くこともある。防寒性がある鎧の表面に、さらに『加護』の防寒性を高めるポーションを塗っているが、それでも寒い。


 洞窟の内部に踏み入ると、身体を打つ風雪がなくなっただけで、ほんのりと暖かいような錯覚を起こす。


 ……いや。待て。錯覚ではなく、


「本当に暖かい?」


「? どうかした?」


「誰かいる。静かに」


 短く指示して、耳を澄ます。

 意識を向けたのは洞窟の奥。


 二人が荷物を置いている、やや開けた空間だ。天井が高く、その天井には外へ通じる細い亀裂があり、火を焚いても煙が充満しない。


 風雪をしのぎ、暖を取るのに適した場所だが、どうも今、誰かがそこで焚き火をしている気配があった。


 ぱちぱちと、火の粉の爆ぜる音が響き、ゆるくカーブした道の先には淡い光の揺らぎも見える。今朝、火の始末はちゃんとしたはずだし、仮に荷物に火が移ったにしても、半日以上燃え続けるような物は置いていない。……やはり、誰かがいる。


「いったん出よう」


「え? え、え?」


 エインの手を掴み引き返す。


 この島にいるのなら十中八九、同業者だ。

 土地の所有者すら存在しない秘境、別にどこで焚き火をしようが自由だが、荷物を見れば、誰かがねぐらに使っている場所だとはわかるだろう。


 島は中央部がほとんど岩山で、似たような洞窟はそこらじゅうにある。

 討伐屋同士が顔を合わせれば、揉め事に至ることも多いのに、わざわざほかの討伐屋が使っている場所をねぐらに選ぶ必要はない。


 ほかに火を焚ける洞窟を探すのが面倒だった、程度の理由ならいいが、仮に、なんらかの意図があって待ち構えるような真似をしているとすれば――。


 そんな懸念をエインに説明する前に、二人は洞窟の入り口へと戻ってきて、


「はーい。おかえり」


「外は寒いよー? もっと奥で話そうぜ」


 にやにやと嫌な笑みを浮かべる、男たちに囲まれた。

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