第7話 「自分でも驚いてる。こんな相手は滅多にいないんだけど」
「うっ、うっ、なによぉ……儲かったし楽しかったんならいいじゃない……そりゃ騙してたのは悪かったけどぉ……」
わざわざ隣に座って泣き言を漏らすエインを、ジンはテーブルに突っ伏したまま放置する。
手続きまだかな。なんか「一応、手柄もないのにギルドから報酬を詐取しようとした疑いがあるので……前例についてご存知なかったようですし、大事にはならないと思いますが」と協議に入ってしまったギルド職員たちの結論を待たされているのだ。
ちなみに赤青コンビは離れた席で待機している。
これ以上エインとつるむ気はないらしい。
「う。苦。まず」
エインはといえばやけ酒を呷ろうとして、酒自体飲み慣れていないのか、ひと口舐めて放置し、泣き言を続ける。
「だってほかの酒場じゃ素人ってだけでパーティ組むの断られたんだもん……あとはいかにも性犯罪者臭いのしか寄ってこないし……はぁ。せっかくパーティ組めたのにこれで二人かあ」
「……待った。それ、まさか俺が数に入ってない?」
つい抗議の声と顔をあげてしまってから、ぱぁっと顔を輝かせているエインに気づく。
しまった。反応したせいで余計な希望を持たれた。
「言っとくけど俺、もともと臨時だからね? 君と固定パーティ組んだ覚えないよ?」
「そっ、そう言わずに! 経費とか出してあげるから!」
「無理」
「なぁーんーでーよー!?」
エインが涙目になり肩を揺さぶってくるが、ジンはできるだけ冷たい声音で返す。
「あの二人と同じ理由。というか二度と討伐屋なんてやるなって言ったよね俺?」
「あ、あれは来世の話でしょ。まだ生きてるし」
「屁理屈……」
なんであんな目に遭ってまだ討伐屋なんてやりたがるのか。女性なら本職の討伐屋でも引退を考えるレベルだと思うのだが。
まあ理由なんて知りたくもないし、知ったからには協力しろとか言われそうなので尋ねるつもりもないジンだったが、
「おーねーがーいーっ! 早く自立しないとアタシ、実家で結婚させられるハメになっちゃうのーっ! ……ってなんでそこで耳塞ぐのよアンタ!?」
勝手に語り始めてしまった。
知らん知らん。結婚生活に向いているタイプにも見えないが、それでも討伐屋よりはまだいくらか幸せになれる目もあるだろう。
「ママが勝手に決めてきた縁談でさー。パパは反対してるから、『いざって時に自分で身が守れないと無理やり連れ帰されちゃうから』ってねだったらこの装備買ってくれたんだけど」
「身を守るどころか危険に飛びこむ動機になっちゃってるんだけどそれ……」
ジンがあきれ顔を見せると、エインは「むー」と口を尖らせ、ばんばんテーブルを叩く。
「しょーがないでしょ! 今はアタシが勝手に家出したことになってるけど、そのうちパパが裏で援助してくれてるってバレるだろうし。そうなったら一人でお金稼いでやってかないといけないし。高ランクの討伐屋なら稼ぎも大きいって噂だしさ」
「相応の危険と引き換えにね」
竜というのは、ただ上位の装備を身に着ければそれだけで勝てる相手というわけではない。同ランク以上の装備があって初めて同じ土俵に立てるだけというか、腕前や運次第では、あっけなく死んでしまうこともある。
実際、C級装備を持ちながら、エインはD級の粘竜相手に死にかけた。
単に自立したいだけならますます、こんな危険な職業を選ぶ必要性は低い。
「というか、その装備売れば解決じゃん? 上手くいけば一生遊んで暮らせるよ」
「は? 何言ってんのアンタ?」
ごく真っ当な指摘をしたつもりなのだが、エインは心底、不思議そうに首を傾げる。
「高く売れてもせいぜい一○億ぽっちでしょ? それだけじゃ細々暮らしても一年く
らいしか保たないわよ」
「殴ってもいい?」
「な、なんで!? アタシおかしなこと言った!?」
言った。
一○億ぽっちて。
ちなみに討伐屋の生涯年収は平均して二~三億ドルク程度。最上位の討伐屋になると小規模な国家予算並みに稼ぐ猛者もいて、そうした連中が平均を大幅に押しあげてなおこの金額だ。
一○億といえば、庶民感覚からすればちょっと想像できないレベルの大金である。
一年で一○億って、どんな金銭感覚をしていればそんなに使い切れるのか。
「どんなって……まず屋敷を買うと小さくても五億くらいかかるでしょ?」
「はい待った。借りよう? 家出少女の身で屋敷住まいってとこ置いといてもまず借りれば安く済むよねそこは?」
「え。お家って借りられるものなの?」
借家という発想すらなかった。エインは本気で不思議そうにした後、続けて言う。
「で。あと、料理人とか使用人とか庭師を百人くらい雇うでしょ?」
「雇わないけど、うん。それでもまだ億単位残るよね?」
「家具と、お洋服を一年分と、料理の材料と、冬の燃料と、バカンス中の滞在費用と……うん。やっぱり一○億なんてすぐじゃない」
すごい。
一度袖を通した服は二度と着ない気じゃなかろうかとか、バカンスは必要経費に含まれますかとか、指摘を入れたいところだらけなのはもちろん、本人的にはそれで
『細細』とした暮らしだと言うのだから常軌を逸している。どうしてこんなことになるまで放っておいた。
「ね。討伐屋になって稼ぐしかないでしょ?」
「うん。帰れ」
「なんでよー!?」
討伐屋になったってそうそう稼げる額じゃないし。
その生活ぶりを維持できる伴侶なんて、それこそ母親が決めてきたという、上流階級の結婚相手ぐらいのものだろう。むしろ商売敵に嫁がせて破産させる気じゃなかろうか、なんて陰謀すら懸念したくなるレベル。
「世間知らずとかそういう次元じゃないよね」
「そっ、そんなに!? そんなにひどいのアタシ!?」
「ひどい。つーか惨い」
ジンがばっさり切り捨てると、エインはしゅんと肩を落とした。
「うう……そんなはっきり……てかアンタ、コミュ障どこやったのよ……」
「それはコミュ障を誤解した感想だ」
コミュ障というのは、深刻な病気や障害の類いではなく、要は人見知りとかそういう人間へのスラング的なものだが、多くのコミュ障がコミュ障ぶりを発揮するのにも条件がある。
おおむね家族とか、気心知れた間柄の相手に対しては発揮しづらい。
……まあ、ジンにはその家族もいないが。
厳密に言えば、一応まだ、家族と呼べる続柄の人物も二人か三人いるのだけど。面識があるのは一人だけで、その一人も、あまり『家族』と呼びたい人物ではない。
いや今は、そんな複雑な家庭事情はどうでもよくて。
「いわゆるコミュ障ってのは本質的には人見知り。人前で口を開くと緊張してしまうってだけだ。なぜそれほど緊張してしまうかと言えば、相手に嫌われたくないと思うからだ」
「結果挙動不審になって嫌われてたら世話ないような……」
「言うな。みんな自覚はしてる」
自覚はしていても、自分の挙動不審ぶりに相手がドン引きするのがわかって焦り、さらに挙動不審になって負のループを繰り返すのがコミュ障である。
「ま、まあなるほど……うん? じゃあアタシは? ……ひょ、ひょっとしてアンタ、口ではなんのかんの言いつつももうアタシに気を許――」
何か期待するような眼差しを見せるエインに、ジンは遮り気味に言う。
「そう。君に嫌われても痛くも痒くもないので緊張する必要がありません」
「ひどくない!?」
「自分でも驚いてる。こんな相手は滅多にいないんだけど」
「嬉しくないわよその特別感!?」
だって迷惑だし。
さんざんな仕打ち受けたし。
「そ、それは悪かったかもしれないけど……でもほら、アタシ、今度こそアンタの
『秘密』知ってるのに、ほっといていいわけ?」
途中から耳打ちでの囁きだったが、また耳のいい討伐屋にでも聞かれていたら困るのでやめてほしい。見渡す限り、屋内で兜を被ったままの討伐屋もいないので大丈夫だろうが。
「具体的には?」
「え。そ、そりゃあ、な、なんかほら、手も触れずに粘竜倒せちゃうような何かよ」
「君はすでに大ぼら吹いた後なわけで、その曖昧な証言を信じる人もいないと思うけど」
「う……」
「だいたい俺にこだわる必要も今度こそないだろ。俺が、あー、倒した竜の遺骸がどうなるかはさっきの説明通りだし」
あの異能を使って倒した竜からは、『加護』が消える。
これはジン自身にもコントロールできない。スキルを使う限りつきまとう問題だ。過去の二例も、名乗り出たりはしなかったがジンによるものである。
討伐屋のクエストの大きな目的は、竜の加護の宿った素材と、素材から作られる装備だ。
クエスト達成条件に遺骸の回収が含まれるクエストはもちろん、街道などに出没する竜の排除が達成条件のクエストでも、討伐屋の目的自体は遺骸であることが多い。
ジンがうっかりスキルを使ってしまえば台無しだ。誰かと組んでいればトラブルの元にもなるだろう。
そもそもスキルの存在自体を隠すため、ジンは人前でスキルを使う機会が生じるリスクを避け、単独でしかクエストを受けてこなかった。
スキルを使えば単独でも上位の竜を討つことはできるが、それでは装備は作れない。
かといってスキルを使わずの単独では、F級クエストを安全にこなすことさえ難しい。
だからこそジンはいまだ、F級装備のままなのである。
「……というか、なんでそこまで『秘密』にしときたいのよ? 公にして、特例で高ランクのクエスト受注させてもらえば、竜の駆除だけでもそこそこお金になりそうなのに」
「さあね」
ジンは適当にはぐらかす。
そこまで正直に答えてやる義理はない。
エインはぷくっと頬を膨らませたが、一転。あの無理をした笑顔になる。
「そうは言っても、ね? アンタがいればさ、高ランクの竜にチャレンジして失敗し
ても、命と貞操の危険はなんとかなりそうっていうか。ね?」
「だから命と貞操の心配するぐらいならほかの職業を選べと」
ジンの言葉に、エインはなぜか自信満々に応じる。
「アタシの世間知らずぶり舐めるんじゃないわよ! 伊達に一日で三件もウェイトレス首になってないんだからね!」
「試してはみたのね……」
あと世間知らずの自覚自体はあったのか。
それにしても一日で三件って何をどうすればそんなことに。まあ、世間の真っ当な職に馴染めず討伐屋社会へ……というのは、ありがちな話ではあるのだが。
どうあっても首を縦に振らないジンを前に、エインもさすがに疲れてきたのか、がっくりと肩を落とす。やめろ。美少女が落ちこんでるからって気の毒そうな視線をちらちらとエインと俺の間にさまよわせるな周囲の人たち。こいつ全然気の毒じゃないぞ。むしろ恵まれてるぞ。
おもに経済的な理由のせいで転職するか討伐屋を続けるかの瀬戸際にいるのがジンだ。そんな自分がどうしてそんな、お嬢様のわがままに付き合わされねばならないのか。
ジンが拒絶の決意を新たにしていると、エインはしょんぼり呟いた。
「一応、パパの援助が続いてる間だけなら、月給も出せるんだけど……」
「……月給?」
気になる単語を聞いた気がして、ジンは表情を改める。
それに気圧された様子で、エインは遠慮がちに応じた。
「う、うん。で、でもほんのちょびっとよ? たぶん二、三ヶ月くらいしか続かないし、男にお金渡してるなんて知ったらパパ怒るから、アタシが誤魔化せる程度の額だけだし」
「いくら」
「五○○万」
「乗った」
「いいの!?」
今までのやり取りなんだったの!? と、あっさり承諾したジンに目を剥くエイン。
むしろなんで最初にその話をしなかったのか。五○○万とかジンなら二年は暮らしていける額だ。
赤青コンビも聞こえていたのかなんか葛藤している様子が見えるが、あの二人がいると『秘密』の維持が難しくなるのであえて無視する。
「えと。じゃ、じゃあ改めて、よろしくね?」
おずおずと差し出されたエインの手を握り返し、ジンは深くうなずいた。
こうして極めてビジネスライクに、討伐屋稼業二年目にしてジンに初めて、相棒ができた。
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