第2話 「そ、そう言わずに。話だけでも聞いてよ。ね?」

「ちょっと。返事は?」


 そう促され、ジンはようやく、自分の沈黙が不自然なほど長引いていると気づいた。


 目の前の少女は訝しげだ。

 とにかく何か、返事をしないといけない。


「……あ。……無理」


「は?」


 声を低めた少女の頬が引き攣った。

 またやってしまった。だからとりあえず一言目に『あ』って言っちゃうのなんなの。


 ……いや。考え直したところでクエストを手伝うのが『無理』なのは変わらないが。


 少女は眉をつりあげて、今にも『無理って何よC級のこのアタシがF級のアンタなんかに声かけて頼んでやってんのよ調子乗ってないで「はい」か「イエス」で返事しなさいよこのグズ』と吐き捨てそうな表情の後、何かを耐えるように引き攣った笑みを浮かべ、


「そ、そう言わずに。話だけでも聞いてよ。ね?」


「あー………………や。無理っす」


「無理って何よ殺すわよ?」


 やはり変わらないジンの返事に、想像の三倍は物騒なことを言う。

 それから「やば」と呟いて「こほん」と咳払い。花が咲くような笑顔を向けてくるが、手遅れである。


「えっと、まだ名乗ってもいなかったわよね? アタシはエインズ・エルテンシア。エインって呼んでくれても構わないわ」


 少女の自己紹介の直後、聞き耳を立てていたらしい討伐屋たちの方から、「エルテンシアだと……?」なんて声が聞こえる。


「エルテンシアといえば、伝説の竜殺しの末裔じゃないか」


「中央で討伐屋の大家として有名な?」


「ああ。いくつものギルドの設立に関わったっていう名門中の名門だ」


「そこの御令嬢といえば……」


 わざとらしいくらい丁寧でありがたい野次馬たちの解説を受け、ジンは改めて目の前の少女・エインを見る。


 エインは得意げに、過度に豊満ではないが決して貧相でもない胸をそらした。


「弱冠十五歳にしてC級竜の単独討伐に成功し、B級竜単独討伐も時間の問題と言われている、あの噂の美少女討伐屋……!」


 なんだか美少女を討伐する人みたいに聞こえるが、いや、もちろんエイン自身を形容した言葉だろう。


 なるほどとは思う。まだ幼さも残る顔立ちは整っていて、ややつり目がちな赤い瞳にも、警戒心の強い小動物めいた愛らしさがある。


 無骨な兜はなく、竜の角を模した髪飾りが映える、長くきらびやかな白銀の髪。


 肝心(?)の鎧はといえば、これがいやに軽装だった。華奢な手から肩までを覆う腕部、すらりと伸びた腿の半ばから足までを包む脚部こそ格付け相応の迫力だが、腰部はスカート状、胸部にいたっては下着と見紛う形状で、その中身を押しあげ、強調している。


 肉付きの少ない白いお腹はヘソまで見える。

 要所に紅い、宝石めいた結晶を散らして、C級――『紅爪竜』の特徴を残していなければ、秋祭りの仮装にでも見紛うデザインである。


 が、デザインの奇抜さは格付けを裏切らない。


 竜の鎧の本質は、形状よりもその『加護』にある。たとえ剥き出しに見える腹部へ、ジンが渾身の刺突を見舞ったとしても、F級装備ではすり傷ひとつ負わせられないだろう。


 まじまじと、いっそ不躾なほど観察してしまったジンだが、エインは不快そうにするでもなく、むしろ「ふふん」と得意げに息を漏らし、


「じゃ、改めて聞くけど。クエスト、手伝ってくれない?」


 愛らしく小首を傾げ、そう聞いてくる。

 これだけの美少女と共にクエストへ。男なら誰しも憧れるシチュエーションである。


 ジンだって当然、そのシチュエーションに浪漫も感じるのだが、


「………………無理」


「なんでよ!?」


「…………いやあの、ついていけるわけないんで」


 少し考えて捻り出したジンの『理由』に、エインは首を傾げたものの、すぐに何かに気がついた様子で、手をポンと叩く。


「あ。クエスト難易度? 大丈夫、今回は新パーティの肩ならしだし。ほら」


 とエインが示した先にいたのは、離れた席で手を振っている二人の少女だった。


 エインほどではないにせよ、それでも十分、可愛らしい女の子たち。


 歳はエインと同じ程度か。髪の色は赤と青。装備は両方ともE級。それぞれ通称『鷹竜』と『兎竜』の遺骸を使った装備で、E級の中では中位ぐらい。最も層の厚いランクだ。


 パーティの過半数がE級以下なら、受けるクエストもそれに応じたものだろう。たしかにそれなら、ジンでも辛うじてついていけるかもしれない。


「早く四人目も見つけたいんだけど、ほかに女の子見つからなくって。だからキミは固定が組めるまでの臨時になっちゃうけど、ね? ほら、ほかの人だと色々……わかるでしょ?」


 エインの説明で、わざわざF級のジンに声をかけてきた理由もわかった。


 討伐屋をする女性たちの多くは、女性同士でパーティを組むのが普通だ。


 討伐屋というのは、行儀のいいタイプばかりだとはお世辞にも言えない職種である。


 さらに仕事の場はギルドや憲兵の目も届きにくい、竜の棲む人外魔境。


 となれば女性がまず真っ先に気を配るのは、命とはまた別の身の安全なのだ。


 竜の気配にばかり気を割いていて、無警戒の背後から襲ってきたのはパーティメンバーの男だった、なんてのはよく聞く話だ。


 寝たふり中に周囲の会話を拾っただけだが。

 三人パーティというのも考えはしたろうが、神出鬼没な竜の接近を察知するには、できるだけ目も耳も多い方がいい。


 しかしほかに女性がいない。


 男性に声をかけるしかないが、加えるならむしろ下手に強い男より、仮に寝こみを襲われたとしても撃退できるぐらい弱い相手の方が、女性にとっては安全だ。


 この酒場で『最弱』、ジンに声をかけるのも自然な流れだろう。


「……でもそれなら別に、俺でなくても」


 このギルド内で最弱は間違いなくジンではあるが、エインはC級、ほかの二人もE級中位だ。


 E級の男でも、一人くらいならどうとでもできるだろう。


 実際、エインの背後ではさっきからE級らしき、ジンより二つ三つ年下の少年たちが張り切ったポーズを取って存在をアピールしている。


 あくまで拒否の意を示すジンの返答に、エインはひくひくと頬を引き攣らせる。


「ま、そんなに嫌なら無理にとは言わないけど……」


 言いつつ至近距離まで迫り、声をひそめて、


「いいの? バラしちゃうわよ? アンタの――ヒ・ミ・ツ」


 そんな言葉を、囁いた。



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