F級討伐屋の死にスキル 「死ね」と言ってはいけない理由は?

ファミ通文庫

第1話 「どうして人に、『死ね』って言っちゃいけないの?」



「どうして人に、『死ね』って言っちゃいけないの?」


「死んじゃうからねえ。本当に」



                 第一章


 この業界は見た目がすべてだ。

 ……と言うと、誤解を生むかもしれない。


 これは何も、顔がいいとかスタイルがいいとか、あるいは服装のセンスがいいとか、それで異性にモテるモテないの話ではない。


 要するに、そいつがどの程度、腕のいい仕事をする『討伐屋』であるのかが、見た目の段階ですべて、少なく見積もっても八割はわかる。そういう話だ。


 見た目と言っても、身長、体格、性別、顔立ち、あるいは放つ雰囲気であるとか、主観的な判断基準ではない。


 討伐屋を評価するならまず、誰もが真っ先に目を向けるのは、


「おい見ろよアレ」


「うお。懐かしいなオイ」


「……恥ずかしくないのかねぇ」


「いや恥ずかしいも何も、新人だろ? ……にしちゃあ歳いってそうだが」


「新人じゃねぇよ。だって俺、何ヶ月か前にも見たぜアレ」


「……は? マジ? 何ヶ月もあのままか? けどアレ……」


 討伐屋なら誰もが纏う――鎧、である。

 討伐屋はみな『竜』を討つ。


 竜を倒せば、牙、角、爪、骨、あるいは鱗や外殻といった、武具の素材が手に入る。集めた素材で鎧を作り、武器を作り、彼らは少しずつ強くなっていく。


 竜を素材にした武具は、単に頑丈なだけの武器ではない。


 宗教家に言わせれば、竜とは神々の『加護』を特に強く受けた生物であるという。竜の死体も、そこから剥ぎ取られる素材においても、加護はそのまま『生きて』いる。


 要するに、竜の素材から生み出されるのは、魔力を帯びた特殊な武具だ。


 武器は見た目以上の重さや硬さを秘めている。そして鎧は、生身ではとうてい扱えぬ武器を十全に振るうだけの膂力を、竜の牙や爪から身を守る加護を、着用者に与える。


 討伐屋の纏う鎧や、手にした武器は力の象徴。

 より強い竜を討った者ほど、より強い力を手にしている。


 だからこの業界では、鎧を見るだけでも、おおよそそいつの腕は測れる。


「……どう見たって、初期装備だよなぁ」


 ギルドが経営する酒場の隅に席を取り、テーブルに突っ伏して寝たふりをしていたジン・アマハギアは、漏れ聞こえてきた声に反応はせず、たぬき寝入りを続行している。彼が身に纏っているのは、小型竜の骨を組み合わせ、編み、色づけもせず素のままの量産品だ。


 気にしていない。

 わけではない。

 普通に悔しいし恥ずかしい。


 討伐屋が身に纏う装備について、必要な素材の数や質、その入手難易度に応じ、ギルドは公式にA~Fの六段階の格付けをしている。


 誰しも最初は新人だ。しかしF級は、どの新人も二、三週間以内には卒業する最低ランクの装備である。


 兜も竜の頭骨を被るだけという簡素なものだが、討伐屋を志す者は、店で買うか、あるいは餞別として近しい人から贈られたこれらを身に着け、冒険の始まりに胸躍らせる。


 つまりF級装備自体は、決して恥ずかしいものでも、嘲笑の対象でもない。

 E級以後は各々の適性に合わせた装備を身に纏うのが討伐屋だ。


 F級装備はむしろ親しみや懐かしさ、新人時代の自分を思い返す、討伐屋たちが唯一、共有できる思い出の品。なのだが――。


「初陣で下手こいて重傷でも負ったとか?」


「あー。いきなり長期療養か。ありうるな」


「いや、それもねぇよ」


 ジンが眠っていると判断してか、話し声は、ありがた迷惑なことに大きく聞き取りやすくなった。

 話に加わった男の声には覚えがある。このギルドでたまに見かける、声の大きい青年だ。


「あいつもう二年近くはあのままだ。ちょいちょい見かけるし、長期療養ってのはない」


「二年……?」


「いやいや、嘘だろ。さすがに」


「マジなんだなこれが」


 嘲笑を通り越し、なんか気の毒そうな目を向けられているのが空気でわかる。

 そう。ジンはとっくに新人を名乗っていい期間を終えている。


 今年で十七歳で、討伐屋としては二年目。十二歳前後で初陣を迎える討伐屋も珍しくない中で、ただでさえスタートが遅いのに、二年近く経ってまだF級だ。


「で、でもよ。F級なんてどっかのパーティに二、三週間くっついて素材のおこぼれ貰えば卒業できるだろうよ」


「まあ、あんま上位層のパーティについてくと新人じゃ雑用しかできねえし、素材は貰えないかもしれねえが……報酬の分け前貯めて下位装備買うぐらいはできるよなぁ」


「あー。俺もあんまりに気の毒だから、一回、誘ってみたことあるんだけどよ」


 今すぐ失神したい。

 その時のことは覚えているが忘れたい。


『なぁお前。ちょっと人手が足んねーんだけど、手伝っちゃくれねぇか?』

『……………………あ。……間に合って、ます』


「ありゃコミュ障ってやつだわ」


 あーあーあーあーああぁあああああああ!


『あ』ってなんだよ間に合ってねぇだろそもそも会話が噛み合ってない!


 今すぐテーブルに額を打ちつけたい衝動に耐えながら、ジンは空想の中で当時の自分をグーで殴る。


 いや違う。一応、アレにはアレで理由があった。


 まず急だった。

 それまで遠巻きに、触れちゃいけない人みたいに、それでいて妙にやさしい気の毒そうな空気で扱われていたのに、いきなり声をかけられた上、クエストへのお誘いだったので嬉しいやら申し訳ないやらちょっと恐いやらで混乱し、結果ああなった。


 俺だって事前に心の準備をしていればちゃんと受け答えできた。


 事前に準備しないとできない時点でコミュ障じゃねぇかという話ではある。そして、心の準備をしていたところで、結局は……断ってしまっただろうが。


「じゃ、じゃあ何か。あいつ……F級装備で単独専なのか?」


「無茶ってレベルじゃねえ……」


「いや、死んでないだけあいつなりに工夫して頑張ってるんだとは思うが」


 いっそ嘲るか罵ってほしい。

 微妙にやさしい空気が逆につらい。


 わかってる。


 上位装備ならともかく、最下級の入門装備で単独など、無茶だというのは。


 わかっているが、ジンにもジンなりの事情があるのだ。


「まあそんなわけで、ここの常連の間じゃ暗黙の了解っつーか、あいつが生きてるの見るとなんか少しホッとするマスコット的なあれだから、空気読んでやってくれや」


「「お、おう……」」


 いつの間にかマスコットにまでされていた。

 ……もう今日は帰ろうかな。


 手続き中の害獣(もちろん竜ではない)駆除の報酬も忘れ、ジンの心は折れそうだった。


 たしかに一応、彼なりに努力はしている。


 日々食べていくのがやっとな、低難易度低報酬のクエストをコツコツこなし、ちょっとずつ貯金して、あとひと月ぐらいでE級最下位装備になら手が届きそうな額にはなっている。


 E級装備になればもう少し実入りのいいクエストをこなし、貯金してさらに上位の装備を手に入れて、いずれは…………果たして引退までに、どこまでいけるのだろう。


 引退までには、ほかの仕事に比べ長い老後を賄う資金も貯めねばならない。

 結婚はあきらめるとして、故障もなく定年いっぱい勤めあげれば辛うじて……。


「ねえ」


 なんだか鬱になってきた。


「ねえってば」


 今の内にもう少し向いた職を探すべきだろうか。


 いや、身寄りも友人もいないこの身で再就職先が見つかると考えるのも甘いし、まず働き口を探そうにも、休むと明日の夕食すら……いっそ討伐屋はすっぱりあきらめて貯金を……。


「ねえ、って言ってんでしょちょっと、アンタよF級!」


 F級と呼ばれ、ようやくジンは顔をあげた。今この酒場に、F級はジンしかいない。


「やっと起きた。……起きてるのこれ?」


 この業界は見た目がすべてだ。


 格言に従ってジンは、声の主の容姿を確認し、そして固まる。


 そこにいたのは――美少女だった。


 白銀色の髪と、宝石めいた赤い瞳。仮にも武装に身を包んでいるというのに、『可憐』と、そう端的に評してもなんら違和感のない、美少女。


 ありえない。


 いや、自分にこんな美少女が声をかけてくることがありえないのももちろんなのだが、さらにありえないことがほかにある。


「…………」


 ジンは、寝ぼけたような眼差しで、まじまじとその美少女を見返す。


 まず容姿に目を奪われてしまったが、彼女の装備はこの酒場では滅多に見ない――C級のそれ。


 もちろんC級自体は稀少だ。しかもこんな美少女がそれほどの装備を身に着けている例も、聞いたことすらないけれど。


 なによりもありえないのは、見た目がすべてのこの業界、C級の彼女がこともあろうにF級のジンに声をかけ、あまつさえ、


「ね。アンタ手隙よね? ちょっと手伝ってほしいクエストがあるんだけど」


 こんな話を持ち出すことだった。

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