第3話
私の席は前から二番目の中央左側にあった。私の前に生徒はいない。私を含めここにいる五人を生徒と呼んで良いか正直わからなかった。私の机と椅子は私の身体からだには不釣り合いで、それはとても小さく小学校低学年用に思えた。私がこの教室の生徒であるという必然性は思いつかなかったけれど、生徒と呼ぶ事がこの状況では相応しいと思われた。そして前述のように他の四人の気配は感じるのだが、詳細とまでなると自信はなかった。その感覚は視覚に映り込む情報と言うよりも、五感を駆使して浮かび上がらせる知覚全体の計測値と言えた。その計測値はホログラムのようなイメージに似ていた。計測値が常に安定しないように、その立体像は揺らぎやすく、煙のように変化した。その知覚を通して私にははっきりと分かることがあった。この教室には教師の気配はなく、その教師がいつ現れるのか知らされていないことだった。
ここでは互いに口をひらくことはなかった。自身に語りかける独白だけが間接的に
綿雪は私が独白を始めるとどこからともなく漂い始めた。その独白に夢中になればなるほど多くの綿雪が漂い玉雪となり、独白を止めてしまえば綿雪は灰雪になりそして次第に消えた。しかし私が独白を止めてしまっても、その降雪が止まないことも多くあった。それはおそらくこの教室の他の生徒が行っている独白に違いなかった。独白に夢中になり室内を漂う綿雪に気付かない時もあれば、独白に飽き虚空に漂う綿雪を見つめるだけの時もあった。他の生徒の独白が始まると、彼らの息づかいは綿雪になり、この雪景色は虚空を作った。それは私が独白するときには気付かなかった変化だった。綿雪はこの教室に光の濃淡を作った。時として綿雪は室内全体が白く大きく膨れあがる光の玉にまで変化することもあった。それが起きると厚いベルベットのカーテンと重い絨毯が同時に出現した。深遠な静寂が浮薄な木霊こだまを吸いこんだ。いつものどんよりした窓の外光は、室内の白い光の玉に、彩度、明度を吸いとられ暗さが凝縮した。そうなるとそれは立ち眩みに似て、抜け穴のような黒い玉になった。それは大きな白い玉の激しい吸引を避けるように教室中を逃げ惑った。そして次第に力尽き、一匹の蠅のように小さくなり終いには消えた。この教室に溢れ出した独白が白い大玉になり、そこに重力が生まれ、影と音を引き寄せ最後は冷たく励起れいきした。出現したのは全てが雪で覆われた白い部屋だった。それがこの教室の虚空の雪景だった。これら一連の光と音の戯れを、深海の
周りの生徒の気配がなくなり、
胸が膨らんだ。鏡のような水面に一滴の水が落ちた。「強度のある時もあれば希薄な時もある。柔らかい時もあれば、弾力のある時もある。要は指の腹で正しい時の圧力を見つけること」私の目の前に現れたのは体長50センチほどのアシダカグモだった。机の中央に陣取りむしゃむしゃと机の上を覆った綿雪を食べていた。頭部の二列に並んだ六つ眼は半球形に飛び出し、それぞれが広角の視界を得られるようになっていた。上段の二つの眼は蜘蛛の背後にまで視界が届き、下段の四つの眼は私を見透かし、教室の壁の向こうさえも視界に収めているような眼光を放っていた。六つ眼の下には白い帯があり、その軀は斑点を伴った灰褐色で、ふっさりした綿毛に包まれていた。四組ある脚が全方位に均等に延び、蜘蛛の頭胸部と腹部は卓上20センチほどの高さに保たれていた。六つ眼の両脇には一対の触肢が垂れ下がり、触肢の内側には縁なし帽子をあご下で逆さに被ったような
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