春夏秋冬王宮物語

時雨猫

変人兄弟

フローリアン王国

美しき自然と人々が調和するこの国には太古より魔術が存在していた。

魔術師たちはある時は国の重役として、またある時は町医者として王や国民のために尽くした。

これはそんな国の、ある時代の、母を魔術師に持つとある4兄弟のお話である。



〜王都より西に数十キロの郊外にて〜


さて、どうしたものでしょうか。

私はちらりと上3人の兄たちの顔を盗み見たが、彼らは被害が自身に及ばぬようにと食事中であった手を止め、じっとしていた。

彼らがそうならば、私もそうしていよう。


でなければ、


「あなた、もう一度おっしゃってくださいな」


私もこれの餌食になってしまうだろう。



久しぶりに家族6人でいただく夕食だというのに、食堂にはこれでもかという程のブリザードが吹き荒れていた。



「お、落ち着いてくれ。今きちんと説明をするから」

「あら私は落ち着いていますわよ、あなた」

「目が笑ってないし、手元の動きが怖い!!なにそれ炎!?」



発生源は我らが母である。

元より魔術師である母は我が家の大黒柱たる父よりも強い。

いや、父も勿論強いのだ。

これでもこの国の国王の側近の1人であるのだから。

けれど妻には敵わないといったところであろうか。

生まれて此の方父が母に勝ったところを見たことがない。


哀れなり我が父よ。



ところで事の発端であるが、初めはこうではなかった。

王宮で働く父と3人の兄が久しぶりに帰って来たこともあり、家族が大好きな母は大喜びだった。

使用人が止めるのも聞かず、自分で料理を作るほどに。



料理が出揃い、和やかに食事は進んでいた。

王都での話、王宮での話。

それはどれもこれも魅力的なものだった。

人混み嫌いな母も、父や兄の話には興味津々だったから、そのうち一緒に買い物に行こうかと考えていた時、父がとんでもない爆弾をぶちかましてくれやがったのだ。



「急な話になるんだが。

国王からのお達しでね、バーネット家の長女を王女の家庭教師にするとのことなんだ」



へー。

バーネット家の長女。

バーネット家…………うちじゃね?というか、長女って私じゃね??


と気づいた時にはもう遅く、兄たちは申し訳なさそうにこちらを見ており、そして、母の周りにはブリザードが吹き荒れていたわけである。


ちなみに、ブリザードは比喩的なアレでなく、物理的にだ。

母が魔術で周りの気温を無意識に下げたのだと思う。


これはまずいと使用人達は即急に下がらせ(というか、早々に逃げていた。慣れているから)、今この場にはバーネット家の6人のみが揃っている。


家族会議(母優勢)というやつだ。




「王のお達し、王のご命令、王のご意向……。もう沢山です。

これで何度目ですか。

彼の方は、私から子供達を奪うおつもりなのですか!!」

「そういうわけじゃないさ。

うちの子達はみな優秀だから…」

「相談するくらいの誠意を見せても良いのではありませんこと?勝手に思いつき、勝手に決め、勝手に実行する。せめて止めるぐらいできませんの?」

「そ、それは…」



父がどうにか弁解しようと母に近づく。

それが合図であった。

上3人の兄がすぐさま立ち上がり、隣に座っていた次兄が私を担ぎ上げると母の死角になっているドアから脱出をはかった。




結論:ミッションコンプリート(脱出成功)


遠くで母の怒号が聞こえるが、今は父に任せるのが一番である。

というより、兄弟満場一致で「面倒」と思っているのだから、我が家もなかなかにアレだ。




食堂から少し離れたかつての子供部屋に着いたところで私はソファの上に降ろされた。

子供部屋といっても眠るためでなく、子供の頃は遊んだり、大きくなってからは4人でマッタリするための部屋。

最近は私しか使っていないけれど。




「全く…父上は。せめて食後に話していただきたい」


そうボヤきつつ私の隣に座ったのは長男のプラート。

今は王宮で第一王子の補佐として働く我が家の跡取りで、巷では秀才と誉れ高い。

が、とんでもないクズ野郎。

最近楽しいことはと聞くと、

「王子をいびる……いや、王子の教育かな」

と答えた。

こいつはいつか国家転覆罪でもかけられるのではと下3人でヒヤヒヤしている。



「それを言うのならば母上も同じこと。

我々はもう子供ではないのだから」


と言いつつ反対側に腰を下ろしたのが次男のエーティ。

王国の近衛兵の幹部に最年少で出世し、巷では見目麗しい騎士であると噂の次男である。

が、中身はただの脳筋。

話し合いより拳で語り合いましょうかと女性を虜にする笑顔で言ってのけるのだから世の女性はこのまま夢を見たままでいてほしい。



「でも、母上の言うことも分からなくもないですよ。

僕たちがこうして王宮で働けるのは1人残っていたから。

それがいなくなるんだから、ああなるのも無理ない」


本棚を物色しながらそう言ったのが三男のロトン。

芸術性にあふれた彼は王宮楽師。

可愛い顔も相まってか、マダム達から絶大な人気を誇っている。

が、この男は性癖が少々アレである。

この兄は熟女好きであった。

それを知った時、残りの3人で「需要と供給……」と思ったのはいい思い出。



と、こんな感じで私の兄3人は揃いも揃って変人だ。

残念なイケメンとはこのことか。


なんなことを考えていたらロトン兄様が目の前に現れ、頬を思いっきり抓られた。



「痛いです」

「ねえ、イヴェーラ。失礼なこと考えているみたいだけれど、君も十二分に変人だから安心して」


失礼な。

私のどこが変人だと言うのか。

納得いかずにロトン兄様を見ると彼はため息をつきつつ呟いた。


「美少女好きって…十分やばいと思うよ」


残りの兄も頷いている。

この人たちは見事に自分のことを棚に上げてしまっている。

弁解しておこう。

私はあくまでも眺めるだけだ。

目の保養なのだ。



「ドSに、熟女好き、美少女好き。改めて考えるとひどいですね。うちって」

「エーティー。お前が脳筋ということを忘れるな」

「私はマシでしょう?誰にも迷惑かけてません」

「世の女性の夢をぶち壊す可能性しかないやつが何言っているんだ」


いつのまにかメイドが紅茶を持ってきたようで、あたり一帯はほんわりといい香りが漂っていた。

プラート兄様はそれをひとカップ持つと、残りの3人にも座るように促す。


「まあ、なんにしても、イヴェーラが王宮に来ることは決定であるわけだ。

分からないことがあればなんでも聞きなさい」

「はい、プラート兄様」

「それと、わかっていると思うけれど、外では淑女を装ってくれよ」

「いつもの事なので問題ないかと」

「装う事に慣れたよね僕たち」

「外面だけはいいと父上が褒めていたな」


それは多分頭痛を抱えながらの発言であって決して褒めているわけではないと思う。



かくいう私も、この辺りじゃ有名な立派な貴族のお嬢様で通っているのだから血は争えない。

日頃のストレスか、貴族としてのプレッシャーか、はたまた生まれつきか。(どう考えても生まれつきだろうけれど)

見事に歪んだ性格の我ら4人兄弟。


私達で末代にならないよう祈ることしか今はできないようだ。



私の考えていることがなんとなく理解できたのか(こういうところは兄弟だと実感する)兄3人は少々苦々しい顔をしている。


跡取り候補は大変ですねと他人事のように語ると長兄に小突かれた。


「お前もそろそろ行き遅れだと自覚しなさい」

「まさかそれも兼ねての出仕じゃありませんよね」

「安心して。

うちの子を王族になんぞにと継がせないから」

「あなたの子ではないですよロトン兄様」


「イヴェーラを嫁にとか言い出す男がいたらまず三段階の試練と中ボスとラスボスが待ち構えているから安心しなさい」


中ボス(父上)と、ラスボス(母上)か。

やっぱり母上の方が恐ろしいと思っているんですねエーティー兄様。



まあなんだ、末っ子らしく大事にはされているのだから今更両親や兄達に逆らうことはしませんとも。



「イヴェールどうした。急に黙ってしまって」

「いえ、なんでもありませんよ。それはそうと呼んでますよ」



そう言うと、兄3人は扉の方を見た。

扉の向こうに1人分の気配。

プラート兄様が立ち上がり、扉を開けた。


「じいやか。どうした」

「そろそろ終わる頃かと思いまして」

「確かに怒号は聞こえなくなったね」


ではそろそろ、と皆立ち上がり食堂に向かう。

私の定位置は兄様達の後ろ。

そのたびに思う。

黙っているだけならば兄様達はきっとこの国で1番を争うほどの美丈夫であるのに、と。



そうだ。

私の特徴を語っていなかった。


末っ子、長女のイヴェーラ。

母の元で魔術の修行をしながら、近くの教会で子供達に勉学を教えている。

美少女が好きというのはあくまで目の保養であると弁解しておこう。


この度国王陛下の御息女、リリアン王女の家庭教師に推薦されました。

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春夏秋冬王宮物語 時雨猫 @sigreneko

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