ハニカムプリンセス

番倉 未朽

見聞者 1byte

 その空間は、生命体を拒絶しているかのような冷たい世界だった。

 赤いエネルギーラインが幾何学模様のように縦横無尽に壁や床に走る白い鉄の回廊。

 ホコリ一つない無機質な空間を、のんびりと歩く人間がいる。

 引き締まった体躯を対環境耐圧服に包み、その上から全身を覆うように使い古されたパワードスーツを纏っている青年。

 青年は、深く被ったフルフェイスヘルメットに映し出された様々な情報に視線を踊らせている。

『ナノマシン』

『Grey goo』

『西暦21--年建造』

『Doctor.Mead』

『人類最後の研究』

『機械知性保持の可能性』

『Project Honeycomb Princess』

『世界の終わり』

 フルフェイスヘルメットに搭載された架空機生類AIが施設のサーバーに無線接続することで、次々と引き出されていく情報の羅列。

 青年の知識で分かる物、分からない物を架空機生類AIが青年のシナプスを元に精査、自動分別する。

 人為遺産リマインテクノロジーと呼ばれる道具のうちの一つである青年の被るフルフェイスヘルメット。

 青年の生業には欠かせない、過去情報ロストテクノロジーを収集するという事柄に長けた物であり、青年としては命の次に大事な資産相棒である。

 その相棒が情報収集に集中していた青年の視界に、赤く警告を発した。

 青年は、歩みを止めて前方を見る。

 目の前には、施設の中を進んできたなかでもとりわけ分厚い大扉がそびえていた。

 視線を巡らし、大扉の操作盤を見渡すが、それらしい操作盤は見受けられない。

 青年は少し考え込む素振りをする。


「仕方ありません。穴を少し開けましょうか」


 考え込んだ割にはあっさりと、青年は呟きフルフェイスヘルメットへ片手を添える。


【『頭部のみ起動から全身起動モードへ移行……作業モード自動選択。各種部位点検……異常なし。作業者ID確認完了。円戸えんど様。今日も1日ご安全に』】


「はい。ご安全に」


 青年は、のんびりとした足取りで大扉へ歩み寄る。


【『作業者の全面に障害物を確認。障害物撤去モードを起動。作業者は、周囲の安全を確認してください』】


「安全確認。周囲人員ナーシ、安全ヨーシ、作業環境ヨーシ」


 儀式のようにゆったりと周囲に指差し確認をする青年。

 青年にとってその動作の意味はわからないが、一連の行為をしなければパワードスーツは、次の手順へ進まないので、もはや慣れた動作だった。


【『安全確認しました。障害物の振動破砕を開始します。作業者は指示に従い所定ポイントへアームを接触させてください』】


「はい。了解しましたー」


 パワードスーツの右手のひらをペタリと大扉につける。


【『アーム接触を確認しました。振動破砕を開始。作業予定時間は20秒です』】


 パワードスーツの右腕部が、甲高い音とともに微振動を始める。

 接触した箇所から振動が伝わり始め、徐々に大扉に手のひらが沈み込んでいく。

 やがて沈み込んだ手のひらを中心に大扉にヒビが入った瞬間。

 爆ぜるような轟音と細かく破砕された鉄の煙が巻き起こった。

 轟音と鉄煙が止む頃には、目測でも50cmほどの厚みがあるはずの分厚い大扉を貫くように、青年が通れるほどの横穴が現れた。


【『作業完了。引き続き安全作業に従事してください』】


「はいはいー。ありがとうございます」


 のんびりと架空機生類AIへ礼を言いつつ青年が開いた穴をくぐる。

 その先の光景を見た時、青年は思わず息を呑む。


「ここは……」


 大扉を抜けた先には、無限に続くとも思えるような巨大な空間に、機械人形が規則正しく鎮座していた。

 機械人形達を見回しながら。青年は架空機生類AIへ語りかける。


「この場所の情報検索をお願いします」


【『映像データ照合します……。該当項目2件有り。抽出した情報を閲覧しますか?』】


「お願いします」


【『1.該当箇所の名称『試製自立稼働兵士プロトオートマトン研究棟・格納庫R-1』。本施設は軍則第八条・未完技術の情報漏洩じょうほうろうえい防止の措置に則り、管理者及び管理者の許可者以外の立ち入り、また情報閲覧を禁ずる』】


「格納庫……。格納庫とはたしか、機械を収容する建物の名称でしたかね。なるほど、たしかに格納庫ですね」


【『2.試製自立稼働兵士プロトオートマトンについて。細胞機械ナノマシンを搭載した戦場に於いて無限に稼働し続ける兵士。人間の肉体は脆弱であり、戦闘行為の際に、生理的現象や心身の摩耗等、戦闘継続性に様々な障害が生じる。その為、地力に於いて他国に遅れを取る我が国には人間に代わる兵力の確保が急務であり、我が軍の技術を総集結させて様々な研究、開発が進行中である。格納庫R-1は、主に単体戦闘特化型試製自立稼働兵士を配備している。火気厳禁』】


「兵器。このヒト達がひとが作ったという兵器ということですね」


 よく見れば機械人形達は、種類こそ違えど身体の各所に銃や剣、他者を壊すことを目的とした武装を幾重も纏っている。その存在理由の兵器と呼ぶにふさわしい威圧感のある佇まいだった。

 もっとも、動力源と思しき胸の心臓リアクターが破壊された形跡があり、機械人形達に動く気配はなかった。

 いくつかの機械人形に近づき、損傷がない機械人形がないか調べた後、落胆する青年。


「どなたかにこの施設についての情報を提供してほしかったのですが……どうやら無理なようですね」


 青年は映された機械人形達のステータスを見ながら、この部屋を出て別の場所を探索しようか考えていると、ふとフルフェイスヘルメットが小さな音を拾った。


【「……イ」】


「おや?」


 フルフェイスヘルメットが音源への経路を瞬時に矢印の視覚情報として映し出す。

 青年はその通りに、機械人形の列を縫うように進んでいく。

 何十列目かの機械人形を抜けたところ、一体だけ、鎮座せずに横に倒れている機械人形を見つけた。

 その機械人形の心臓リアクターは、損傷が激しいがまだ弱々しく光を発している。


「良かった。まだ生きてる方がいましたか」


 青年は倒れ込んだ機械人形を起こし、話かける。


「お怪我は? 会話はできますか? 僕は見聞者……もとい、旅のものでして。良ければこの施設についてお話してもらえないでしょうか?」


 青年の問いかけによるものか分からないが、機械人形の瞳に徐々に光が灯り始める。


【「……ハカイ……」】


「……穏やかじゃないですね」


 不穏な雰囲気を纏う機械人形から、とっさに後ずさる青年。


【「ゼンポウ……ネツゲンカンチ……ハカイ……カイシ」】


「おぉっと!?」


 光を宿す機械人形の目から放たれた熱光線レーザーが、すでに機能を停止した機械人形達を溶かし貫いた。

 熱光線レーザーをとっさに躱した青年は、脱兎の如く大扉へと走り始める。


「あぁ、もうなんでこの手の施設のヒトはこう気性が荒いんでしょうね!?」


 狙いが定まらないよう機械人形の間を無茶苦茶に走り続け、機械人形が次々と放つ熱光線レーザーを躱し続ける青年。


【『作業員の周辺環境の危険係数が上昇。緊急危機回避モード起動。パワーアシストを開始します。作業者は速やかに徒歩による避難を行ってください』】


 架空機生類AIの制御によってパワードスーツの脚部が唸り、青年は数十メートルを一気に跳躍する。


「うぉっ……と!」


 青年は、突然の脚力の上昇に戸惑いつつも、沈黙している機械人形達の頭部を跳ねながら、移動していく。


「相変わらずっ、この感覚はっ、慣れませんねっ!」


 何十体目かの機械人形の頭部を蹴りながら、空中に浮かぶ青年の視界に大扉が映る。


「よし、このまま……。っい!?」


 後ろから来る轟音に振り向くと、機械人形も空を飛んで青年へと迫っていた。


「……こっの!」


 青年は、パワードスーツに搭載されている脚部スラスターを噴出し、方向転換しつつその勢いのまま左脚で、機械人形を蹴り飛ばした。

 機械人形は青年の放った蹴りをまともに喰らい、急落下。

 機械人形達の列を吹き飛ばしながら、轟音を立てて床へ沈み込んだ。

 それを見届けながら、落下する青年。


【『左脚部損傷。パワードスーツ出力27%減。着地失敗の可能性あり。留意してください』】


「なんとっ!?」


 フルフェイスヘルメットの警告音が鳴り止まない中、青年は地面を転がるようになんとか着地した。


「痛つっ……。と、とにかく逃げましょう」

 耐圧服によって、それほどダメージはなかった青年が、立ち上がる。

 だが損傷したパワードスーツの左脚が想像以上に重く感じられ、思わず片膝をつく。


【『左脚部損傷拡大。これ以上の損傷は稼働パフォーマンスを妨げる可能性あり。パージを提案します』】


「っ……。仕方ありません。パージ了解します」


 青年のパワードスーツの左脚部のパーツが勢いよく切り離された。

 パーツを持ち帰るべきか一瞬悩むが、そんな余裕があるはずもなく。


「……うわぁ」


 無限に続く機械人形達の列から、先程蹴り飛ばした機械人形の他に、3体程新しい機械人形がこちらへ敵意を向けているのが見えた。


「うん。これは無理ですね」


 青年はパーツの回収を諦め、着た道を戻ることを決意し、のんびりとした先程とはうってかわって、全速力で大扉の横穴を走り抜ける。

 背後に熱光線レーザーの雨を感じながら。

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ハニカムプリンセス 番倉 未朽 @muikatuki

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