第4話 腕の中で、少年は悪夢を見る
そんなことが、確かにあった。だがそれは昔のことだ。
それから時が過ぎ、私は17歳で、ここはクリミアのカッファで、そして……。私の腕を枕として眠る少年を見た。淡くやわらかな金の髪を梳いてそっと口付けたが、目を覚ます気配もなくよく眠っている。何故私はこんなに幼い子とこのようなことになってしまったのだ……。
後悔とは少し違うものの、重い頭痛がする。幼い?いやそんなことはない。この子は16歳で、私はそれよりもずっと幼い頃から同性とこのように“親密な”夜を過ごしてきたではないか。だから問題は年齢ではなく……。
この、年よりも幼く見える美しい少年はまがりなりにも王族だ。私の主君であるバヤズィット2世の孫であり、厄介なことにクリミア公メングリ・ギレイの孫でもある。
二つの国の継承権を持つ王族など、この国では他にいない。そもそも、他の王族には外戚などいない。昔はともかく、後宮には貴族の娘や外国の王女などいない。王や王子の子を産むのは身寄りのない女奴隷だけだ。高官が私のような奴隷で占められているように。
この子の両親だけが、例外的な政略結婚で結ばれた。そのときは仕方がなかった。クリミア公国、東方風に言うならばクリム・ハン国はオスマン帝国の属国とは言いながらも、リトアニア大公国の要衝の街キエフを陥落させるほどの軍事力を持つ国だ。そして、リトアニア大公国とオスマン帝国の間で反覆を繰り返している。クリミア公の長女を妃という名の人質とすることで、ひとときの安寧を得た。
だが、時が経つにつれ、政略結婚によって生まれた子どもたちは、両国に取って邪魔な存在になってきた。何故この子がクリミア公の領地に囲まれたカッファの街で県知事などをしているのかと言えば、父方の、つまりオスマン帝国側の伯父のせいだ。クリミアに追いやり、そこで祖父であるクリミア公と手を結んで謀反を企てたという“事実”を捏造するためだ。しかし老獪なクリミア公はそのような事態になるくらいならば、孫を抹殺することすら厭わない。そして…。
「父上……何故……」
少年が私にしがみついて涙を流す。父の夢を見ているのか。それならば悪夢に違いない。
この子の父上、つまり王の第三子セリム王子もまた、この子の存在が自分を窮地に追い込むと考える。随分前から、クリミアとの縁を切りたいと思っていたらしい。自分の息子を殺すなどあり得ぬと、他国の者ならば思うかもしれない。しかし、セリム王子はそのような人で、この国はそのような国だ。
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