第3話 その首にかけられた荒縄

「いずれわかるだろう。そして、忘れてはならない。どんなに豊かになろうとも私たち奴隷は奪われたもの。奪われることによって、多くを得ることができるのだ。だから」

 大宰相は、怒りと悲しみと慈愛の混ざり合った目で言った。


「人から奪ってはならない。人を憐れみ、守り、与えねば。それが、自分の誇りを守るただ一つの道だ」

「自分の誇り……」

「自分で自分の誇りを奪ったら、一体何が残ろう。私の人生を奪ったオスマン帝国を守ること。それが、私にとっての誇りを守る道だ。“奪ったもの”、“奪うもの”を守り、自分の誇りを守ることが、奪ったものへの復讐なのかもしれない」


 では、私にとって、“奪ったもの”とは、“奪うもの”何なのだろう。私は“オスマン帝国”に捕らわれたとき、縄を切ってまで逃げようとはしなかった。それは、母の言葉のためではなく、実はまだ、奪われていなかったのではないか。私は帝国への復讐など考えてはいない。帝国の繁栄を素直に願う模範的なオスマン人だ。今もそうだ。今……今とは。大宰相が処刑されたその何年後かということか。


 時空が歪み、荒縄が見える。少年の手首にかけられていたデウシルメの荒縄だ。そしてまた私の意識はもやもやとした霧に包まれ、荒縄が見えた。大宰相となった少年は、手首ではなく首に荒縄をかけられていた。復讐など、しようとするからだ。何故逃げようとしたのか。帝国のために忠節を尽くし、その繁栄を自らの誇りとすればよかったのに。


 そこで目が覚めた。いや、今のは殆どが夢ではなく、実際にあったことだ。私は大宰相に菓子に呼ばれ、傷痕のことを聞き……この目で見たわけではないが、あの大宰相は絞殺されたと聞く。

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