第八章 白色彗星帝国に人類の理想郷を見る〜現代の貧困問題に対する新自由主義(左派)からの回答

21世紀の日米欧先進国での庶民の貧困の問題点と、その解決方法について

第91話・白色彗星帝国は『アメリカ合衆国の負の側面』を強調したような悪のリバタリアンの国家だった… ←資本主義個人主義やりすぎアカン(# ゚Д゚)!

奉祝。地球連邦軍+ガミラス帝国連合軍の諸君、帝星ガトランティス撃滅おめでとう…m(_ _)m

とはいえ、今日の段階では正直、戦局はみえていないのだが、まあ、きっと勝つでしょう。さすがにバルディオスのような結末になるとも思えないので…。てか、打ち切りでも地球、ちゃんと救えや(# ゚Д゚)!


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さて、テロン人という銀河最凶の野蛮人に無謀にもちょっかいを出し、結果、自分たちの居住空間である移動要塞ごと焼け野原になったガト公(←帝星ガトランティスおよび白色彗星帝国の略称。以下同義)は、そうは言っても想像を絶する空前の規模の機動艦隊を整備・運用し、アンドロメダ星域において多くの絶滅戦争に打ち勝ってきた強国だった。

これに勝ち残ったのだから、地球およびガミラス帝国は相当の強国だと言って良い。


通常、国家総力戦においては「GDPの劣る側が、勝る側に勝つことはない」という鉄則があり、そう考えると「テロン・ガミラス有志連合 > ガト」という事になるのだが、これも前章で語ったように国債発行と産業力強化によるテロン・ガミラス有志連合の国力増強策が実った結果と言ってよかった。

間に合って良かった。ギリギリセーフ ⊂(^ω^)⊃セフセフ


経済はインフレそのものであり、文明は助け合って成長すべきものだった。通貨の価値が下落し物価は上昇する。賃金上昇率よりも物価上昇率のほうが高ければ生活苦を感じるだろう。しかしそれでもインフレは必要なのだ。特に危機を乗り切るためにはデフレや停滞は許されない。国力増進には拡大再生産という名のインフレが必要であり、金融的に政府が発行する『国債』が必要だったのだ。そして対ガトランティス戦役は、国家間の協調と国力増進が国難を乗り切る力となった好事例といえた。


勿論、不用意にも、頭から地球目掛けて突っ込んでいったガト公の戦略・戦術上のミスなどの他の敗因が関係しているかもしれないし、単なる運の良さが地球側にあっただけかもしれない。ただし戦争戦略に関しては他の識者の見解を待つとして、より重要なことがあった。

ガト公討伐戦後に残された、ガトの膨大な残骸や遺品・旧統治領域からの資料や、最初に彼らと交戦したBBY-01ヤマトの初期調査等を丹念に調べてみると、かつて極めて高度な文明が存在していたことが判明した。

なによりそこには人類の目指すべき道かもしれないと言える『天啓』となりそうな事案が含まれていた。


彼らはある時期、『極めて高度な新自由主義的福祉国家』を実現していたらしい…ということだった。


そこでこれから暫くの間、この白色彗星帝国(帝星ガトランティス)の偉大な遺産について検証していこうと思う。

ただし彼らの資料は膨大で、かつ歴史が大変錯綜していて、現在の段階で正確な情報が全て出尽くしているわけでもない。そこで現在の段階で判っている記録・情報から、かつていかなる高度文明が存在していたのか? …を検証することにしたい。



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○前期白色彗星帝国文明人・ゼムリア人と後期白色彗星帝国文明人・ガトランティス人について


ガトランティスは謎多き超大国だった。時に数百万隻もの圧倒的大兵力を展開させる莫大な国力を持つ一方、クラウス・キーマン(c.v.神谷浩二)には「大した独自技術を持っていなさそう」だの、「壊すことはできても直すことや生み出すことはできない連中」(真田志郎談)みたいなボロクソに言われるノータリンの集団でもあった。


特に、一技術者の真田君に比べ、デスラー宗家の血筋を引いていそうな…いずれはガミラス帝国の新リーダーにでもなりそうなくらいに重要なキーパーソンの一人でもあるクラウスのような、『帝国の中枢の情報を得ていてなんら不思議ではない』大人物からも同様の言質がある事から、多分、本当にダメな連中なのだろう。ガトは・・・(´・_・`)。

実際、戦闘運用に関しても「数に頼って大雑把&結構ザツ」という評価もあり、テロンに敗北したこともあって必ずしもかんばしいものではない。


まるで都市帝国という名の超時空要塞に乗っかってアンドロメダから地球くんだりまでノコノコやってきたマイクロンサイズのゼントラーディ軍のようなボンクラでもあるが、しかしそれでも「何故アレほどの強大な軍事力を維持し得たのか?」に関しては謎が多かった。

これに関してはBBY-01ヤマトが惑星ゼムリアを発見し、そこでの基礎調査の結果とその後のガト公の遺物の研究から、彼らゼントラ…否、「ガトランティス人は元々、ゼムリア人という先進文明人がいて、彼らによって作られた人造人間であるらしいこと。そしてゼムリア人との民族闘争の結果、勝ち残った種族であるらしいということ。そしてなにより先人ゼムリア人が大変優秀だったらしい」ことが判ってきた。


この古代ゼムリア文明には刮目かつもくすべき点があった。

人類と同じく新自由主義的な資本主義経済体制を採用していたことだった。それでいて、新自由主義的な国家にありがちな『優勝劣敗』『貧富の格差』といった社会の不満や不平等を極力解消しようと努力した痕跡が見られたことだった。

資本主義文明に必然的に発生する『貧困問題』撲滅のために奮闘していた高度福祉文明国家が、1000年前にあったということだった。


そこでこのゼムリア人文明・『(前期)白色彗星帝国』文明の真髄に、主に経済的な側面に絞って論を進めようと思う。


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白色彗星帝国の経営主体であるゼムリア人は、当初は極めて自由主義的な星間国家だった。緩やかな大統領制を採用し、個人の自由を最大限に尊重する事を旨とした民主政体を採用していた(しかしそれでもゼムリア人の文明もまた慣習として白色彗星『帝国』と呼称したままにしておく)。


それはまるで20世紀頃までのアメリカ合衆国のような政治体制だった。特に重要なことは「民主国家であった」ということで、これは国内外・他惑星文明に対して、必ずしも侵略や植民地化を強要するような凶暴な帝国主義的国家ではなかったということ、もしくは『個人の自由活動を尊重する進歩主義的な国家』であった事を暗示していた。要するに『民主国家は善』という、我々テロン人にとっては受け入れやすい文明だったと言ってもいい。もしガト公ではなくゼムリア人であったなら、テロン人との交易はほぼ何の問題もなく良好な関係が構築できただろう。


しかし優れた民主政体にも問題はあった。

彼らは進歩的・個人主義的な社会を構築していた。それは国家主義ファシズム共産主義コミュニズムのような全体主義を否定する『自由な個人の集合体』であるべき姿を追求し続けた国家でもあった。そのため個人の自由な活動による富の生産・増強を善とする一方、国家の役割を極力限定した『小さな政府』を目指した。つまり自由放任主義的な古典的自由主義・『リバタリアニズム』国家でもあったのだ。


税金はほぼゼロ。何故ならば、税金こそが個人活動を国家が抑圧する『悪のシンボル』でもあり、また実際に重税に苦しめられてきた歴史もあったからだ。この辺はテロン人と何ら変わらない。よって政府の規模は意図的に小さいものになった。政府財源が乏しいからである。

政府に求められた役割は最低限の立法と行政、そして個人・企業間での紛争解決のための司法制度。あと国家には適切なエネルギー管理と、強力で機能的な中央銀行制度が求められた程度の、大変自由闊達な高度先進技術国家であった。個人の活動を制約することを極力嫌い、平時の徴兵制はおろか戦時にあっても国防軍の構築を嫌がるほどの国民性は、結果として、人的兵力を確保するために「戦うためだけの人造人間」・ガトランティス人を作り出すほど徹底していた。


彼らは思った。政府は所詮、必要悪でしかなく、なにより存在そのものが『悪』だった。自分と家族の現在と未来を拘束し、兵役や税金という形で個人を搾り取る収奪マシンに過ぎず、なければそれが一番良いほどだった。そうは言っても政府がなければ困ることもある。たとえば治安だ。しかし、治安の悪化は困るものの、警察力の強化は政府の独裁を支える悪行であり、最低限に留めるべきであったから『夜警国家』になったのも当然であった。


政府の干渉が少なく、個人の自由を皆が尊重し合えば自然と合意形成が出来ると信じていた彼らは、たしかに当初はそのように機能していた。余計な規則や官僚機構がなかったために、彼らの社会は個人の才能と努力をすぐにフィードバックし、個人の意匠が集まって高度な技術文明を構築するに至った。誰かの発明が他の誰かの投資を生み、それが更なる拡大再生産を続けて一つの産業へと進化発展していったからだ。この時代、新しい技術・文化が次々と花開いた。


これだけ聞けば、「なんと極楽」と思えるだろう。しかしリバタリアンの集合体である白色彗星帝国はいわば『アメリカ合衆国の負の側面』を強調した国家でもあった。最大の問題は、貧富の格差が大きかったということだった。


そもそも個人の努力と才能を極力たっとぶ社会であったため、個人・企業間での優勝劣敗は当たり前で、敗者が貧者に転げ落ちるのもしょうがないこととされていた。金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏にという格差の大きな社会だったのである。


これを是正するための財源が白色彗星帝国にはなかった。

そもそも個人が税金を払いたがらないのだから、社会基盤の整備費用を捻出する程度の事ぐらいしか出来なかった。たしかに政府も基礎財源を確保するために各種独立法人を設立していた。関税の管理や最低限の公共サービスからの収入の他に、惑星開発公社や新規可住惑星への開発投資および不動産販売のような公共事業、民間金融機関や企業への投資などハード・ソフト両面での資金投入とリターンを目論んでの事だった。また貨幣鋳造による出目の収益などもあった。

しかし巨大な国家規模に比べて収入は少なく、財源は限られていた。結果として、政府運営資金の他には産業インフラに公共投資が優先され、格差是正のための福祉政策は未発達のままだった。


なにより社会福祉でさえ『政府による個人生活への過干渉』と考えられていた。自分の身体は自分がよく知っているべき…ならば自分で自分の心身のケアをすべきなのは当然と考えていたし、心身の頑健な者が、弱い他人をなぜ助けなければならないのか?という当然の疑問もあった。全ては自助努力が先。政府に頼らないのだから、政府に頼るべきでもないという政治的な自由主義思想があったことも事実だ。金銭面だけでなく、受益者の側からの反対もあって、政府による福祉政策はことごとく頓挫した。


これを穴埋したのが民間の保険金融業であったが、これには問題があった。

そもそもカネを持っていなければ保険に加入することもできなかったし、一度でも使えば次回からの保険金は爆増する。個人の負担ばかりが大きくなっていった。事実、虫歯一本抜くのに月給の半分相当も持って行かれたり、雪山で遭難し九死に一生を得たものの、民間保険に入っていなかったために医療費と救急搬送代で給料15年分もの額を請求されて自殺した・・・などの、全く笑えない状態が続いていたのだ。

その一方で、もともとカネを持っていた者や金持ちの家に生まれた子、時宜じぎを得て成功した者などが一方的に金持ちになり、社会のエリート層・エスタブリッシュメントを構築していった。


富を持つ者たちは、富を生み出すシステムの中核にいた。

彼らは富の拡大再生産の好循環システムを作り出す側でもあったから、壊れたスロットマシンの出口に顔をつけるかのように、彼らにのみ富が集約していった。なによりスロットマシンを作るのが彼らエスタブリッシュメントであり、中身からくりをよく知っていた。よって富は彼らが思いのままに生み出せたし、チョンボしたりぶっ壊したりするのも彼らの思いのままだった。逆に貧者はただ、このシステムの歯車に成り下がり、押しつぶされて心身と生活を摩滅させていくだけだった。


さらに深刻だったのは中間所得層が没落し、国民の経済格差が富貴と貧者の2極化してしまい、中間層が没落するいわゆる『砂時計の経済』と呼ばれる深刻な自体に陥ってしまったことだった。社会の中核を支える層が消えてしまったのだ。


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どうしてこうなったのだろうか? そしてどうやってこの相克そうこくを乗り越えていったのだろうか?

次回から、白色彗星帝国の自由経済の問題点と解決法について考察していこうと思う。それはリバタリズムから新自由主義的高度福祉国家への進化・脱皮の歴史でもあった。

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