§6-8・対GDP200%の国家債務を背負ったガミラス帝国の起死回生の一手とは?(その7) 〜クラウス「ヤマッテんとこの調所広郷よりは、なんぼかマシやろ?」(c.v.神谷浩史)

 2202年、虚空の宇宙空間において、BBY-01ヤマトに対しククルカン級襲撃型駆逐艦四隻を突如、ワープアウトさせて火だるまにしたことで一躍、世に知られることになった『デスラー戦法』。星間帝国一つ・星一つを海底火山に火を付けてテリヤキ(←Teriyaki・日本発の有名な和食)にした情け容赦のない悪の無敵戦艦でさえ、僅か四隻の軽駆逐艦で戦闘不能に陥れるほどの圧倒的な戦術的優位性を保証するこの戦術は、前回述べたように、もともとは経済政策用語として定着していたものだった。


 敵前において急激に戦力が膨張インフレーションする様が、一瞬の債務抹消とその後の通貨膨張・経済拡張インフレーションに似ていたことから付いた名前だった。そして名前の由来は、時の政府を率いていた主班のエーリク・ヴァム・デスラー公にちなんでいる。公は果敢にして壮烈な決意と決断力を兼ね備え、目的遂行のために果断なき実行力と強い意思を兼ね備えた有能な勇者であり、そのためガミラスに大変革をもたらした傑出した為政者であった。政治家は生来、こうあるべきだ。


 この有為な資質は後代にも脈々と受け継がれたようで、(恐らくデスラー朝最期の当主)アベルト・デスラーにしてもそうだった。鋼鉄の信念と不退転の決意の持ち主。でもちょっと意固地いこじでワガママ。少し思い込みが激しいところがあるかもしれない。BBY-01ヤマトがドコにいても必ず見つけ出すストーカーまがいの高い索敵能力と、あらゆる手段の行使に逡巡ためらいを持たない戦略思考の柔軟さ、なにより絶対に諦めないという執念深さは、不可能を可能にする偉大な資質だ。他者の意見より自らの信念と判断に基づいて行動する、プロセス無視の孤高の英雄だ。だから・・・


「っていうかさー、駆逐艦ってフネなんだから自分一人でワープくらい出来るんだよねー?」

「艦載機じゃないんだから、わざわざ瞬間物質移送器使う必要なんて、全然なかったよネー(^m^)」


・・・という過去半世紀に渡る我々の長年の疑問は、人類の心の中のアルバムにソッとしまっておくのが良いだろう。足元が突如として抜け落ちて、サメのエサになりたくなかったら、だ・・・


  ※     ※     ※


 追随を許さぬ英雄を数多あまた輩出してきたデスラー家一族の宗家筋にあたるエーリクは、GDP比200%もの『国債』という債務を抱えて窒息死しそうだったガミラスの立て直しに掛かった。それは帝国中銀が抱えていた莫大な国債を証券化し、後の成長インフレで圧殺するという大胆なものだった。当時の彼らの手元にあった条件とツールを十分に検証し、しっかりした計算のもとに強力な政府と強力な中央銀行が結託し、このような極めて強力な債務圧縮方法を採用したガミラス帝国は、この後、どうなったか? 歴史のとおりである。彼らはこの債務戦争の勝利者となった。


 今回の一連の作業は、徹底した事前シミュレーションと十分な準備、情報の周知徹底をし、国家規模で秩序建てて行ったが、それでも一時期、大混乱したのは事実だ。

 当然かもしれないが国債が売られ、金利は上昇した。「回り回った国債が、事実上の政府(機関である中央銀行)に戻っただけ」のはずだったが、市場は国債消滅と帝国の将来性に対する不安感を抱いたのだ。特に一世紀前までは不安定な政府が続いていたから、長期安定政権であったデスラー家政府に対してさえも、帝国臣民は将来不安を感じていたのが現実であった。


 結局、通貨や国債は、市民の心理を反映する非合理的な存在なのだ。特に管理通貨制度のような『国家への信頼』によって価値が生み出される環境にあっては

特に、だった・・・。


 これに伴い、特に外国人投資家が組織的に空売りを始めたために通貨安になったし、そもそも市中銀行に必要な量の『国債』がなかったこともあり、資金供給力不足などを背景にした生産停滞が発生した。成長を伴わない通貨の価値だけが下落していく悪いインフレが進み始めた。

 これらは相前後して繰り返されたが、それでも「中銀が持っていた国債という資産を消滅させるのに、その分の紙幣を中銀が刷りまくって穴埋した」・・・よりは遥かによい結果になることは判っていた。そんなことしたら最悪、1兆倍ものハイパーインフレが起きるだろう。そんな方法よりはマシだし、政府臨時予算と増税、そして金融政策の変更・・・これにはマイナス金利の即中止と政策金利の上昇というインフレ対策を通じた正常化で応じた。これで、酷いインフレはほどなくして終熄した。理由は三つあった。


 一つは『やっぱり債務が激減した』ということだった。莫大な量の利払い負担・償還負担が半分に減ったということだった。もともとこれが国家不安の元凶だったのだから、強引な手ではあったが取り除けたことは良いことだった。特に債務消滅の混乱に伴う急激なインフレへの対策のために政策金利を上昇させたが、この時にも残りの国債の利払い負担に耐えることが出来た。

 一連の処理は国家破産に比べれば債務処理のコストが遥かに低く、国力の減衰を最小限で抑え込めた。これを見て市場は速やかに安心感を取り戻した。ガミラスの将来に対する不安を除去するというエーリク公の強い指導力への信頼が、市場の混乱を終熄させたのだ。なにより帝国臣民に『国の借金無くなった(←実際は間違い。国債は国民の財産)』という心理的プレッシャーからの解放は、目に見えない良い効果だった。


 二つ目は、手続きの正当性だった。政府は自国民に対して増税を依頼し、承諾の上、債務を抹消したことになっていた。これは責任ある政府の態度として内外で高く評価された。また自国の責任と犠牲で債務抹消したために、デスラー政府への信任が高まった。特に外国人資産や民間資産の接収などの措置を採らなかったことが好感された。人々に対する心理的なフォローとも言えた。


 三つ目はやはり『国力が強い』ことだった。増税などに耐える国家の体力が『現在』の段階で十分に残っている余力の大きさと、債務を減らせば産業力がすぐに回復させられるだけの『将来性』があった。これが大きい。国力を失ってからでは遅すぎるのである。


 ただし、それでもこれらでさえ『些細な』ことだった。なにより重要なことは「経済成長のために負債を抹消した」という方向性を示したことだった。彼らの債務削減は、国家が債務から逃れるためではない。再び債務を増やしてでも、もう一回大きく経済成長する・・・そのための債務削減であった。実際、彼らのプランではどこかで爆発的な経済成長をやってのけねば計算が経たないほどだった。そして『成長』は投資と富の増大のチャンスだ。金銀銅やダイヤモンドを超える、最も価値ある財産だ。


 そのため悪性のインフレ抑圧を確認した後、政策金利を引き下げるのに合わせて、政府もまた再び国債の増発に及んだ。国債不足で悩んでいた市中銀行がこれに応じ、あとは公開市場操作の手順で再び国富が増大していった。これが短期的な政策だとすれば、中長期的には公私に渡る減税と、金融・投資に関する規制緩和によって投資金融力の強化を元にした産業振興が図られ、また再び護送船団方式のような官民挙げての産業振興策も採られた。


 債務機構による継続的なETF介入などによる市場の下支えは、のちに帝国中銀によっても行われ、これらが株式・債権・先物・投信の各市場の活況を呼び戻した。債務を金融関係から引き抜けば、底力のある国家は急激に国力を回復する・・・この真実を国家規模で行ったことになる。


 債務消滅と、経済成長のための更なる国債増発(←理屈から言えば、倍まで増発できるはず)を確認した市場は、政府の真意と実行力を確認し、再び今までどおりの経済成長へと邁進した。今度は成長インフレとの戦いに見舞われ、貧富の格差が広がったが、これには二つの予期せぬ効果をもたらした。


 一つ目は、かなり不完全ではあったものの社会保障制度の進展がみられたことだった。これはアベルトの時代に、貴族政体の解消とガミラス人の平等という形で結実する。『総統改革』と呼ばれた大改革だ。なにしろ国民の犠牲の元に債務削減をし、いままたインフレになったのだから、何か手を打たないと大暴動や反乱が生じかねなかった。

 そして二つ目が、その反乱だった。最期までデスラー家に反抗していた反体制派をこの社会混乱に乗じて蜂起させ、逆に討伐・撃滅した。そもそも国力が急回復していたのだ。内戦遂行の資金的な余裕は政府の方にあり、反体制貴族はアッサリ敗北し、戦わずして恭順するものも続出した。のちにアベルト誅殺を試みて失敗するヘルム家もこの時、急遽翻意し、本領安堵されて帰順した一家だった。


  ※     ※     ※


 これによりガミラス大公国は大統一し、この一連の債務削減による次世代への飛躍と祖国の統一事業を実現したエーリヒはガミラス大公国最高の尊称『大公』の称号を得た唯一の人物となった。賭けに勝ったのである。しかもこの勝利は、デスラー家に思わぬプレゼントももたらした。「債務完済まで少なくとも100年くらいは必要。なら、その間は実施主体であった政府を率いたデスラー家が統治するのが正当」というデスラー家支配(当時はデスラー朝と呼ばれた)が信任・確立したことだった。


 歴史論争でよく「なぜアベルト専制を許したのか?」と問われるが、「デスラー家には、まだ帝国債務完済の責任が残っているから最期まで彼ら一門に任せるべき」が大きな理由の一つであり、対外拡張に関しては積極的な経済成長政策の実施にあたって「帝国の利権確保と、開発・投資に関わる帝国臣民の経済権益保護のため」という当然の義務を果たしただけ・・・という見解が一般的となっていたからである。


 ゆえに問題も生じた。ガミラスは経済成長しなければならない国家になってしまったことだった。もとより衰退する事を望むバカは政治家になるべきではないが、隠れ債務に追いたてられているという意識が強くなりすぎた可能性はあった。経済成長のためには手段を選ばず、これが後に積極的な対外戦争へと向かう原因の一つになった。特にアベルトの時代に至り、極めて専制的かつ攻撃的な帝国への再編という事態を招くに至る。国内外の変革さえもたらしたのだ。


 実のところ、ガミラスの対外戦争は驚くほどカネ絡みのことが多い。なるほど確かに近年は『イスカンダル主義』だの『デスラー・ドクトリン』だのというイデオロギー闘争色の強い戦闘もしばしば見られたが、これはむしろアベルト個人のキャラクターの投影に過ぎない。本来、ガミラスはただの帝国主義的国家に過ぎない。対外積極外交は、彼らデスラー家の野心よりも(←実際には賄賂を含め、私腹を肥やしていた可能性は高いが)、帝国の民間人の経済活動の拡大に伴う対外権益の保護の側面が強かったのである。もし臣民を見捨てることがあれば政権への打撃と不信感に直結するという独裁国家特有の弱みも、当然あった。


 またデスラーは単なる侵略者として描かれることが多いが、こうした帝国経済主体(←主に民間)の尻拭いをしてることも多かったのである。

 なにより、全ての原因をアベルトに帰するワケには行かない。ガミラスの攻撃的な傾向はすでにエーリクやその甥であるマティウス(←アベルトの兄)の治世段階ですでに表出していたことであり、国内外で矛盾や経済格差、政治闘争から頻繁に武力行使を行わざるを得なくなったことと相まって、この経済改革を期にガミラスの侵略的自国優先主義が外交の規定方針となったと考えるべきだった。


 大マゼラン星雲内の貴金属や希少物質の資源採掘に際し、帝国の民間企業体が相手国に政治的・軍事的に脅かされたことが契機で戦争まで発展し、結果として敵国政府の完全消滅と保護国化(という併合)に至った事例や、他の異星文明圏への資金投資や現地企業の資産が革命政権樹立や接収された事をきっかけに、軍事行動→全面侵略&征服という展開になることが多くなったのである。当然、膨大な天然資源や経済圏を持っていた他国と国際関係が悪化し、戦争により征服する事もあったが、基本、全てはガミラスの国力増進のための異文明経済圏の取り込み・・・という単純な図式だった。


 しかも資源確保や市場確保といった古典的な植民地主義的侵略の他に、経済外交においても頻繁に武力行使に訴えるようになっていったのが、この時代からだった。たとえば『変動相場制』は相手国側もこれを受け入れる必要がある。つまり『ガミラス帝国経済圏』に参加するか否か? の問題になってくる。他国政府がこれを強要されれば、圧倒的な国力を持つガミラスが絶対的に優位となるのは避けられず、劣位にある異星文明は政治的経済的に苦しい立場に置かれてしまう。さらにガミラスは自国民と自国権益の保護のため、相手国に対して関税自主権の喪失や治外法権の是認・通貨同盟や為替条項などの一方的な内容を含む条約の締結を強要することも多かった。弱小国としてはなかなか飲みづらい条件のオンパレードだった。


 だがこれらを拒否すれば、ガミラス相手に密貿易をするか国交断絶かのいずれかに帰着することになり、これがまたガミラスの『砲艦外交』を招く危険性があった。この場合、圧倒的な戦力を保有するガミラスにとっては全面戦争の必要性さえなかった。一地域における戦いの敗北から一つの国家が不平等条約を結ばされたり、植民地になりさがることは18-20世紀の人類の歴史と全く同じだ。

 こうした、本来なら外交交渉で解決すべき事案に関しても、自国経済第一主義・国益保護のため、より武力に訴える事も多くなったのである。当時から優勢な軍事力を整備していたこともあり、戦争という手段を比較的安易に選択するようになった結果、急激に他異星文明圏を植民地or委任統治領化するようになっていった。勝ちまくったからである。


 しかし版図と経済圏を急拡大し、ガミラス民族優位の帝国を経営していったことが逆に帝国の疲弊を招いてしまったのは事実だった。哀れな例が対テロン戦で、『昨日まではワープも出来ない野蛮人』にアッサリと帝都バレラスを襲われるというブザマな結果を招くが、これも国力の限界以上に国境線を広げたことが原因だった。最前線と植民地に兵を配置したら、もう予備兵力は殆ど残っていないというような状態になってしまったからである。

 この時期、ガミラスは確認出来ているだけでも対銀河侵略方面作戦区(←対テロン攻略戦線)以外にルビー・サファイヤ・ダイヤ・オメガ・パーシバル・ガルク戦区などの七個戦線を抱えており、数万隻の艦艇を保有していたとしても、明らかに手を広げすぎていた。阿呆である。


 この現象は植民地経営の末期ではよく見られる現象で、たとえばローマ帝国のように最前線と首都ローマの間に十分な充実した戦力を置けないほど国力が疲弊していたことによく似ている。こういう国家はローマのように解体して消滅するか、大英帝国のように植民地を切り離して縮小の道を選ぶかのどちらかしかない。そしてアベルトが帝国から逐電ちくでんするという結果で、一旦、この動きは落ち着くのだ・・・。


 デスラー家によるガミラス統治に関して政治的な善悪はここでは判断はしないが、そもそも『経済成長のため』だった政策が、逆の結果を招いたことは、なんとも奇妙な展開としかいいようがない。地球の暦で2202年のガミラスは、まさに斜陽する帝国と言えた。『勝利者気取りの』地球人と対等の関係を基本とした相互平和条約を結ぶという、苦渋の決断の遠因になったと言っていい・・・


  ※     ※     ※


 ガミラスのこの一連の経済改革から地球との和平条約締結までの流れを知ったのは、2201年に地球で編成された、先進的なガミラス文明の取得を目的とした遣ガミラス教育使節団からの報告があった後だ。科学技術全般から社会風俗宗教哲学に至るまで、ガミラスの進んだ技術を取り入れるために地球から多くの学識経験者が送り込まれたが、その中で経済担当のメンバーがこの流れを把握した。特に国家債務を引き抜くための、中央銀行保有分の大量の国債の証券化というテクを知って驚愕した。この手法は対ガミラス戦役で経済的に疲弊していた地球復興の役に立つのでは? ・・・とされたからである。しかし「債務をこの形でぶっこ抜くというのは詐欺なのでは?」・・・という意見に対しては、


クラウス「ヤマッテんとこの調所広郷ずしょひろさとよりは、なんぼかマシやろ?」(c.v.神谷浩史) 


・・・となで斬りにされてしまった。調所広郷は幕末期の薩摩の人物で、明治維新において薩摩藩が雄藩となる強引な債務整理を行った人物だった。債権者や領民を苦しめた一方で、日本の近代化に貢献した人物として評価が別れている。おまけに、


クラウス「民間人相手に徳政令とか借金踏み倒しなんて、ねーからな」(c.v.神谷浩史)


・・・と、クギまで刺された。

 国家の債務整理に無傷はない。しかし負担を軽減する方法はいくらでもある。特に豊かな国家・金融ツールの豊富な国ではなおさらだ。あとは鋼鉄の信念と不退転の決意、あらゆる手段の行使に逡巡ためらいを持たない戦略思考の柔軟さ+ちょっと意固地いこじでワガママで、少し思い込みが激しいくらいの両極端の性格を併せ持つ卓越した政治指導者と政府が不退転の決意で実行すればよいだけのことなのだ。


 国家債務の整理方法は複数ある。だから、債務を抱えた国家は絶望する前に、状況に応じてやれることをやればよく、そのときには成長戦略を思い描き、民間活力の復興に力点をおけばマクロ的には回復させることは、決して難しくはないのだ。これは困窮する地球各国にとっても一助となるはずなのだ・・・

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