§5-4-3・2060年から2080年の終わりまでの日本の歩み(前編) 〜宇宙への逃避行が、人類に自律的な経済成長インフレをもたらした

○2060年から2080年の終わりまでの人類の歩み 〜本格的な有人植民と対立の時代の幕開け


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 21世紀も後半になると人類総体としての技術と資本の蓄積もあって、太陽系領域への本格的な有人植民が開始されるようになった。


 主に月面と火星への移民・開拓であったが、これは軌道力学上のエネルギーコストがより安く済むこと・産業に必要とされた資源が安定して大量に埋蔵していると推定されていたこと・なにより当時まだ人工重力を作り出す技術が無かったからで、特に無重力環境が数十世代も続くと、もはや『別の種族』に環境適応進化してしまう事を恐れての判断だった。


 差別と民族浄化の歴史だらけの人類史を知っている以上、人種戦争はどうしても避けたい問題だった。同時に無重力空間における生体への影響に関するデータがほとんど無かったことも大きい。これは今後一世紀以上をかけて、実際に宇宙移民した人達の生態調査から判るようになる。太陽系内惑星領域は、まさにヒトという種族の生物的進化の実証実験場といえた。


 さらに言えば、地球の環境をそのまま再現するための人工重力の技術は2199年のイスカンダルの次元波動超弦跳躍機関によって初めて可能となる技術だった。

 この頃は、遥かに原始的ではあったが、遠心力を利用した疑似重力コロニーもようやく作られ始めた程度だった。しかもコリオリ効果の悪影響もあって、後に廃れていく技術だった。そのため、有重力天体での有人環境の構築が進められた。

 当然、この時代の人類には2200年以降のような大規模テラフォーミングの技術は無かったために月や火星への移住はベース基地を地表に作り、主に地下空間へと広がっていった・・・。


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 この時代は人類技術の飛躍の時期にあたり、技術的には未熟な部分も多い。しかし、こうした初期宇宙移民に必要な宇宙移住・環境保全技術は皮肉にも、地球環境破壊がもたらした技術でもあった。

 22世紀になるともはや地球環境の劣化は覆いがたく、晴れれば砂漠化・降れば洪水、夏は酷暑で冬は極寒、しかも温暖化の影響で幾つかの大都市・・・たとえば上海などのかなりの部分が水没していたり、ヨーロッパや北米大西洋沿岸ではメキシコ海流の流れの変化で小氷河期のような状況となるなどの環境の激変に苦しんだ。オーストラリアやアフリカ・中東などでは生存不可とされる地域が激増し、移民や難民が大量発生するなどの、社会的にも非常に厳しい状態が続くようになった。


 これらの場所でもなんとかして生活しようとする努力の結果、ドームシティや海底都市、地下空間の積極活用などの技術が確立し、それが宇宙開発にスピンオフされるようになったのも事実だったのだ。


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 宇宙開拓への歩みが始まった人類には、次々と新たな技術が必要とされた。この技術革新競争に負けることは国家の敗北であり、企業の消滅を意味したから、公私を問わず血眼になって宇宙・地球関連技術の開発と適応に邁進した。

 地球と宇宙を結ぶ技術の確立が、まさにそうだ。


 この時期、人類を、地球という『重力の底』から低コストで人々を汲み出す軌道エレベーターが建設できるようになったことは、技術史だけでなく人類史から考えても大きな意義があった。人類の宇宙移民を経済的にペイ出来るようにする技術が軌道に乗ったことで、アメリカのベクテルや日本の大林組のような企業だけでなく、世界各国の建設株が軒並み上昇した。


 一つの事業が成功すれば、他の関連銘柄も進展する。

 宇宙ロケット技術が好例だった。化学燃料推進ロケットから、より比推力の大きいイオンロケット技術の確立がそうだ。また月資源であるヘリウム3が潤沢に採掘できるようになったこともあり、核融合技術が一気に花開く。これは次世紀において人類を推進する原動力にもなった(←その後、2190年代に次元波動超弦跳躍機関に取って代わられるまで)。


 これら旧来の土木建築業種の急激な技術進展と活性化は、当時、最新のテクノロジー産業であったIT産業分野のサポートを必要としたために、この分野でも飛躍的な成長があった。このIT技術・電子技術の進歩が量子力学分野の劇的な進展の呼び水にもなった。

 たとえば量子コンピューターの商用化(←ただし本当に完成するのは2190年代にイスカンダルからもたらされた次元波動超弦跳躍機関の研究過程を経てのこと。実装はBBY-01ヤマトが初めてで、商用オフ・ザ・シェルフの一例)や、『量子的もつれ(エンタングルメント)』を利用した超光速通信という、情報エントロピー力学上の不可能を可能とする技術の萌芽を見たのも、この時代の基礎研究のおかけであった。


 超光速通信技術が確立されていくにつれ、情報産業は爆発的な進歩を遂げた。全世界的な情報ネットワーク化が地球近傍領域にまで拡大し、半導体や集積回路などの物理的な生産技術は勿論のこと、クラウドサービスや情報管理・セキュリティなどのソフトウェアにおける目覚ましい進化があった。


 こうした学術分野での進展はさらに、無重力・低重力環境へと居住環境を広げていった人類および使役動物・ペットや育種植物などの生態的・進化論的研究の進展を促した。

 バイオテクノロジーだけでなく生体科学全般の長足の進歩はもちろんのこと、身体障害者を視野にいれた人類のサイバネティックス領域での着実な進歩もあった。事故などで手足を無くした場合でも、生体と変わらない人工義肢が開発できるようになっていく。しかも社会保険の適応範囲内に収まるほど安価で一般的になっていった。

 学術領域での研究分野は、こうして医療や介護だけでなく生命保険や金融業務にも恩恵をもたらし、さらなる研究開発の促進に貢献した。

 

 この時代は、人類活動の全分野における技術の蓄積期に当たる。

 宇宙開発技術が、悪化する地球環境の保全や人類の生存環境の構築に活用され、その成功が逆に宇宙移民開拓技術の確立を呼び込んだ。この好循環のサイクルにより、経済活動だけでなく生物科学量子力学といった基礎研究の発展と、その応用である工学技術への昇華しょうか、なによりそれら全産業の育成を支える金融業の爆発的な進捗しんちょくを可能とした。この時代は、人類が宇宙文明へと飛躍するスプリングボートとなる時代でもあったのだ。


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 世界景気は活況を取り戻していった。資本と技術は常に必要とされ、しかも需要は大規模であった。世界各国、そしてそれ以上に民間企業は激烈な生存競争の時代を迎えたのだ。それまでの各国の一国中心主義の枠内では解決できないほどの技術への需要、資金の需要があった。

 このため各国は、表面上は対立を避ける方向にシフトしていった。『一時休戦』と言ったほうがよいかもしれないが・・・。


 それまで個々バラバラに領有権を主張していた月面や火星の領域は、国連や各国での協調により開拓が進み、各国の領土分配に関してもかなり厳格な許諾の上で経済力・政治力相応に、しかしできるだけ平等に領土と資源配分が差配さはいされるようになった。特に月や火星などの有重力天体に関しては、各国で領土面積の制限に関する条約が作られ、相互不信と監視のもとで『強い国家の取り放題』が厳しく制限されることになる。


 と、同時に月や火星などの『簡単に行くことの出来る、しかし重要な』天体の領土問題に関しては、どの国にも属さない『国連委任統治領』制度も導入され、各国間の領土紛争の抑止が図られた。これは人類史においても画期的なことだった。

 国連が直接統治することで国家間の紛争を回避し、多様なバックボーンを持つ人たちが自由に平等に経済活動をスタートさせるという文化多元主義的な時代思想に裏打ちされたものだ。


 もともと『地球紛争の発火点』と呼ばれたエルサレムの帰属問題を解決するために考案されたものとされているが、まずはより穏当な宇宙開発事業で試験的に導入され、一定以上の成果を収めることとなった。


 月や火星のコロニーは、各国独自の領域が存在する一方で、国連が直接統治して、ここに地球からの資本と人間を誘致する新領域が次々に建設された。

 特に地上の環境破壊や内戦等で難民になるものは多く、彼等を受け入れる場所として月や火星が選ばれた。無論、当初は数百人程度のものであったが、21世紀末には宇宙に百万人もの人間が移民するようになった。

 それは難民受け入れ問題で国内が大混乱していた先進諸国が、むしろ積極的に推進するほどだった。大きな声では言えないが、移民や貧乏人は所詮、何世代経っても『出ていってくれればありがたい』人達だったのである。


 宇宙移民した人達が資源開発に従事し、産業と市場が生まれ、それらを支える金融資本も整備されていった。政府統治は国連が行うものの、基本的には自治議会・司法が整備された。元となる産業技術や金融資本は世界の有力な企業が請け負った。税収入は国連へ納付し、それが国連の運営資本にもなった。

 そして国連が独自の資本力を蓄えると、国連は各国のエゴを排除できる程の強い力を蓄えて行った。これが後の地球連邦政府へと繋がる、宇宙時代での国連の新たな役割の雛形となった。


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 しかし、小惑星などの太陽系内の他天体に関しては事情が異なり、かなりの国が単独もしくは多国籍有志連合を組んで、太陽系のいたる処に勝手に自分の国の旗を立て始めた。表では融和を、裏ではエゴ丸出しの略奪を・・・というのは、いつの時代でも変わらない国家の行動様式であり、特に驚くにも値しない。『新植民地主義』と呼べる時代だった。


 特に小天体は監視の目が行き届かないということもあったし、小さい事から付随する専有領域(=領空)も小さく、大抵は国際宙域(=公海)的にも問題は生じなかった反面、安い資源を『石ころを拾う』かのように簡単に手に入れることが出来、また大抵は超低重力環境だったため大加速力宇宙船も必要なかった。つまり全てが安上がりだった。それでいて将来の自国領土となるはずだし、結局は『早いもの勝ち』『ゴネ得』に近い状況もあったわけで、これは即座に領有権の主張・資源独占権の主張に直接結びついたから、国際関係は緊張した。当然、領土領域問題が頻発するようになった。


 特に厄介だったのは、軍事同盟や経済関係の深い複数の国同士が『有志連合』を組んで『不法占拠』を繰り返す事態であり、『数は力』の言葉どおり、同盟の外に対しては強行な主張を繰り返し、同盟内では出資に合わせた分配・配分とその後の大企業と癒着した利益配分が速やかに決定できたから、やがていくつもの『同盟』同士が合従連衡がっしょうれんこうを繰り広げながら、激しく対立していくことになる。それはまるで21世紀前半のテロ戦争に揺れた時代の中東の勢力図のような有り様だった。


 無論、できるだけ話合いで解決する方向で進んだが、時に限定的な紛争も発生するようになり、宇宙での軍拡が本格的に進むようになった。

 レーザーや、ローレンツ力を悪用したコイルガン等の2010年代の戦争技術がコスト的に安定するようになったのはこの時代からで、高圧増幅光線砲レーザー電磁誘導投擲器コイルガン・長距離ミサイルで武装した、複合繊維とセラミックで作られた超軽量イオン推進型宇宙戦闘艦が作られ始めた。


 この宇宙戦闘艦に関する技術は、2030年代からの積極的な技術・IT投資がこの頃ようやく実を結び始めた結果だが、比推力可変型プラズマ推進機がようやく安定して実用化され始めたことや、次世紀の主力推進システムである核融合推進式機関の基礎が固められたことは人類にとっては朗報だった。


 特に軍事技術という分野だったので、国家予算で研究開発が遅滞なくトントン拍子に進められた。このため、後の民間ロケットへのスピンオフと活用もまた遅滞なくトントン拍子に進むこととなった。民間企業では資金的・技術的に負担が大きすぎることを国が肩代わりしてくれたのだ。税金で、だ。

 無論、請け負ったのは民間企業で、たとえば日本でいえば、後に三菱を超える大企業に成長する南部重工がそうだった。南部は選挙が近くなると株価が何故か急上昇する『政治銘柄』として有名ではあるが、そういう政治家との緊密なつながりもまた、この時代からのものだった。つまり、そういうことだった・・・。


 開発にともなうパテントや各種技術特許は権利として民間企業・半官半民の研究財団の資本となったし、民間宇宙造船業なる新分野の成立も見た。彼らはまた、宇宙移動に伴う保険業務を行うようにもなり、新世代のコングロママトリット化産業の代表格に成長する。


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 宇宙船開発に付随する技術革新は、人類にとって非常に重要だった。イオンロケットにより太陽系内惑星内の移動ならごうの時でも一ヶ月以内で、しかも低価格で可能になったことは朗報で、この状況は今世紀末まで続き、人類の宇宙移住を加速させることに貢献した。当然、各国の宇宙領土の蚕食さんしょくにも大貢献する・・・


 太陽系内の国境線は、地球における国境とはまるで違い、軌道力学的な関係から、各国の新領土は太陽系内にバラバラに散らばっていた。そこに前述のような何処の国にも属さない『国連直接統治領』のような地域もポツポツと出現し、彼らもまた空間と資源の専有を求め始めたことから、数が多くなるに連れて複雑な国際問題を引き起こし始めた。


 さらに宇宙に移民する者は経済・環境難民が多かったから、地球上の発展途上国の事実上の新領土の様相を呈していたし、それとは逆に、祖国からの独立戦争まがいの事態を引き起こすこともしばしば見られるようになった。


 こうして世界は地球上や月・火星などの主要地域では全面戦争を避けつつも、植民地周辺では武力紛争が絶えないという、まるで18世紀のカリブ海のような一触即発の時代を迎えるようになっていった。人類は、地球上の問題の全てを一緒に太陽系内に広げたのだ。


 ではこの時代、日本はどうだったのであろうか?

 結論からいえば、日本は戦後最強の時代を迎えることになる。この後、戦争だらけの二世紀 〜特に2190年代以降は、招待状を出した訳でもないのに、次々とやって来ては火を吹きまくる厄介な異星人だらけの迷惑な時代を迎えるので、この時以上に平和で幸福感を実感できた時代は、もう二度と来なかった・・・




           【 中編に続く 】

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