§5-1-8・ではなぜ中国は経済成長したのか?(後編) ←経済成長に民主主義なんて必要ないから

○中国のプチ・デフォルト


 この結果、中国では貿易黒字が急激に縮小するに至った。産業資源だけでなく、市民生活を支える広範囲な製品輸入が始まったからだ。それは外貨準備高の減少をも意味する。本来は自国通貨がドルなどの基軸通貨に対して下落するはずだが、ドルペッグ制を取っていたため、それも不可能だった。

 さらに中国の労働者の賃金が上昇しはじめ、低価格を武器に外貨を稼ぐという構図が崩れ始めてもいた。


 この時期、アメリカは民主党クリントン政権で、自国の貿易赤字に対して極めて厳しい態度を取っていた。日本においては特にそうだったが、実は中国に対しても同様の態度を示していた。恒常的な黒字を出し続ける中国に対し、アメリカは貿易赤字の縮小・金融の市場解放と各種中国国内制度の改革と市場開放を激しく迫っていた。

 当時の中国政府も意を配っていたようで、アメリカ製品への市場開放を段階的に進めていたようである。だが、国内の不完全な金融体制のために米ドルに頼る中共の経済政策では、対米黒字の縮小は自国経済の裏打ちの収縮、ひいては自国経済の収縮を意味した。そもそも限界があったのだ。


 また輸入が増えつつあったことは自国通貨の下落を意味していたが、前述のように事実上のドルペッグ制を取っていたために『実力以上の価値』を人民元が持ってしまうという問題を引き起こした。『下駄をはかせる』に等しい。これは拙文・第42話の2009年のギリシア危機の時のギリシャ・ドラクマとユーロとの関係に似ている。

 ドルペッグ制という事実上の固定相場でも、自国通貨の下落は為替に大きな影響を与える。海外からの輸入に際し、より高い価値のドルに換金する時により多くの人民元が必要になる。また人民元の通貨供給量の減少にも繋がるし、輸出力の低下をもたらす。かといって切り下げれば、中国への不安感・不信感から海外へと資金が流出してしまうし、なにより海外からの投資に対する利払いの実際の支払額がデカくなる。企業は輸出力・生産力の減衰を、人民は生活実感の悪化を感じたはずだ。


 この時、アジア通貨危機が起こった。

 背景はこんな感じだ。クリントン政権における米国内の産業振興のための各種規制撤廃と減税が功を奏し、急激に景気回復と貿易赤字減少が進んだのだ。このため過度な景気加熱の抑制と国内への資金還流を狙ってFRBが政策金利を上げたために、発展途上国等に投資していた金融資本家が一斉に米国回帰レパトリに動いた。結果、発展途上国は急激な資金不足に陥り、タイを始めとして韓国等が軒並みデフォルトに陥ったのだが、実は中共もそうだった。


 急激にドルが上昇したために人民元も急激に上昇した。これは弱っていた人民元にとどめを刺した。輸出力の劇的な低下だけでなく外貨準備高の激減を招いた。さらに中国からの投資の引き上げと利払いの上昇により、中国は国家破産こそ宣言しなかったものの、一気に景気後退に陥った。1996-98年の頃のことだ。


 資本の流れが止まった時、当然、地方政府の抱える債務問題が顕在化した。債務を補填する新規歳入が途絶えたからだ。穴のあいたバケツに注ぎ込んでいた水道水が突然、止まったために、バケツの中がカラッポになったのに似ている。

 この莫大で高金利な債務が景気悪化に拍車をかけた。事実、この時期から2002年までの間、中国でのインフレ率はゼロ〜マイナスに落ち込んだ。

 政府発表の成長率グラフは、そもそも期待あてにならないので参考になるかどうかは判らないが、一応述べておくと、1990-95年度の中国国家統計局発表の実質経済成長率は12.0%。しかし1996-2002年では7.8%とされている。半減しているのだ。


(`ハ´)「経済成長、半減したアル。えっへんアルよ」 ・・・のワケは有り得ないので、なぜ成長率が半分にまで凹んだのかの納得の行く説明が一切ないのは政府の怠慢でさえある。


 なによりインフレ率がゼロパーセントに落ち込んだのはこの時が初めてだった。『インフレは経済の成長を促す』・・・そのことを知っている我々は、インフレ率の急落が激烈な経済力の縮退を意味することを知っている。つまり事実上のデフォルトを起こしていたのだ。


  ※     ※     ※


○金融整理 ←やり方は戦後日本+バブル崩壊後の日本のハイブリットタイプ

 

 この後、中共は金融整理に着手することになるのだが、この手法を調べてみると、戦後日本と1990年代前半の日本のバブル崩壊後の金融再編に非常に似ていることに気づく。つまり『債務を引き抜いた後で、自国通貨を切り下げる』ということだった。


 まず地方債務を、日本の整理回収機構に似た特殊会社などを設立してここに引き受けさせた。こうすることで地方銀行から債務を引き抜き、健全化する。

 この後でドルペッグ制をやめ、より緩やかな通貨バスケット制へと移行した。


 いままでは人民元に信頼を持たせるためにドルに連動していたものを、他の幾つかの通貨とも連動させる・・・という明目で、人民元の通貨を段階的に切り下げていった。これは「自分たちに都合の良い固定相場制」そのものだ。ただし通貨切り下げ自体は、弱っていた中国経済の実体を反映していたもので妥当なものだった。


 この通貨切り下げにより債務は激減し、同時に人民銀行が資本を注入して補助することで金融の立て直しに成功した。人民元の価値を下げることは人民には災いとなったが、独裁国家はあまり意に介さなかったらしい。逆らえば戦車で引き潰せばよいのだし、実際にはブルドーザーで貧民街を踏み潰していったという、もはや常軌を逸した財産収奪を行っていたことも、当時のテレビでよく流れていた。ただし中国は土地の私有は認められておらず、全員が『店子たなこ』であるから、立ち退きに応じないのは違法という政府の言い分も通らなくもない。・・・まあ、通らないが。


 また引き抜いた債務は、通貨切り下げとその後の経済成長と成長インフレによって、かなりの程度、回収した。信頼に足る統計が少ないので数値は出さないが、政府系の発表する資料では数値はマチマチではあるが、債務が減ったことは確認できた。実数がバラバラなのは、何かの政治的な思惑でもあるからなのだろうか??


 より重要な事は、整備されていなかった中央銀行の機能強化で、これはいまも段階的に行われているようだ。ただし、いかにも金融関係が権力闘争に繋がる中共らしく、この詳細があまりハッキリ判らない。公にするのがイヤな事項も多々、あるのだろう。


 とはいえ、判っていることもあって、中央銀行の統制力の飛躍的な強化がそれだ。通貨の供給量に関しては人民銀行が一律で統制して人民元の発行・管理を行うようにしたこと、また 『中国銀行』『中国建設銀行』『中国工商銀行』『中国農業銀行』の国策銀行の育成や、経済金融政策に関して中央政府の地方への統制の強化などが上げられる。これは韓国がしなかったことであり、逆に言えば、中央政府が地方政府に対して強力な指導権を確保するために必要だったと考えることも出来る。これら四大銀行は当然、中央政府の国策銀行であり、世界的にも最大級の金融機関に成長したことを考えると、中共の強力な金融政策力の源泉にもなり得る。強い銀行組織は国家の破滅を食い止めるのに(ある程度)役立つ。


  ※     ※     ※


 これらは債務を銀行から引き抜き、自国通貨を切り下げることで債務を激減させ、同時に金融機関への資本の公的注入(税金の投入だが、人民銀行からの直接補填もあった)によって銀行を保護・育成し、民業への投資を可能とした。


 中国の2000年代始めの急激な経済成長は、その直前に起こった経済破綻に対し、債務を銀行から引き抜き健全化を図った後で、自国通貨切り下げによる国際競争力の強化と債務圧縮によって可能になった。これによって資本を整理し、民間企業(とはいえかなりの部分を国営企業が受け持つが)への投資力が回復したことで民業の勃興と輸出力の回復、そしてなにより中国国内市場の爆発的な成長が可能になった。


 つまり戦後日本の歩みと全く同じことを中共はやってのけた。彼らは間違いなく日本をパクリ、同じように対処した。銀行から債務を引き抜き、自国通貨を下げれば、国家は経済力を回復させることが出来ることを知っていたのだ。


 勿論、国民に多大な犠牲があった。カネを貸していたor怪しげな信託に投資していた人たちは全財産を失ったであろうし、不景気による失業や一家離散、低所得出稼ぎ労働などの貧困が彼らを襲った。人民元の急落は生活水準の低下をもたらしたし、なにより労働賃金が激減して貧乏人が激増した。

 これらは独裁国家の利点でもある『民意を無視して力づく』で押さえ込んだこと・再び輸出による経済成長と国内市場の育成、安い労働賃金(自国通貨を下げたのだから当然)を主とした外資の導入という大胆な政策により産業力が急激に回復していったことから、結果として危機を脱して、2000年代の10年以上続いた高度経済成長が可能になった。


 意外だが重要な事実として、中国はこれを国家体制を維持しながらやったということがあげられる。つまり債務を抱えた国が、国体を護持したまま大規模な債務再編と経済立て直しを行った事例として『使える』はずだ。日本にとっても同じ事で、元は日本をパクったのだから、全然知らない手でもないことはありがたい。国家の全面崩壊を伴わない『プチ・デフォルト』は、かなり有効な手段であり、十分な計算と、ソレ相応の国民の犠牲があれば十分可能だということの一例だ。革命やクーデターは必要ないのだ。


 もう一つ言えば、『正義や道徳性など全く伴っていない国であっても、有効』ということだ。

 国民に選挙権がなく、地方と中央が対立し、経済金融の隅々まで政治権力が介入してチェック機能がないような国であっても、爆発的な経済成長が可能ということだ。特に強い政府と強い中央銀行が強力な金融政策を取れば、さしあたりかなり長い間、国家は破滅しなくて済む。これが13億人の人間誰一人として選挙権も与えない異常な独裁国家であるにも関らず、命脈を保っている力の根源なのだ。


 これは『経済成長には民主主義は必要ない』・・・ドイツ第二帝政がそうであったように、ここでもこの真実が現実化されただけのことだった。勿論、成長した国家を維持するのには民主主義が必要になるが、中共はいまところ、それに気づいていないのだろう。いや、気づいていないフリをしているだけかもしれないが・・・。


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 現在の中国には、より重大な債務問題がある。リーマン・ショック以後の不動産バブルだ。既に天文学的な規模の債務を抱えているはずで一説によればGDPの300%にまで債務が膨れ上がっており、そのうちの3-4割は金利20%を超える債券だ。これだと2025年までにGDPの500%を超える債務を抱える計算だ。今後、どうなるかは現在のところは判らない。普通に考えれば中共は破滅し、国家は瓦解する。とはいえ、この話しは別問題なので、後の検討課題とするにとどめる。


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 判ったことはたった一つ。金融危機においては、債務を引き抜いて圧縮し、金融業を健全化することと中央銀行の機能強化と効率化が必要ということで、民主国家でも独裁国家でも有効ということだ。つまり、常に有効なのだ。不良債権を抱えた銀行に公的資金を投入することは倫理に反するかもしれないが有効・・・ということだ。庶民生活は苦しくなることは残念だが、避けられない道なのだ。しかし、国家が回復するチャンスはあるということだった。

 次回からは、これを踏まえてさらに日本の債務について検討する・・・m(_ _)m

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