§1-6・もう一つの2199、その3「ある破綻国家の誕生」


 一方、これらの軍拡に合わせて、地球周辺の環境整備も独自に進められた。生存の可能性を高める必要は、依然として高い優先順位を与えられていた。当然のことだが・・・。


 無尽蔵のエネルギーを手に入れた人類は、まず地下都市の環境整備改良計画を実施した。明日のガミラス襲来に備え、軍備を拡張することは確かに重要なことだった。しかし今日、人々が生き延びることも同じくらい重要だったのだ。


 長く続いた地下耐乏生活で失われたインフラの整備事業が、安価なエネルギー資源の活用によってようやく実現できそうだった。

 同時に太陽系内の資源採取が行われ、出来る限りの復興が図られた。これには火星への再移住計画も含まれていた。また第二の地球探しも計画され、万が一の事態に備えるべきことも優先された。


 このために必要なワープ可能な艦艇や資源開発のための各種装備が整備され、厳しい環境のなかでも、にわかに経済が活気を帯びるようになっていった。戦時下のプチ特需のようなものであり、ごく一部の人達には潤いの恩恵を受けることも出来た。


 実のところ、この「戦時下のプチ特需」は、ある程度の好景気を生み出していたのも事実だった。

 軍艦を始め、各種艦艇の建造や、人類生存のための住環境の大規模インフラ整備は公共事業の意味合いを持ち、ケインズが1920年代において既に述べていた「不況下での政府の公共投資が失業率の改善と経済活性化に必要であり有効」というマクロ経済学上の定石が実施された事と同じ効果があった。


 同時に“乗数効果”と“トリクルダウン効果”の二つによって市民生活が徐々にではあるが潤いを見せ始めた。これらの相乗効果によって国防・建設事業以外の幅広い分野の活性化が始まった。


 最も重要な資金の流れに関しては、明らかによい流れが発生した。投資と消費の拡大により企業・銀行の収支は上向き、それが戦時国債購入のバックボーンになった。市場拡大は株式市場や債券市場の活性化をもたらし、こちらも国債購入の潜在的支持者となったし、市中への資金還元による好景気へと繋がった。


 農業・興業分野は太陽系規模で再開発が試みられ、投資と生産拡大が期待できたし、戦争による人手不足はAIやAU09のようなロボットなどで補われたために、この分野の景気も上向いた。結果、税収入の増加という形で国庫へ回収され、信頼を回復した各国はさらなる国債の発行を可能にした。

 

 ただし、この好景気がさらなる社会不安の増大をももたらした。この特需の恩恵に預かれたのは「もともと資本をもっているもの」か「次元波動エンジンの恩恵に浴すことの出来た」一部の人達でしか無かった、ということである。


 要するに金融投資家と産業資本家、もしくは降って湧いたような関連業種関係の“運の良い者”であって、大抵のビンボー人は「少しだけしか潤わない」というままであり、同時に進行した物不足と長引く戦争による高インフレの悪影響もあり、中〜下層階級の人々に「好景気の生活実感が全くない」という不満をもたらした。


 これはすぐに手を打つべき問題だったので、緊急対策として低所得層への各種資金分配や福祉政策の実施がなされ、また来年度予算の中に所得再分配のための「高所得者・企業増税と福祉政策の全般的な充実」が盛り込まれることにはなったが、どちらも戦時下でのことであり十分と言えるものではなく、社会不安の火種として燻り続けた。


 またこれらの予算は結局、戦時国債や建設国債、復興債に頼らざるを得なかった。国債の乱発は国の借金を増やすということである。ワープ可能な艦艇は相対的に高価であったし、居住環境の整備や他惑星の資源開発や福祉政策にも莫大な費用が必要なことは判っていたことだった。

 では、増税すべきなのか?


 前述のように国債の発行額が爆発的に増加したし、景気がよくなったことで地球人の国富の総額は増加したことから、財政規律を少しでも正常化させることと、貧富の格差の是正と多くの弱者救済を目的とした所得再配分が必要だった。これに失敗すれば、社会不安が増大し各国政府が瓦解する。

 この政策のための財源は増税しか無かった。

 だが増税そのものが景気の足を引っ張ることは確実であったし、そもそも増税によって中・低所得層が大打撃を受け、社会不安が一気に爆発する危険性さえあった。


 過去、戦争時に増税を強行して国内が大混乱したという事例は許多あまたある。最悪、ロシア革命のような事態になりかねない。

 さりとて、公共事業の抑制による歳出の削減も不可能なことだった。現在の事業は単なる景気対策ではない。人類の存亡が掛かっているのだ。いまは債務の増大に歯止めはかけられなかった。


 このような背景もあってか、もう一つ重要な変革を迎えた。人類の政治体制の変化である。

 異星人との長期的な戦争と人類滅亡の危機を乗り越えるため、それまでの政治的枠組みを越えた、より大きな体制づくりが試みられた。

 少なくとも2202年の段階で地球連邦大統領制度が出来ていたことからも、この時にはすでに各国のナショナリズムをある程度残しつつも、より大きな人類統合のための政治経済体制が出来ていた(もしくは雛形が出来ていた)ことは確実だ。おそらく、1990年代のEUが参考とされのだろう。


 対異星人戦闘とその対策、イスカンダルへのBBY-01ヤマト派遣。

 長く続いた異星人との戦争に対する地球人としての自覚と、生存のための人類同士の協力の有効性を増すためにも、従来の国家間の枠組みを越えた、より強力な政策を実行可能とする「地球連邦政府」の必要性を実感させたし、戦時のインフレ対策や国債の増発に対する債務保証の点からも、地球連邦政府を信頼の拠り所とした地球連邦中央銀行の必要性が痛感された。戦時体制における対インフレ対策や、その後の経済活動・資本流動がこれを後押しした。


 仮に地球を捨てて、どこか他の恒星系に移民するにしても、連邦政府による強力な指導力が必要だったし、世知辛い話ではあるがカネも必要だった。そもそもガミラス帝国が消えてなくなった訳ではなかった。ガミラスに対処する必要は依然として高かったし、対処するなら効率よく強力な方が望ましいのは当たり前だった。


 地球連邦政府のその後の展開は、18-20世紀のアメリカ合衆国の歴史に似ていた。

 もともとは13の独立した州政府(事実上の国家)の調停機関が連邦政府の役割であった。よって合衆国連邦政府と大統領の権限は大変小さかった。予算は主にニューヨーク港の関税収入に頼っていたほどだった。

 当時のアメリカは全世帯的な徴税システムが無かった。そもそも移民の国であり、貧しい彼等を貧しくしたのが本国の重税だったのだ。長いこと「無税」というのが当然で、実際、まともに税徴収を始めたのは実に20世紀になってからのことだった。この脆弱な予算規模では連邦政府に出来ることも限られる。

 

 主に外敵との交戦・対外交渉と各州政府の利益調整、統一通貨ドルの制度上の保証から始まって、英国・メキシコなどとの対外戦争、国内の大変革たる南北戦争とその後の経済進展を経て、合衆国連邦大統領の権限強化と強力な金融制度、各州・連邦政府の徴税制度の整備などが第二次大戦までに実施されていった。


 地球連邦政府も、このプロセスを辿ることになる。つまり強力な中央政府と強力な中央銀行による、強力な二輪戦車チャリオットという、20世紀以後の高度経済国家の基盤が整備されたのだ。


 幸いなことに、邪魔するガミラスは二度と来なかった。

 当時のガミラス帝国は帝国内外に問題を抱え、地球再侵攻など不可能な状態にあったのだが、当時の人類はその事実を知る由もなかったし、実際、知ったのはBBY-01ヤマトが帰環した後、彼らから直接聞いてからの事だった。

 なにより、旧式艦のアップグレードの成功により、ある程度のガミラス艦隊なら地球人独力で排除できる算段も付いていた。


 目に見える範囲内にガミラスはいなかったが、目に見えない彼等の影を追いかけ回しすぎてしまったことで、目の前にある「債務の増大」という手強い脅威を見逃す結果になってしまった。

「人類の生存のためならなんでもやる」 ・・・ある意味、当たり前のことであるが、次元波動エンジンという魔法を手に入れた人類は、強力だが抑制の効きにくい地球連邦政府という「戦時独裁体制」の中で、やれることを手当たりしだいにやり始めた。

 そして魔法の使用料金は予想以上に高くつく。



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 みんながすっかりイスカンダルの事を忘れていた時、しれっとBBY-01ヤマトが地球再生システムを持って帰ってきた。

 確かにこれで地球は救われた。また彼らは別の重要な事実も持ってきた。ガミラス帝国は政治体制が激変し、彼らとの和平交渉も可能になったということだった。つまり戦争が終わるということだった。


 人類はBBY-01ヤマトに対する熱狂と、平和への喜びを爆発させた。また同時に、ある意味冷やかな視線とを彼等に送ったのも、やむを得ないことだった。


 我々のかけがえのない地球が元通りになることは嬉しいことだったし、戦争が終わることは何より幸せなことだった。反面、恒星間航行技術を手にした人類には、必ずしも地球にこだわる必要性がなくなっていたのも事実だ。またガミラスが思った以上に脆弱であることも知ったため、「戦時賠償を!」とか「軍事懲罰を!」という異様なナショナリズムの高まりも見られた。


 BBY-01ヤマトの偉業がかすむにつれ、本来、次元波動エンジンは「無償提供してもらったモノ」という事実とイスカンダル・スターシアへの恩義を忘れ、まるで「自らが開発した」かのような間違った認識が広まっていった。戦時賠償は払わせたいが、ライセンス違反の損害賠償は払いたくない・・・そんな傲慢な態度を市民までもが抱くようになっていったからかもしれない。


 論拠の薄い信念と、肥大化する無責任な自信とが、後の大艦巨砲主義一辺倒の、柔軟性と即応性に欠ける戦略観をもたらしたと考えるのは、考えすぎだろうか?


 事実、地球防衛軍はこの後、殆どの艦隊決戦に負けまくる。

 BBY-01ヤマトの「勝利」を技術力の勝利と錯覚し、波動砲の一閃で政治的失敗さえ覆せると考え始めた傲慢な民主主義国家リベラリストは、大衆迎合主義的な政策と、「二度と負けない」ための艦隊整備にのみ邁進する決意だけを固め、逆にその意図が常に徹底的に砕かれては、単純に「次元波動エンジン搭載艦の中では経験値が一番高い」BBY-01ヤマトの手慣れた諸君が一切合切いっさいがっさいを尻拭いする・・・という歴史を繰り返す。


  ※     ※     ※


 2200年の初秋。ウルムの街の民族祭のような、一種異様な熱狂の後に残ったのは、かりそめの平和と、信じられないほど膨れ上がった債務の山だった。


 各国および各国政府の上位組織である地球連邦政府において、新年度予算編成が必要な時期に差し掛かっていた。

 気違い沙汰なインフレの予兆に怯えつつ、莫大な債務をどうするか? という極めて切実な問題に直面することになった。

 ガミラス戦役に続く、人類の戦争第二章はガミラスよりも遥かに難敵だった。「地球破産」という敵であり、それは大抵の人にとって「死んだほうがマシ」という程の、苦痛に満ちた経済破綻の幕開けを意味していた・・・。

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