第18話 熟慮の黄色

 世の中でいらないものを三つ挙げるとすれば、古文の授業と始末書、そして戦隊モノの黄色である。


 その要件をすべて満たしている僕は、この世から雲散すべきなのである。じゃなきゃ、隅っこの掃除用具入れの中に入っているべきなのである。永遠に雑巾臭くなればいいのである。


 などと、ネガなことを考えていたのは、ちょうどサ行変格活用のページに入ったところで、おはす。なんだよ、おはすって。体育会系の朝の挨拶か? 「オハす!」「おはよう。早速腹筋を鍛えようか」「っす!」


 どうでもいいわ。


 カツカツとチョークで連体形を書き連ねる先生を片目に、僕はスマホで「始末書 書き方 手書き」を調べていた。が、女子中学生をビビらせたことに対する謝罪のテンプレートはなかった。


 こんなものを三枚も書かせるなんて、風紀委員長はやはりとんでもないお方だ。


『いたいけのない中学生の女の子をいじめてしまい、大変申し訳なく思っております。』


 どうやってこれを三枚に膨らませろと言うのだ。これ以上、出てくるはずがない。


 理不尽だ。


 そりゃあ、三年で特別進学科の彼女のことです。超優等生のあなた様だったら、きっとすらすらお書きになるんでしょうがね。こちとら、普通科なんですよ。オツムの出来が違うんです。貴方様が月に行っている間に、こちらはウホウホ棍棒振り回すのがやっとですわ。


 愚痴っても仕方ないんだけどね。本庄とヨシクニのとばっちりとはいえ、さ。


 そういやレツさん、何組って言ってたっけ? 確か二年ってのは覚えている。自由科はないだろうなと思いつつも、姉さんはヤンキーだし、可能性としてはありだ。もし、そうなら悪級劣ワルキューレについて忠告しておくんだった。いや、すべきだろう。なぜ、それを忘れていたのだ!


 僕は慌ててレツさんにSMSを送る。悪級劣ワルキューレの危険性と扱い方、その他諸々だ。結構な長文なってしまい、SMSの数は五通にも上った。


 これで大丈夫か。……念のため、休み時間に電話しとくか。


 懸念とちょっぴりの安堵の混じった溜め息が漏れた。早く授業終わんねえかなあ。時計の針は残酷にも残り三十分を示している。本庄は寝ているし、ヨシクニは忙しなくスマホをいじっている。他の生徒も似たようなもんだ。


 そんな中、古文の先生だけ淡々と例文を読み上げている。きっと先生も普通科じゃなくて、特別進学科の担当だったらやりがいもあったろうにな。と少し同情。一方で、彼が人生において古文を選択した意図が理解できない。漢文よりはマシとしても、HBとBの鉛筆くらいの差だ。人生に与える影響はないに等しい。


 そう考えると、人生ってなんだかなーと思う。これから高二になって、文系理系を選んで、おそらくは大学に進学するんだろうけど、何学部を選ぶのか、卒業後、どんな職業に就くのか、その同時進行で謎の女子とフォーリンラブとかしちゃって、結婚とかするんだろうし、子供が双子だったりしたらどうなんだろうと考える。


 人生って何? 生きる意味って何? 人間ってなんで存在するの? 宇宙の果てはどこ? 時間はずっと続くの? 世界って何?


「はっはっはっはっ」


 誰かがいきなり笑い出した。僕は妄想を遮断し、辺りを見回す。僕以外、気付いている人間はいない。


「早速、暮内くれうちくんと接触できたか。さすが黄色、私の目に狂いはなかった」


「!?」


 咄嗟の出来事に、僕はたまらず席を立ってしまった。教室の皆が僕に注目する。先生も黒板から振り返っている。


 僕はわざとらしく、大袈裟に咳払いをして席に着く。


 なんだ?


 なんで、校長オヤジの声が聞こえた?


 しかも僕だけに。


 とうとう、僕も幻聴が聞こえるようになったしまったのか? 昨日今日の極度のストレスで精神が参ってしまったのか?


「心配無用だ、家路いえじくん。私の声は君の脳内に直接響いている。すごいじゃろ? 改造手術のオプションでやってもらったんだよ」


 こ、このオヤジは!!


 僕は左腕で口元を隠し、黙って挙手する。


「えー、家路いえじくん、何か質問ですか?」


「体調悪いんで、保健室に行かせてください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る