第17話 学園の緑

「よう、イエジウム! 何で、お前、体操服なんだよ?」


家路いえじって改造制服、着てたっけ? そんな度胸あったっけ?」


 正門前の服装検査、男子列を並んでいると、見知った二人が話しかけてきた。クラスメイトの本庄とヨシクニだ。ようやく僕にも平凡が訪れた気がする。


「いろいろあるんだよ。細かいことは無視してください」


「何だよ、教えろよー。細かいことって何だよー、イリジウム」


「イリジウムって言うな」


 本庄には口が裂けても、昨夜のことは言わない。事情通のこいつに、下手なことを漏らしたら、全校中まで拡散してもおかしくない。聞く分には丁度良いが、言われる分には都合が悪い。


「それにしても並んでるね。抜き打ち検査ってことは、今日の時間割は遅れるはずだから構わないけどさ」


 僕は声を潜めると、ヨシクニに耳打ちしてやった。


悪級劣ワルキューレだ。あいつら、いっつもぞろぞろと一緒になってつるんでんだろ。運悪く、僕らは連中とバッティングしちまった」


「ああ、そういうことね、納得だよ」


 ヨシクニも、前方の様子ですぐに悟ったらしい。学園の生徒なら、誰でも察する空気感だ。


 この学園は、文部両道で進学校かつスポーツバリバリを売りにしている私立高校だ。だからクラスは特別進学クラスとスポーツ専攻科が設けられている。同時に、あの校長オヤジが金もうけに長けていることからわかるように、この二つの売りに釣られて入学する学生用に普通科がある。僕らのようにね。さらに言えば、銭ゲバオヤジの腹黒さを表すかのように、自由科という特別枠がある。要するに、金さえ積めば誰でも入れる科で、訳ありの問題児の巣窟となっている。


 クラス分けを説明するとこんな感じ。


 一〜三組:特別進学科

 四〜六組:普通科

 七〜九組:スポーツ専攻科

 十〜十二組:自由科


 学外では、特別進学科とスポーツ専攻科で有名だが、学内では自由科が悪名高い。ただのグレならまだしも、親が金を持ってるから余計に達が悪い。そのため、自由科だけは校舎は別で、学食だって専用のが用意されている。隔離とは言わないが、自由科との接触は最低限に抑えられているのだ。


 そんな自由科の中で、より活発というかやんちゃというか調子こいているのが、二年生だ。連中は自ら、悪級劣ワルキューレと名乗り、意気がっているけれでも、僕らからすると蔑称だ。悪級劣ワルキューレはちょくちょく渡り廊下や生徒玄関でたむろって、いちゃもんをつけてくるので要注意となっている。少なくともスポーツ専攻科でもないかぎりは、体力的に敵わない。なんか、武器とか持ってるし。


 だから、この抜き打ち検査で連中が足止めされるのも当然のことといえるだろう。特別進学科なら素通り、その他の科もいざしらず、悪級劣ワルキューレは校則違反のオンパレード、そりゃあ時間もかかる。


 前方で、意気ってるヤツの怒声が聞こえる。それに呼応するように、風紀委員長の事務処理的な声。自由科の管理を一任されているエリート女子だけある。まさに社会の縮図だ。


「まったくもって、朝からついてない。いや、昨日からか」


「何言ってんだ、イエジウム?」


 本庄は無視。


「ねえねえ、家路いえじさぁ、あっちの女子専用に行かない?」


「はぁ? まあ、空いてるってつうか、ガラガラだけど、いいのかよ?」


「俺はあの女の子が気になるのさ」


 ヨシクニがそう言うと髪を掻き上げた。うん、軽薄系男子。


「ああ、あの子な、中等部から特別聴講に来ている子だろ? 名前、何てったかな?」


 中等部から? それは遠くから来たもんだ。と言っても、電車で一駅、チャリ圏内だけど。


 他の風紀委員が悪級劣ワルキューレにかかりきりの中、その子は一人、椅子に座って、所在なさ気にもじもじと俯いていた。ポニーテールが右頬を撫でている。中等部は特別進学科とスポーツ専攻科しかないはずだ。となれば、その向こうで喚いている自由科の連中なんて、初めて観る生命体かもしれない。とくに高校まで飛び級してくる優等生にとっては。


 まあ、これも社会勉強だよ。君のような優れた人材は彼らから搾取するんだから、今の内によく観察しておきなさい。と、おじさん(高一)は思った。


「行こうよ、家路いえじ。これってチャンスかも」


「いや、ヨシクニ、お前の論理はおかしい。そもそもお前、風紀委員長が好みって言ってただろ? 風紀委員長直々に持ち物検査してもらえば?」


「うん、連絡先は手に入れたから大丈夫」


「いや、ヨシクニ、お前の理屈はおかしい」


「へへ、俺も気になる。話してみたい、中学生ちゃんと」


「お前だって、三ヶ月前は中学生ちゃんだったじゃねーか」


「うっせえ、イエジウム」


「早く行こうよ、家路いえじ。他の女子が来ちゃうよ」


「うっせえ、ヨシクニ、お前は自重しろ」


 結論として、僕らは女子専用抜き打ち検査レーンに行くことにした。不本意だったが、騒ぎ過ぎて、悪級劣ワルキューレにガンを飛ばされたからね。ひゅう、おっかない。


「あ、あ、あ、あの! こ、ここは、女子専用で……」


 その少女はちらりと僕を見上げると、すぐに目線を下にする。


「いや、うん、君の言い分も充分わかるんだけどね。僕ら、普通科だし、持ち物検査ぐらいすぐ終わるかと」


「僕は君の連絡先が訊ければ充分さ」


「ね、ね、中等部から聴講って何の授業受けてるの? 高一、高二、高三? やっぱ難しい?」


 ごめんね、君の先輩がこんなのばっかりで。


 と、僕が謝罪すると、少女は顔を強ばらせ。不自然な笑みを浮かべた。口元がひくひくと引き攣っている。


「ご、ご、ご、ごめんなさ、わ、わた、私、男の人、無理なんです。む、昔から、に、にが、苦手で」


 ドン引いている少女を前に、僕は思わず両手を上げた。なんか、逮捕されそうで。天の神様から。世界の警察から。


 にもかかわらず、


「じゃあ、僕と一緒に男に慣れてみようか?」


「ええ? 男が苦手ってどういうこと? 具体的に?」


 アホ二人はなぜかテンションが上がっている。お前らは捕まっていいと思う。あえて僕が捕まえたい。


「え、へ、へ、へへ。だ、だから、わ、私に近づかないで。お、おね、お願いだから」


「さあ、僕の鞄を見てくれ。どう思う? これが男の世界だよ」


「俺は君の名前を知りたいな。中等部のこといろいろ聞かせてくれよ」


 この犯罪者どもめ。いい加減にしとけよ。そう言いかけた瞬間、とんでもない雷が落ちた。おそらくはこの学園一、悪級劣ワルキューレすらも恐れる才媛、風紀委員長によって。


「そこの普通科三人! 何をしてる! そこは女子生徒専用だ! 反省文を書かされたくなかったら即座に並び直せ! 林木、お前はもう下がって休め。どうした、なぜ脅えている? ……貴様ら、林木に何をした! 始末書で済むと思うなよ! とくに貴様、なぜに体操服だ! 明確な理由を言え! 主犯が貴様か!」


 始末書ですみました。風紀委員長様、温情ありがとうございます。

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