第16話 赤の逃亡

「レツさん、ほら、あそこが正門です。この学園は広いけど、出入り口は正門と裏門しかないんです」


「へへ、それよりマジでありがとな。案内どころか、連絡先まで教えてくれてよ」


 それは貴方が捨てられた仔犬のような顔をして、毎朝、この近辺をうろちょろしているのも可哀想だったから。言えないけど。


「サンキュー、牛乳!!」


 レツさんは僕の背中をバシンと叩くと快活そうに笑った。……牛乳なー。牛乳かー。嫌いじゃないし、好きなんだけれども、地味にボディを突かれたような気がする。鈍く。


「ところで、牛乳?」


「ナンスカ?」


「なんだ、あの人だかりは?」


 彼女の指さす先には学園正門、多数の生徒がたむろっている。この光景はさほど珍しいことではない。月一と抜き打ちで行われる、例のアレだ。学園の権力を誇示する風紀委員の習性ってヤツだ。


「持ち物検査ですね。後、服装検査とか。……まあ、うちの学校はユルユルだから形式だけっすよ」


 ドゴンと音がした。振り返ると彼女は姿を消していた。否、コンクリート塀の向こう側に立っていた。四散した瓦礫の上で。


 校内と校外を隔てる頑強な鉄骨入りの仕切りが、歪な円状に破壊されていた。


 何があったのかは目撃していない。でも、その予想ははるかに簡単だ。コンクリート塀がぶっ壊れている、それだけで充分だ。


 にしても、その行為を理解できない。だが、感じることはできる。


 そんなにイヤか、持ち物検査。


「じゃ、後で連絡するわ!! またな、牛乳!!」


 と言って、彼女は生徒玄関とは逆方向に走っていった。


 僕は、レツさんの後ろ姿を見送りながら、コンクリート塀の断面に見やる。厚さ二十センチってレベルじゃない。それ以上にコンクリートの隙間から顔を覗かせる、『八』の字に捻じ切られた鉄筋がインパクトを物語っている。


 僕は、ひょっとしてと思う。彼女もまたヒーローの一員なのではないかと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る