第15話 赤の度量

「……マジかよ。ガッコだぜ!? もう着いたのかよ!?」


「へえ、すぐ傍でしたし。っていうか、学園、見えてましたし」


「おお、そうか!! でも、すげえな、お前!! ありがとな!!」


 と言いながら、裏門の方に足を向ける姉さん。どんだけ方向音痴なんだ。


「あははは、悪ぃな。こればっかりは直らねえんだ」


「ま、まあ、人それぞれ個性ってのはあると思いますし、逆に姉さんみたいな綺麗な女子にはギャップになって素敵ですよ」


「ちょ、ちょ、ちょ、お前、何を言い出すんだよ!? ガッコの近くだぞ!? 誰かに見られたらどうする!? 噂とか恥ずかしいだろ!?」


 急に赤面した姉さんは、右手を団扇のようにしてパタパタさせている。


「どしたんすか、姉さん?」


「あーもう、顔をみせるんじゃねえ!! 出会ったばっかだぞ!?」


 意味がわからない。ああ、あれか。転校初日だしテンパってるのか。僕は転校などしたことないが、きっと不安でいっぱいだったのだろう。その上、迷子になってたし。


 僕と姉さんは学校のコンクリート塀に沿って正門を目指す。


「姉さん、入り口まで直ぐですぜ」


「いや、待て。その話し方、やめてくんねえか」


「何でしょう、姉さん。僕の話方っておかしいでゲスか?」


「おかしいだろ。……普通に話してくれよ」


「?」


「そ、そっか、そだな。あたしも自己紹介がすんでなかったな。あたしは二年一組、暮内くれうち 烈堂れつどうってんだ」


暮内くれうち先輩すね。ずいぶんと気合いの入った名前すね」


「あたしも気に入ってんだ。レツって呼びな。特別サービスだ。で、あんたは?」


「僕は一年五組、家路いえじ〻〄%ゴニョニョです」


「んん? 名前が聞こえねえ」


ゞ〒〆ゴニョっす。……もういいでしょう、レツさん、行きましょ」


「ダーメーだ!! あたしが自己紹介したんだ。あんたもやんなきゃ仁義に泥塗るよ」


『仁義』という単語とともに、姉さんの目が冷たく輝いた。これは誤魔化しようがない。逃げ出せそうもない。腹をくくるしかない。本当は言いたくないのに、絶対言いたくないんだけども。


「……カルシウムです」


「ふむ?」


家路いえじ カルシウムです。Caと書いてカルシウムと呼びます」


 姉さんはその長い睫毛をぱちくりさせた。今度は僕が笑われる番だ。今まで何度も経験してきたことだ。すでに覚悟は決めてある。キラキラネームの範疇すらから十七°程ずれた、親から授けられた僕の宿命だ。


 でも、姉さんは笑わなかった。


 ふうんと頷くと、嘲笑とは別次元の、とびきりの眩しい笑顔をみせた。


「カルシウム。善い名前じゃねえか!!」


 気持ちの良い声だった。青天の霹靂といってもいい、彼女は何かスペシャルなことを言ったわけじゃないが、でもその反応で僕の目からうろこが落ちた。そんな気分だ。


「親御さんに感謝しろ、カルシウム!! 必ず親孝行しろよ、カルシウム!! 横文字ってのがイカしてんぜ、カルシウム!! いいねえ!!」


 そう思いつつも、あまり大声で言って欲しくない。レツさんは構わなくても。


「あ、あの、レツさん、で、できれば名字で呼んで欲しいというか」


「あぁん、何だよ。よそよそしいヤツだな、今さら名字なんて」


「そこを何とかお願いします……」


「しょうがねえなぁ。……家路いえじだろ。カルシウムだろ。……じゃ、牛乳な」


「はぁ?」


「お前、今日から牛乳。いいじゃねえか、やっぱり今日のあたしは冴えてるぜ!」


 訂正。目からうろこが落ちたのでない。目にうろこが入ったのだ。レツさんのセンスもかなり歪んでいる。伊達にヤンキー姉ちゃんじゃない。

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