第12話 赤、登場

 決して僕はストーカーではない。なぜなら僕は、百田の通学路を熟知しているからだ。彼女は、実に女子らしく、学園までの最短の道を選ばない。より人通りの多く、明るい道を歩くのだ。その辺の女心など、僕もわきまえている。


 もう一度言うが、僕は百田のストーカーではない。決して彼女をつけようなんて思ったことはない。マジで。なんというか、挨拶するには遠いけどお互いの存在を認知できるようなニアミスが頻発し、その度に気まずい感じになっていたので、僕が百田の登校ルートにバッティングしないような通学路を開拓したのだ。まさに紳士道。


 あのなー。いくら幼地味だってなー。小学校高学年から中学時代、まともに喋っていないのに、そう気安くなれるわけないっての。そもそも百田は学園の裏アイドルだぜ? (←百田のアンニュイな雰囲気が体育系陽アイドルと一線を画しているのです)。そりゃ、アホの本庄や自称・軽薄女子玩び系男子のヨシクニから、彼女の連絡先とか好みとか動向とかいろいろ訊かれたさ。でもな、そんなの知らん。知るはずがない。僕が知りたい。


 ……情けねえなあ。真向かいさんだってのに、挨拶一つできないとは。正直避けられてる気さえしてくる。よくあるラブコメみたいに、毎朝僕のベッドまで起こしに来ればいいのに。馬乗りでさ。出張がちな両親、とくに母親から頼られて、僕の世話とかしにくればいいのに。弁当とかお菓子とかいろいろつくってくればいいのに。


 あー、百田と付き合いたいなあ。


 と、毎朝、繰り返す妄想、その結論に至ったときだ。僕は家から学園までの最短距離を突っ走っていたのだが、それは裏道、場合によっては私道にも入り込む。信号どころか、横断歩道もない地味な交差点をいくつも超える。ブロック塀とか木塀とかに囲まれている。人通りはほとんどない。


 にもかかわらず、運命の三差路で僕は彼女とぶつかってしまった。否、出合い頭に張り手? を思いきりぶちのめされた。電柱にしこたま頭を打ち付けた。イチゴジャムの甘い香りがした。


「んだ、こら? 危ねえじゃねーか? 死にてえのか?」


 そう言いながらトーストをかじる彼女は、尻餅をついた僕を見下ろしている。


「なんか言えよ? ケンカ売ってんのか? おらぁ!!」


 ペラペラの革鞄に、制服のジャケットを肩に羽織う、長ロングスカート系のオシャレ女子。人はそれをヤンキーと呼ぶ。


 僕は肝を振り絞って答える。若干、震えながら。


「……お金なら持ってません」

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