第5話 虚実の黄色
ふわふわと、まるで巨乳様のお胸様の上に寝転んでいるみたいだ。触ったことはないんだけど。いつか揉みたいんだけど。そう、目の前の保健のお姉さんとか頗るいい感じなんですけど。白衣に赤のタートルネックとか超ソソるんですけど。
とか、考えていた。おっぱい、好きだし。せめてノーブラであれ。と思っていた。
なのに、僕の思考を突き崩すかのように、某フライドチキンのおじさんの顔がにゅっと割り込んでくる。
「君、聞こえるかね? 確か
僕は露骨に嫌な顔をしたつもりだった。おじさんは怪訝そうに首をかしげた。かわいくない。
「薬の影響で、朦朧としています。が、聞こえています」
僕は、オヤジの影になって見えにくくなったお姉さんがこっそりと全裸にならないかなーと願いつつ、漠然となんか喋ってんなーと思っていた。
「……ふむ。ならば、逆に好都合だな。今の内に話してしまおうか」
「果たして彼がそれを受け入れるでしょうか?」
「とりあえず、報告だけでもしておかねばならん。正確には事後報告になるが、事が事だ。遅いより早い方がいいだろう」
おや? と少しだけ気になった。が、それよりも学園の女子を全員体育館に集めて、一斉に二重縄跳びをする妄想を楽しんでいた。みんな、タンクトップにホットパンツだ。僕は壇上の上で、カウントする。「はい! 1! 2! 3! 4! 5! まだいける! もっと跳べる! もっと激しく!」……全部、
「恍惚とした表情を浮かべているな。いや、こんな状況だからこそ言っておくべきか。
戦隊ヒーロー? 五人組のヒーロー? 五人組ヒロインのコスプレンジャーの動画なら視ました、最近。制服の銀行員さん、音楽教師、CA、スポーツジムのインストラクター、無職。の五人が悪の男優とくんずほぐれつってました。
「そうだろう! さすが男の子だな! 彼ら戦隊ヒーローは実在する。私はそれを発見したんだ。なぜか? その気持ちはわかる。だが、物事は順序立てて考えなければならない。逆に言えば、順序立てればバカでもわかる話だ。まず、君は戦隊ヒーローをテレビで観ていて、違和感を感じたことはなかったか?
ないはずはない。言葉にできなくても、はるか無意識の内に、誰もが考えうることだ。それはだな、 事件は必ず戦隊ヒーローの近所で起こる、だ。
いいかね? 人類を上回る冷酷な頭脳と圧倒的な力を持つ、悪の組織がなぜ、国会議事堂や首相官邸を乗っ取らん? 日本だけじゃない。なぜ、ホワイトハウスやバッキンガム宮殿を占拠せん? なぜ、幼稚園なのだ? なぜ、魚屋の大将を誘拐する?
私には、連中に世界を征服するつもりさえないように見える。じゃなきゃ、人類を上回る科学技術など開発できん。もしくは、ケタ違いに頭が良過ぎるために、我々にはその行動が理解できないだけのかもしれん。
だがな、こう考えてみることはできないか? 悪の組織は戦隊ヒーローの傍におれずにはいられない。
つまりだ。戦隊ヒーローの存在こそが、悪を引き寄せるのだ! 戦隊ヒーローがいるからこそ、その近辺でしか悪事ができないのだ!」
ここで、ようやく僕の意識は醒めてくる。だんだんと冷静になって、猫を抱っこしながら顔を真っ赤にさせるオヤジを胡散臭えと思い始める。
「……あの、僕、もういっすか?」
「わかるかね? わかるだろう! その先の必然の仮定を! そう、数学の証明で学ぶ仮定法のことだ。I wish I were a bird! もし戦隊ヒーローがいなかったらどうなると思う?
悪の組織はいなくなる? いや、違う。この世界を見たまえ! 汚職政治家に銭ゲバ社長、クレイジー自営業者、悪徳タクシー運転手、態度の悪いコンビニ店員にぼったくりスナックのママ! 詐欺窃盗暴行強盗監禁殺人死体遺棄、テロ暴動紛争戦争核戦争、観たまえ! 世界は狂気に溢れている!」
隣で保健のお姉さんが頷いている。うん、あんたらも大概ですよ。
「この世界には戦隊ヒーローが必要なのだ! 今こそ戦隊ヒーローが必要なのだ! 悪を斃すため? 否ァッ! 悪を掻き集めるため、誘き寄せるため、吸い付けるためにも、戦隊ヒーローが必要なのだ! 悪を戦隊ヒーローの周りに引きつけることで、世界の平和は保たれるのだ! そのためなら町一個の犠牲は厭わない。なぜなら、その町の平和は戦隊ヒーローによって守られるからだ。
世界の悪は戦隊ヒーローによって一つの町に集合し、その町も戦隊ヒーローによって守られる。すなわち、今の世こそ、戦隊ヒーローは必要なのだ! 崇高なる平和のために!」
ドン引くとは、こういう現場に居合わせることだ。いよいよ、やべえ。と僕は上体をあげようとする。ちょうどオヤジが背を向けている。逃げる準備だ。お巡りさんにお願いする準備だ。全力疾走する準備だ。
が、するん、と急に全身から力が抜ける。さっきまでとは違う、強烈な脱力感だ。
「
僕はそのとき強烈で最悪な胸騒ぎを感じた。
間違いない。
次の言葉で、絶対に僕は絶望する。
それが嘘か真かは関係ない。僕はきっとそれを受け入れざるをえない。おかしな言葉だが、確定的な予感だった。
オヤジはゆっくりと振り返る。猫を抱いたそのシルエットは不気味さを通り越していた。最早、アンタが悪の親玉だ。
オヤジは僕に宣告する。残酷で無慈悲で、かつ微妙な宣告を。
「
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