第4話 困惑の黄色

 僕は自分が今いる場所を理解している。状況もわかっている。それでも、テンプレートと言えども、訊かざるをえなかった。否、口が勝手に動いていた。


「……ここは、どこですか?」


 答えはわかっているのだ。僕がいるのは病院で、どうやら手術を受けたらしい。校長先生は学園の責任者として、保健の先生は緊急の付添で駆けつけたのだ。両親はきっと僕の入院の手続きとかお医者さんの容態説明とかで、たまたま病室から離れているだけだ。


 全部、外れたんだけどね。


「安心したまえ。ここは我が校の保健室だよ」


「……え!? 病院じゃないんすか!?」


 僕は慌てて辺りを見渡す。そう言えば、病院にしては、静かだ。ベッドも小さいし、看護士さんの姿も見当たらない。


「まあね、いくら、公道とは言え、我が校の前で交通事故とか世間体が、ほら、いろいろあるだろ?」


 何言ってんだ、このオヤジ!?


「心配しなくてもいい。君は内臓破裂に頭蓋骨骨折、全身打撲と極めて重体だった。それこそ命を落としていてもおかしくなかった。状況は深刻だった」


 僕は両手の平を見つめる。何ともない。指だって自由に動かせられる。もちろん、足だってそうだ。何言ってんだ、このオヤジ?


「あの、校長先生ですよね? ひ、ひょっとして僕のことをからかっています? 冗談ですよね? 僕、何ともないですよ?」


「そう思うのも無理はなかろう。だが、君が事故に遭ったのは紛れもない事実だ。……これを見たまえ。事故直後の君の姿だ。保健室に運ばれる前に私が撮っておいた」


 校長がタブレットで表示させた画像は、確かに僕だ。お気に入りのリュックにスニーカー、血と泥にまみれている。ずたずたでぼろぼろの制服。何よりも担架に乗せられた、言葉にできないくらいグロ画像と化した身体。気持ちの悪い白目に、虚空に開かれた口。どう見ても僕だった。


 僕は当惑のあまり、言葉が見つからない。なぜ、これで僕が生きているのか。なぜ、これで僕は助かったのか。ただそれだけの簡単な言葉なはずなのに。


「君はついていたんだ。ラッキーだった。何せ、我が校にはスーパードクターがいるんだよ、死者さえも生き返らたという伝説の」


 保健の先生が、赤い縁眼鏡を人差し指で押し上げた。自慢気に。


「校長先生に感謝しなさい。この学園に偶然にも私が居合わせたことを幸運に思いなさい。医学界の奇跡と讃えられている私の手ゴッド・ハンドじゃなければ、貴方は死んでいた。いや、むしろ死んでいる。


 え、保健のお姉さんが手術したんすか!? 病院の救急外来とかじゃなくて!? 救急車とかじゃなくて!? ええ!? はあ!?


「驚くのも無理はない。しかし、もう大丈夫だ。彼女の腕前は世界一といっても過言ではない。……もっともそれに釣り合うだけの報酬が必要だったが、こちらは私が立て替えた。腹に背は変えられん」


「何しろ無免許医ですので」


「謙遜は君らしくない。報酬こそは君の技術を物語っている」


「ネットで勉強しただけですので」


「うむ。いろいろ派手にやらかした噂は聞いている」


「警察から捕まりますので」


「無免許だからな」


 ちょっと待って! お願い、待って! 何言ってるのか、マジでわからない! い、一体全体、何が起きているんだ!? お願いです! お願いですから教えてください!


「い、いかん! また興奮してきたようだ!」


「いけませんね。■■■■■ダメ。ゼッタイ。を打ちましょう」


「何だね、それは?」


「気分がすっきりする薬です。麻薬と言います」


 イヤァ!! ダメ!! やめて!! と抵抗する間もなく、僕の意識はしぼんでいく。


「あ、そうそう、猫ちゃんは無事だよ。君のおかげだ。ありがとう」


 猫を抱きかかえるオヤジを尻目に僕は辛うじて思った。


 何言ってんだ、このオヤジ!?

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