探索開始
あの後メイドのマチルデに朝食の支度ができたと呼ばれ、アランとコーネリアは食堂へと向かった。重厚な木で作られた扉が開かれると、その向こうには五人分の朝食が整えられた長机があった。シャルルとシャルロットは既に食卓に腰掛けている。ロータスとまた何やら話し込んでいたラシードはアランとコーネリアを一瞥すると、会話を切り上げて席に着いた。アランとコーネリアもそれに倣って席に着く。
「本日はラシード様に、グリーゼ区内の視察をお願いしております。して、アラン様。ラシード様が貴方に同行を、と仰っておられますが。」
「別任務ではあるが、向かう先は同じだろう。どうだ。」
「承りました。」
アランは表情を変えることなく、軽く頭を下げて承諾の意を示す。おそらくラシードの気遣いなのだろう。本来、アランは首都に住んでいるのだから、研修以外で辺境に赴くことは滅多にない、とは本人の談だが、彼らの様子を見るにアランはラシードにすら目的を話してはいないらしい。
それはそうと、アランとラシード、二人とも仕事のためにここに来ているのだから当たり前なのだが、完全に仕事の空気だ。部外者は入れないね、それにしても腹減ったな、と思いながら、コーネリアは机の上のカトラリーを眺めた。ちなみに彼女には、何本もあるスプーンの使い方は分からない。
「それでは、よろしくお願いいたします。」
「よろしくたのむぞ、アルファードきょう!…と、えっと…。」
「クラウフォードきょう。」
「そう、クラウフォードきょう!」
そう答えた双子は、長いテーブルの奥の方に向かいあって座っていた。そしてシャルルの後ろには家令のロータス、シャルロットの後ろにはメイドのマチルデが控えている。貴族の子息と令嬢なのだから座る位置は正しいのだが、一番の上席がぽっかりと空いているのがコーネリアは気になった。そうと決めつけるのは早いかもしれないが、今のところこの屋敷には使用人はいても大人がいない。その姿の見えない大人が座る席があの場所なのだろうか。
「それでは、本日も一日、神龍様のお恵みと光に感謝を。」
朝食後、ひとまず集合した騎士たちと旅人。古めかしい屋敷の門の前 で、ひとまずコーネリアはアランとラシードの出勤を見送る形を取った。
「ラシードさん、ありがとう!助かったよ。」
「物はついでだ。どちらにせよ、区内は見て回る気だったのだろう?」
「うん。結構足頼りの任務だからね。」
にっかりと笑ってラシードに礼を言うアランを、コーネリアがちょいちょいと手招きする。ごめんちょっと待ってて、とラシードに一言断ったアランは、小走りにコーネリアの元へ駆け寄るとその耳をコーネリアの口元に寄せた。人気のある場所では、彼女らの話はほとんどこの形で行われる。同行者がいる旅にもだいぶ慣れてきたな、とアランは他人事のように思うのだった。
「そんじゃ、あたしは屋敷の中から探るとするよ。」
「シャルル様の本、気になるの?」
「まあね。あたしは読めるか怪しいけど、お貴族サマなら子供でも読めるでしょ。」
本当はそれよりも気になるものがあったが、コーネリアは曖昧に頷いた。あの書庫の存在を秘密にしておくべきなのか、それともアランに打ち明けるべきなのか、迷わないわけではなかった。だが互いに、特に隠し事は無しと契りを交わしたわけでもないのだから、別に構わないだろう。未だ憶測の域を出ない話でもあるのだから。
「じゃ、コーネリアは中から、俺は外から。よろしくね。」
「任しときな。」
二人がそれぞれ単独で行動することは、今までの旅の中ではほとんどなかった。だが幻惑の森でのミステリーを潜り抜けてきた二人の間には、絆と言うには世俗っぽすぎる繋がり――有り体に言ってしまえば、一種の信頼があった。だからこそ、この時点では、互いに互いを心配することはひとまず無かったのだ。
「アラン、そろそろ行くぞ。」
「はーーい!じゃ、俺行くね。」
「あいよ、行ってらっしゃい。」
ラシードの声がかかり、アランはコーネリアに背を向けて小走りに駆けていった。ゆるゆると手を振りながら、コーネリアはその広い背中を見送る。ラシードに追いついたアランは、大きく手を振ってこちらに笑いかけていた。
「ったく、朝から元気だねぇ……。」
それを見たコーネリアは、珍しく皮肉っぽくなく、そう呟いたのだった。
暁の龍 さらねずみ @saranezumi
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