朝の日課
心地よい疲労感に包まれて、コーネリアは目を覚ました。体を起こして息を吸い込むと、しんと冷えた空気が肺を満たす。隣を見ると、いつもの通りアランは先に起きているようだった。きっちり畳まれた彼女の寝間着が、その存在を示している。
寝間着から着替え、いつもの旅の装いをしながら、コーネリアはぼんやりと考え込んでいた。秘密の通路、隠し書庫、そして謎の少女ーー果たして、あれは夢だったのかと。だがブーツの爪先に付いた傷が、昨日の出来事が現実だと物語ってくる。そして、昨日書庫から借りだした絵本も。煉瓦の向こうのロマンが現実になったなら、好奇心に従ってとことん突き詰めてみるべきだ。そう。彼女は思った。
そこまで考えたところで、控えめなノックの音で思考が現実に引き戻される。あいよ、と声をかけると、ドアが開いてアランが入ってきた。
「おはようコーネリア、起きてたんだ?」
「まあね。相変わらず毎朝飽きないもんだねあんたも。」
「俺のこれは趣味と実益を兼ねてるからね。」
秋の早朝、肌寒くなってくる頃合いだというのに、現れたアランはタンクトップ一枚である。何かをやりきったような顔をしているのは、今朝の腹筋と腕立て伏せのノルマを達成したからだ。服装のことを言えばきっと、お腹出してるコーネリアには言われたくないよ、と返ってくることだろう。
「そういえばコーネリア、昨日戻ってくるの遅かったね。ロッタ様と遊んでたの?」
「まあそんな感じ。ってかあんた起きてたのかい。」
「これでも一応騎士だから。」
人の気配がするのに寝てたら騎士としてどうかってなっちゃうからね、と続けて、アランはいつもの隊服を身につけていく。相変わらずいやに真面目だね、と茶化して、コーネリアは絵本を手持ち無沙汰に眺めた。
「それじゃいつもの情報交換、ご飯の前に済ませちゃおっか。」
「あいよ。」
幻惑の森での窮地を共に切り抜けてからというもの、アランとコーネリアは協力者以上、友人未満のような関係で同じ船に乗っているというのは双方の理解しているところである。幻惑の森で、決まって朝に今知り得ている情報を整理していたことが習慣化し、現在ではどちらともなく朝の支度が整った時点で情報交換を申し出るようになっていた。今回はこの区に来てから初めての情報交換だ。旅の初めから使っていて少々使い込んだ風合いが出てきた手帳に、アランが情報をまとめ始める。
「えーっと、俺からはお屋敷について。お屋敷自体はかなり古いから、資料がどこかに保管されている可能性が高いと思うよ。ロッタ様が書庫があるって言ってたし、今日ロータスさんに聞いてみるつもり。」
「そういやあのガキんちょそんなこと言ってたな。あたしからはほら、これ。」
「『くにのはじまり』…これって、神話の絵本?」
「ガキんちょが昨日読んで読んでってうるっさくてね。『明日返しに来てね!』って押しつけられちまったんだよ。」
「あはは、なんだかロッタ様に懐かれてるね。中身は建国神話?」
「ガキでも分かるように色々端折った感じだったね。細かいのはやっぱ、もう一人が持ってた方にあるかな。」
「シャルル様のことも名前で呼びなよ、知ってるでしょ。」
「あたしは人の名前覚えるの苦手なんでね。」
二人の出した情報を簡潔にまとめ、アランは手帳を閉じる。朝食の準備が整いましたらお呼びいたします、と部屋に戻る途中にメイドに言われたアランだったが、まだ時間はこないらしい。空腹を訴え始めた胃袋を宥めながら、アランはコーネリアに別の話題を振った。
「そういえばコーネリア、昨日ラシードさんと話したの?」
「なんであんたが知ってんだい。」
「ラシードさん、いつもここに泊めてもらう代わりにお屋敷の見回りしてるんだって。そうしたらコーネリアに会ったから俺に聞いてきたみたい。」
「なるほどねぇ。ま、ぶらぶらしてたら会ったから立ち話した程度だよ。」
「そう?なんだかラシードさん、浮かない顔してたから気になっちゃって。」
「あのお人はいつも気難しい顔してるじゃないか。」
「それもそうなんだけどさ…。」
アランは苦笑しながら言うが、一般人相手にあの顔はなかなかに威圧的なのではないか、とコーネリアは思った。未だ来ない朝食の合図が来るまで、二人は友人同士のような他愛もない話を繰り返した。
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