招かれざる来客

「あれ、コーネリア?こんなとこで何してるの?」

「は!?あんたこんなとこで何して……。」


 互いを認めたと同時に、ほぼ同じタイミングで声を発した二人。やっとコーネリアを見つけたロッタはぱっと笑顔になってコーネリアに駆け寄る。まずい、とコーネリアは唇を噛んだ。この屋敷の人間についてこられてしまっては、屋敷のことを調べるだのと言っている場合ではなくなってしまう。なぜか自分はロッタには懐かれているようだが、怪しい動きをすれば、場合によっては何らかの疑いもかけられかねない。なんと言ったってここには騎士がいるのだ、しかも二人も。


「いやあんた、寝たんじゃなかったのかい。マ…マテ…名前なんだっけ、メイドに怒られんじゃないの。」

「なにそのお茶みたいなの…マチルデのこと?トイレ行こうとおもっておきたら、コーネリアとラシードのこえがして…コーネリアがぜんぜんおへやにもどらないから気になってついてきちゃった!」

「は~~~~……ったく、ガキに後着けられるなんてな…。」

「それよりコーネリア、すごいね!ここどうやって見つけたの?それにこのおねえさんだぁれ?とってもびじんだね!コーネリアのともだち?」


 コーネリアは手のひらで両目を覆いながら長い長いため息をこぼした。ここ一月の同行者がいる旅のせいで、自分は性格だけでなく感覚も鈍らになってしまったらしい。そんな二人の会話をにこにこと見守っていた泉の少女は、微笑みながら口を開く。未だロッタの質問責めに遭っていたコーネリアは、助かった、とこっそりと胸をなで下ろした。


「あら、また小さなお客様ね。あなたのお名前は?」

「わたしはシャルロット!ロッタって呼んで!おねえさんはコーネリアのおともだち?」

「私はシャルよ、よろしくねロッタちゃん。コーネリアちゃんとはついさっきお友達になったのよ。」

「ちょっと待ちな、あたしは友達になった覚えは…。」

「わたしと名前がそっくりだ!よろしく、シャル!」


 深夜にも関わらず元気いっぱいのロッタは、友達が増えて嬉しいらしくはしゃいだ声を上げた。その間に気持ちを立て直したコーネリアは、先程ロッタが勢い余って倒した本棚も立て直そうと苦心していた。重厚な木材で作られたコーネリアよりも背の高い本棚は、とてもじゃないが彼女一人で起こすことは出来ない。悪戦苦闘していると、ひとしきりはしゃぎ終わったロッタが「そうだ、たおしちゃったんだった」と言いながらひょい、と本棚を立てた。いとも容易く行われた行為にコーネリアが嘘だろ、という顔をしてしまったのは致し方ないだろう。

 本棚を動かして舞った埃を浴び、たまにくしゃみをしながら、二人は床に散らばった本を片づけにかかった。この本棚には薄い本や冊子が多く入っていたようで、見た目に反して冊数が多い。コーネリアが本の埃を払いながら適当に数冊ずつまとめて本棚に入れていると、またロッタの元気な声に作業を遮られた。


「はっくしゅん!わ~、なつかしいなぁ!これ小さいころによんでた本だ!」

「絵本かい。そんな古いもんよく残してあったね。」

「うちのしょこは、うちにかんけい?する本はぜんぶのこしておくんだって。シャルはもしかして、としょかんのおねえさんみたいな人なの?」

「司書さんのことかしら?そうね、当たっているかも。私はずっとここにいるから。」


 シャルとロッタのお喋りを聞き流しながら、コーネリアは先程ロッタが持っていた絵本を眺めた。表紙には色あせた字で『くにのはじまり』と書かれており、その下には見覚えのある大きな樹が添えられていた。これと同じような装丁の本を自分はつい最近見たことがある。シャルルが大事そうに持っていたあの本だ。おそらくこの本は、建国神話を子供用に分かりやすく端折ったものだろう。となるとシャルルが持っていた方は原本か。情報収集に要り用だとすれば原本のほうだが、ロッタはともかくシャルルが本を貸し出してくれるとは思えなかった。となれば、この図書館のどこかにあるかもしれない情報を探す方が現実的か。


「コーネリア、それよみたいの?」

「ちょいとこれ系の本が仕事で要り用でね、あたしらが泊まってる間貸してくれるかい?」

「いいよ!いいよね、シャル?」

「構わないわよ。お仕事は絵本作家さんか何かなの?コーネリアちゃん。」

「あたしのツラでんなことしてるように見えるかい。」

「人は見かけによらないってよく言うじゃない。」


 くすくすと笑うシャルはさておき、本の貸し出しを快諾してもらえたのは助かった。時折雑談しながら、床に散らばった本を棚に戻し終わると、遠くから柱時計の音がかすかに聞こえた。鈍色の音が指していたのは午前二時。少し屋敷内を見て回るつもりが、かなり時間が経っていたようだ。そろそろ戻っておかなければと思い、コーネリアは膝を払って立ち上がった。


「行くよガキんちょ。」

「えっ、もう帰っちゃうの?」

「いや何あんたは残るみたいな顔してんだ。あんたもおねんねの時間だよ。」

「えーー!!やだーー!!」

「やだもでももあるか。メイドにバレておやつ抜きになってもいいのかい。」

「うっ……。」


 おやつを引き合いに出すのは卑怯かもしれないが、子供にはよく効く手だ。ロッタはまるで酸っぱい木の実を食ベたかのような顔をしながらしぶしぶ重い腰を上げた。コーネリアはシャルの方へと振り返り、挨拶をするように片手を上げる。


「邪魔したね、それじゃ。」

「二人ともおやすみなさい。またいらしてね。階段は暗いから、ろうそくを持って行くといいわよ。」

「またね、シャル!こんどはいっぱいお話しようね!」


 未だに不満そうなロッタもシャルへ挨拶し、この空間の入口へと歩を進める。帰りの長い長い螺旋階段を思いながら、ろうそく立てを持ったコーネリアは小さくため息をついた。

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