第6話 答え合わせ
最初は彼女の小説を読ましてもらうばかりだった。
が、いつの頃からか。正確にはあの出会いをしてから、丁度一年が経とうとした頃から。ご飯の対価として彼女の書いた小説を読ましてもらっている。
その最新作のタイトルが、まさかこれとはな。
俺に本を渡して満足した猫が、デニムのソファーの上に器用に座りこちらを観察するように見つめている。
すべてを見透かすその瞳に耐えきれず、俺は身体ごと猫の前から離れた。
食器を片付け終わっていないダイニングに戻り、ベッドの縁にもたれるように座り込む。片付けは後だ。今はこいつを読むのが先。
ダイニングに続く廊下から、猫の足音が響いてくる。猫が視界に現れる前に俺は物語の中へ入っていった。
「……お……よ。……ち…………さいよ! 起きてってば!」
ぼんやりとした視界に人影が浮かび、眠気が晴れていく。
変な体勢で寝ていたせいか、身体の節々が痛い。その上その人影が身体を揺らすもんだから、余計痛い。痛みも相まって、意識がしゃんとする。
そこには、
「未希帆、元に戻ったのか」
「はぁ? まだ寝ぼけてんの?
「だってお前さっきまで、猫だっただろ?」
「人間が猫になるわけないじゃない。まったく、少しは現実見なさいよね」
全くの正論だ。とは言え、さっきまでの事もあり俺も反論する。
「こちとら、メッセージ読んだし、ご飯一緒に食べたし、この本貸してもらったりしたんだぞ」
「メッセージって何よ? 私来いとは言ったけど、後は急いで出ちゃったから何も送ってないはずよ」
「ほらこれ、」
ずっと持っていた未希帆のスマフォを取り出し、例の画面を見せる。
「ここに『私猫』って書いてあるだろ」
「あぁ、それの事ね。『私猫預かってきちゃったから、今日の間一緒にいてね』って打とうとしたんだけど、時間なくっていいや! って投げっぱなしにしてたの」
猫を、預かって来た……?
「じゃあ今その猫はどこにいるんだよ?」
「さっき帰ったわよ。あの子お隣さんちの猫なんだけどね。丁度私が出かけるときにお隣さんが預けに来たの」
「……お前どこ行ってたんだよ」
猫預かる立場のお前が。
「その本の完成パーティーよ。企画の段階から映画になる事決まってたから、今回はその予告も兼ねてね。本当は永一も一緒にパーティーにと思って家に呼んだんだけど、編集さんのアシスタントの子が『そんなんじゃ示しがつきません』とか言って怒ってくるし、猫は預かっちゃうしで。永一には悪いけど、どうせ猫見たらほっとけないだろうと思って」
ごめんね。
昔と変わらない悪戯っ子っぽい笑みを浮かべた彼女に、起こる気力も失せる。そんな顔されたら怒るこっちが馬鹿みたいだ。
「……分かったよ。今度からはちゃんと連絡しろよ。あと、携帯は携帯しとけ。それにいくら急いでたって言ったって鍵ぐらい閉めて行けよ。不用心過ぎんだよ」
手に持ったままだった本を机に置き、俺は立ち上がる。
「永一」
顔を見なくてもわかる、不安そうな声で未希帆が俺の名前を呼ぶ。そんな声が聞きたいわけじゃない。
「ご飯」
「へっ?」
「ご飯作るけど、お腹空いてる? 今回は先に読ましてもらったけど、約束は約束だからな」
「うん! 待ってる!」
現金なまでの変わりように思わず笑ってしまう。
そう、彼女は猫だ。わがままで気分屋。おまけに自由気ままで、掴みどころがない。それでも俺は彼女を放っておけない。
俺は、猫を放ってはおけないのだから。
猫は放ってはおけません 瀬塩屋 螢 @AMAHOSIAME0731
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