第3話業務
吉岡は業務であるカフェで毎日のように来る常連のお爺さんの相手をしていた。
店内はそこまで広くないが、白い壁と大きなガラス窓により外が見えるため広く感じる。
欲しい飲み物は入口の機械で注文をし、自分で席まで運んでいく昔ながらのシステムだ。
このカフェに来る客層はご老人が多いために紙幣や硬貨でのやり取りもしている。
現在、紙幣や硬貨もあるものの、電子通貨が非常に普及しており、若い世代は紙幣や硬貨を持ち歩かない。
個人番号と同じく自身の登録された電子通帳のようなものがあり、その電子通貨でやり取りをしている。
この電子通貨は何もしなくても国民全員毎月一定の収入がある。
それ以外にも個人の信頼ランクがあり、信頼度の高い人間はそれだけ毎月入ってくる金額も少しずつ増える。
この信頼ランクだが、例えば何かの支払いを遅延したり、返却規定の違反をしたりとルールを守らない行為を行った場合はペナルティとして下がる。
つまり真面目に生きる事でランクは上がっていく。
もちろんその電子通貨は紙幣や硬貨にトレードすることも可能である。
こうして仕事がなくなった現代で人はあり余った時間を悪事を働くことなく安心して暮らせる社会システムを築き上げた。
しかしこのシステムの中にはAIを悪用するという潜在的な意識を薄れさせる思惑が一番強いと吉岡は思っている。
吉岡「ジョーさん、こんにちは」
いつも一番奥の窓際に座っている70代の男性に吉岡は話しかけた。
ジョー「よぉ、今日も働いてるのか。全く頭がさがるねぇ」
吉岡「働くというほどの事してませんけどね。ただ人と話すのが好きなだけなんですよ」
ジョー「はは、知ってるよ。俺もそうだ。ここに来る連中はわざわざ家から出向いて人と顔合わせて話したいっつー奴ばかりだろーな」
吉岡は1年ほど前にこの店を見つけた。
今、外食産業はほぼ無人状態の場所が多い。
一部の"人がいる事を売りにしている店"以外のファーストフードや軽食屋、喫茶店などはほぼ無人であり、店員がいても1人だけで時々機械のメンテナンスをしに30分程度いるだけだ。
信頼ランクシステムにより悪意を働く者も少なく、無人状態でもやっていけてしまう。
そんな中、ここのカフェは珍しく店長がおり、1人で経営していた。
ほとんど機械でやっているものの、昔ながらの常連と会話するのが生きがいだそうだ。
吉岡はたまたまこのカフェに入り、他の店とは違った魅力を感じた。
気づいたら働きたいと言っており、翌週から働かせてもらえる事になった。
ジョー「お前さんくらいの頃、俺もカフェで働いていた事があったんだ。今とはずいぶん違うがね」
吉岡「え、そーなんですか。初耳ですねそれ」
ジョー「ああ、話したことなかったよな。チェーン店だったが同い年くらいの連中がたくさんいてな、業務が終わった後に皆で売れ残ったケーキやサンドイッチを隠れて食べたなぁ」
吉岡「今だと信頼度に影響しそうですね」
吉岡は笑いながら自分のコーヒーを手に取り、一口啜った。
ジョー「あぁ、だいぶ変わっちまったな。平和になったしいい事も多い。しかし少し堅苦しい感じもあるがな」
ジョーと呼ばれる老人は少し寂しそうな目をしてお気に入りのアメリカンコーヒーに砂糖を入れ始める。
吉岡「いつも昔のゲームの話とかそんなのが多いのに、今日はやけに真面目ですね」
ジョー「あんまりこういう話したことなかったなーってな、まぁ俺もこんな歳だからたまには真面目な話を若いやつにしたい時もあるさ」
老人はニコッと笑いながらはにかんだ。
ジョー「今朝ニュースで見たが、どこぞのAIが大発見したんだろ。人口削減プログラムだっけ?」
吉岡「あ、それ見ました。エストニアのAIの話ですね。どーなんでしょうね」
ジョー「まぁ、俺たちの頭じゃ理解できない計算をしているんだろうが。今どこでもAI、AI、AIだ。すべてが変わっちまった。あんなもんに頼りすぎるとロクなことがなさそうだがな」
吉岡「使い方次第って感じですよね。生まれた時からAIがあるので自分の中では普通って感じです」
ジョー「そーだよな。俺は思うんだが、アレはもう道具でもねぇ、化け物だ。色んなものの調査や検査に使っているうちはよかったが、あの事件以来そう見れなくなった」
吉岡「13年前の事件ですか」
ジョー「あぁ、まぁ俺はエンジニアでもなんでもねぇから詳しくは知らねぇが、昔から力を持った奴ってのは独裁をしたり他人を操ったりする事が多いんだ、お前も気をつけろ。テクノロジーをこちらが使っているつもりでも使われている立場に変わる事だってある」
吉岡「はい…そうですね」
吉岡は話の意味をよく理解できなかった。
二人の会話に少しの間、沈黙が起きた。
その時カフェの入り口が開く音がした。
吉岡「いらっしゃいませ、そちらでドリンクの購入をお願いしま…」
そこに立っていたのは先ほど公園で出会った女の子だった。
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