第2話決められた出会い

吉岡は自転車にまたがると晴れた空の下、暖かい風を受けながら出かけた。

時刻はAM10:00

職場までは自転車で20分程度だ。

業務の時間まではだいぶ早いが、いつもこの時間に出ている。

彼の習慣でもある、ある場所へ向かっていた。


道中は桜の花が咲いており、新生活の始まりを感じさせてくれる。

風が吹くたびに匂うほのかな甘い花の香りに心が優しくなった。

吉岡は春が好きだった。

気温もちょうどよく、新生活の始まりを思わせ、心を心機一転してくれる。

父や母が若い頃は花粉症というものがひどかったようだが、それももう随分前に無くなった。人体がアレルゲンに対して極度に反応しないようにする薬の発明や、ゲノム編集で花粉の出ないスギなどを作ったと、過去にニュースで見たことがあった。

この新薬のおかげでアレルギー性の病気はほとんどなくなったと言える。


植物もそうだが、今日本でも人間のゲノム編集、つまりデザイナーベイビーが民間でも広く知れ渡っている。

これにより人工的に遺伝子情報を操作し、あらかじめ本人がもっている病気のリスクを無くすことができるだけでなく、知能が高くなるようにも身体能力が高くなるようにも操作することができる。

倫理の問題で10年ほど前まで禁止されてきたが、諸外国のデザイナーベイビーブームもあり、日本でも認可されることになった。

問題として考えられたのがデザイナーベイビーとそうでない子たちの隔たりである。

人工的に能力を上げられた子とそうでない子では格差が生まれてしまうのではないか。そう考え、行政は実験的にデザイナーベイビーとそうでない一般の子を混ぜた小学校で生活をさせてみた。

しかし特に目立った問題は見当たらないという結果が出ている。

要因としては現在の社会では勉学はそこまで必要なく、知りたい情報などは脳に直接情報をアップデートするか、機器で情報を即座にデータベース上から入手できるからだ。個人の能力の差などあまり意味の無いものだと判明し、そのため格差は生まれなかった。


吉岡は公園についた。

業務の日は必ず早くこの公園のベンチに座り、音楽を聴きながら周りの風景を見る。

公園は一面綺麗な芝生で、奥には木々も生い茂っている。ちょっとした池もあり、そこには魚も泳いでいる。

ベンチに座り、遠くの方に目をやった。

お年寄りが健康のために歩いている横で、転んでも支えられるようにとロボットが付いて回っている。

遊具の周りでは子供たちがはしゃいでいる。

遊具の素材は変わっても、形は昔から一切変化していない。

吉岡は腕時計型のデバイスをいじり、音楽をかけた。

ワイヤレスで耳についているピアスのようなものから自分にだけ音楽が聞こえる。

お気に入りの落ち着く音楽をかけながら深呼吸をした。


「すーーーーー、、、はぁ・・・気持ちいいなー」

背筋を伸ばし手を上に高くあげた。

腰を回し腕を振ったり体をほぐした。

その時、何かに手が触れた。


「あ、すみません!」

吉岡は思わず声をあげた。


そこにいたのは女の子だった。

肩ほどあるセミロングの黒髪、大きな瞳、白い肌は運動中のためか汗でキラキラ輝いている。

相手も驚いたのか目を真ん丸にしてこちらを見ていた。

吉岡はその瞳に吸い込まれそうだった。

年齢はおそらく自分より少し下くらい。まさに今ジョギングしてますというような白いウィンドブレーカースタイルだった。

一瞬で心を奪われた。


「あ、いえ。こちらこそすみません。大丈夫です」

女の子はそういうと颯爽と走っていった。


吉岡はドキドキしていた。

自分でもよくわからないが、これが一目惚れという奴なのだろうか。

人生で初めての経験だ。

色々な感情が頭の中をぐるぐる巡っている。

ベンチを座ったり立ったりし、傍から見れば不審者である。


しかしこれが二人にとって、人類にとって運命の出会いだった。

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