第14話


2日後、漸く武甲への手紙の束が集まると、潤伍はある決意を固めて休憩所を目指す。

晴天が邪魔して到着は翌々日の夕方になった。

潤伍は村内に会って驚いた。

たった半年足らずで随分痩せてしまっていたからだ。


「郵便屋…無事に一周してきたか」


村内はベッドに横たわっていた。店には上野と大地が居たのでハギはそちらに任せて、潤伍は村内の寝室で話をする。


「…村内さん……癌なのか…?」

「多分な。…痛みが大してないから、膵臓すいぞうかもしれん」

「…アンタ…解ってたな。自分が長くない事。だから大地を離しておきたかったのか」


多分、潤伍が現れる前から自覚があったのだろう。だから大地を誰かに託したかった。

潤伍は漸く老人の真意を掴んだ。


「ヤメた」


村内は潤伍の言葉に落ち窪んだ目を見開いた。


「俺は今日、大地を旅の第一段階として武甲ヘ連れて行こうと思ってた。此処からなら近いし、慣れるために近場からって思って」

「そ、それじゃあ」

「でもヤメだ」


村内は次の言葉を待った。


「…俺は大切な人達を失った。…その死に目に立ち会えなかった。俺はいつも一足遅かった…」

「…………」

「大地にも同じ目に合わせるつもりか。それはいつ迄もしこりが残る。アンタは逃げてるだけだ」

「…大地を辛い目に合わせたくなかった。自分がこの世でたった1人なんだと絶望するんじゃないかと…それが怖かった…」


村内の気持ちも痛いほど理解できた。潤伍自身も絶望を味わった。今が在るのはハギのおかげかもしれない。


「大地はそんなに弱い子か?1人で逃げても遺された者には悲しみしかないぞ」

「まだ11だぞ!孫の未来が心配なんだ…。あの2人は良い奴らだが賊だ」


潤伍は老人の興奮を収める為にひと呼吸おいた。


「大地は任せろ。街に定住させるか旅に連れて行くかはまだ決めてないが、アンタが逝った後は俺が責任を持って預かろう。…でもそれは今では無い。一緒に乗り越える事こそが大地の為だ」


村内はゆっくりと身体を起こすと、ベッド際のテーブルに置かれた水を一口、口内を潤した。


「大地の両親は小さい会社で共働きしててなぁ。アレが起こったときに運悪く飛行機の墜落で会社ごと…。大地にはわししか居ないんだ」

「人は1人では生きていけない…。でも、絆を作っていくことは出来る。アンタも大地も1人じゃない」

「…お前さん…以前とは変わったな」


自身の変化を潤伍も感じていたが、不快感は無かった。

ポストマンとしての旅を始めてから出会った人々が、短くとも自問の時間を潤伍に与えた。

現実から逃げるように1人を選んで生きてきた潤伍は、それでも1人じゃなかった。

ハギは夏との絆の証でしかないと思っていたが違ってた。

人は誰かの支えや役に立つことで、生き、そして生かされていた。

全ての生き物は繋がっていて、それを受け入れると生きる喜びが出来る。

旅のキッカケは緑の蓋のまたたび粉だった。でも、それはただの理由でしかなかった。

潤伍はハギの為に動いていただけに過ぎなかった。それが喜びで[生きること]だった。

そしてそれは皆も同じ。誰かを想い、誰かの為に…。

それは顔も知らない誰かかも知れない。店を開く者も牛を育てる者も、潤伍の服を洋裁する者、畑を耕す者。

それも皆が繋がっている証拠である。

どんな世の中であっても、それは確実にあるそこに在る繋がり、絆であった。

今の潤伍には感覚でしか無いかな気持ちは、村内に伝わっただろうか。


「お前さんに改めて頼みたい。大地を宜しく頼む」

「分かった。でも残りの時間、大地としっかり話をすることだ」


老人はしっかりと目を伏せて頭を下げた。

扉の外で鼻をすする音が聞こえた後、ゆっくりと寝室の扉が開く。

潤伍の茶を用意した大地だった。


「聞いてたのか?」


村内はあからさまに慌てて問うた。

少年は気不味そうだったが、不意に顔を上げた。その眼は涙で赤く腫れ上がっている。


「お爺ちゃん…死んじゃうの?…だってただの風邪だって…」


場を外そうとした潤伍の腕を老人の痩せた手が掴んだ。


「大地…スマンな。爺は多分もう長くない」

「薬は?なんかないの⁉」


潤伍に縋るその瞳に耐えられず、目を伏せて首を振った。


「お爺ちゃん、ゴメン!俺、お爺ちゃんがそんなに悪いなんて知らなくって!」

「大地、悪いのは爺だ…嘘をついて悪かった」


大地は茶のセットを放り出して老人に抱きついた。


「大地、本当にすまんかった」


潤伍はいたたまれなくなり目頭に熱いものを感じたが、小さく深呼吸して大地の肩に手を置いた。


「大地、今すぐじゃない。ゆっくりとお爺さんと話をしろ。その時が来た時は俺を頼れ」


潤伍はそれだけを告げて寝室を出た。

廊下では上野が涙目で壁を背に立っていた。


「…お前も聞いてたのか」


潤伍は呆れた溜息を吐き、上野と共に階下へと降りていった。


「ふ、2人で脅かそうぜって…。立ち聞きするつもりじゃ…」

「お前らも分かってたんだろ?爺さんが長くない事」

「そりゃあな…あの痩せ方を見れば誰でも癌を疑うよ。でも爺さんが言い張るからよ」

「…今日は本間は居ないのか?」

「基本的には1人づつだ。今週は俺の番なんだ」


潤伍は上野が淹れた茶を挟んで、ダイニングテーブルに座した。


「お前ら、手伝いって言ってるが今後どうするつもりだ?」

「う〜ん…休憩所が無いとお前らもだけど俺らも困るんだよ。でも俺らが後を継ぐかって言われたら…ちょっと考えちまうなぁ」

「俺は大地を預かるつもりだ。大地が自分で考えて将来を決める迄は覚悟してる。もしかしたらその時に休憩所を継ぎたいと言うかも知れない」

「本間や沖本さんとも相談してみるよ。所詮俺らは賊だ。街には入れねぇかもしれねぇけど、ちょっとの時間なら休憩所も良いかもな」

「あぁ、もう少し時間はある。よく相談して決めてくれ」


潤伍はもう1人、しっかりと話をしなければならない人物が居た。

もう一度寝室へと赴く。


「…少しいいか」


少し落ち着いた様子の大地に声をかけると、少年は静かに頷く。


「大地、今はまだお爺さんとの時間を大事にしろ。だが、時間が限られてる事も確かだ。…急いで考えることはないが、逃げることは出来ないのは解るな?」


唇を固く噛んで頷くので、潤伍はまた胸に刺し込みを感じて少年の小さな頭に手を置いた。


「良い子だ。今、お爺さんの前で誓うよ。1人前になる迄お前をしっかりと預かろう」


潤伍にも不安はあった。子供の育て方など知らないし、ましてや自分の子でも無い。

しかし、この旅で変われた自分に少しだけ自身を持とうと思う。

誰しも完全無欠ではない。

間違っても良い。でもそれを無意味にしてはいけない。

この出会いにはきっと意味が在る。

潤伍の旅に意味があったように…。


「俺は一度武甲に戻る。また此処に寄るよ」


大地は潤んだ瞳で、しかし毅然と潤伍を見た。その細い肩をポンと1回叩いて休憩所を後にした。

今日は曇天。移動にはもってこいの天候だが、西から黒く厚い雲が流れてきている。


「雨になるかもな…」


ハギのカッパを点検して傘を真上から少しだけ前輪側に傾けた。


「ハギ、絶対に緑の蓋のまたたび粉を見つけような」


愛想の無いトラ猫は耳だけ潤伍に向けてカゴの中で丸まった。





おわり


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緑の蓋の ハル @ha_ru_

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