透明爆弾は何を思ったのか【2/3】

 身を蝕む毒を傷口から排するため絞りだすようにポツリポツリと起こった出来事を語り始める。

 声は震えて、呼吸は度々荒くなる。冒頭の強がっていた様は話が進むに連れて失われて、その時に彼女が感じた不安が再現されている。

 そんな彼女の傍にいることの出来ない自分が何とも歯がゆくてスマートフォンを握る力が強くなった。


 有希の話は有希自身が見た話と聞いた話を時系列順にまとめるとこういうものだった。

 3時間目が終わる前に、窓際に座るクラスメイトが朝井が校門からやってきたのを見たらしい。朝井はマスクを鼻まで上げて着け、学生鞄とバットケースを方に掛けていた。

 もちろん朝井は野球部でも何でもないため、その姿を見た子は不思議に思ったそうだが、透明人間と化してる彼について思索を巡らすことはなかったらしい。

 そして授業の終了を告げるチャイムが鳴り、先生が教室に出るのと入れ替わりに朝井が教室に入ってきた。

 普段通り、両手をポケットに突っ込んだまま入ってきて自分の席に鞄を下ろした。そのまま肩に背負っていたケースも下ろし中身を取り出した。


 この時点では誰も彼に注目しておらず、そしてその爆弾が爆発するとも思っていなかった。


 二番目の被害者である木下雄二は、その次の被害者の沢城明美と二人教室の後ろにいた。

 金属バットを持った右手に下手に持った朝井は、木下たちに近付いて行き側面から沢城と話す木下の顎を目掛けて振り上げた。

 ガツッと鈍い嫌な音が教室に響く。急に来た衝撃に仰け反る木下。そこへバットを両手でしっかりと持ち直しフルスイングを顔面へ浴びせた。

 沢城の悲鳴と共に骨が軋む衝撃音が聞こえて、そのまま頭から崩れていった。それを合図にして教室中の目線がすべてその現場に向けられた。

 日常を感じさせていたざわめきが止まった。状況を把握しようと何が起きたのか問う声がざわめく。

 しかし、朝井は止まらない。バットを倒れた木下へ叩き付けることで彼への興味を無くして、今度はズボンの右ポケットからナイフを取り出した。サバイバルナイフだろうか。折りたたんでいた刃を出して、背後で恐怖に固まっている次の獲物へ向ける。

 容赦はない。ナイフを向けられて悲鳴が凍った棒立ちの沢城の腹部を横に切り付けて、すぐに腕を返して付けたばかりの傷口に対して縦に切り返す。

 彼女のカッターシャツは十字に切り付けられた腹部から真っ赤に染まっていった。

「え、あ、痛い」傷口を抑えた手にべっとりと付いた赤を見て、初めて切られたことに気付いたようで、ぽつりと声を漏らす。

 ドタンと重力に沿って倒れる。痛い痛いと捻り出した声は全ての雑音を消し飛ばす。

 ぴちゃっ、とナイフを伝って血液が床に零れ落ちた小さい音が、されど教室に木霊する呻き声の中透き通って皆の耳に突き刺さる。


 それを合図に教室に居た生徒全員が各々動き出す。泣く、叫ぶ、立ち尽くす、逃げる、目を背ける。しかし、誰も怪物へと立ち向かう勇者はいない。朝井から距離を取る。


 その時有希は教室の真ん中に佇んでいて、茫然自失として全てを見ていることしかできなかったらしい。逃げも助けもせず、腰を抜かしてただ見ていただけ。


 痛みに喘ぎ叫ぶ沢城を無視して朝井が次に狙ったのは窓側で呆然とする藤井亮と橘和彦。

 朝井が足を彼らに向けて動かす。前髪とマスク隠されて彼の表情は何も分からない。

 朝井が一歩近付いたことに気付いた藤井と橘はそれぞれキレた口調で

「クソ虫がァ、ふざけたことしてんじゃねえぞ!」「雄二と明美に何してやがんだ!ぶち殺す!」と怒鳴る。その声はまるで自分を鼓舞するようで強がっているように聞こえた。彼らは一斉に狂気に満ち溢れたクラスメイトへ殴りかかろうとする。


 まずは藤井だった。もちろん、非情な化け物の獲物になったのはという意味で。


 一歩二歩と軽く助走を付けて、勢いそのままに藤井の渾身の右ストレートが朝井の顔へ向けられる。しかし、その攻撃が彼に当たることはなかった。

 朝井はこうなることを予想していたのか、ポケットに素早く左手を突っ込み、大量の粉末を握り取り出して、向かってきた藤井の顔面へと拳を開き浴びせる。


「ぐっ、目があああああああッ」


 その粉末は胡椒と唐辛子が混ぜられたもので、直接顔面にかけられた藤井は悶絶してよろめき突き出した右の拳は空を切る。顔を襲う激痛に目を抑えて声を上げる。

 視界が奪われ足元がおぼつかない彼は格好の餌食だった。朝井は足に精一杯力を込めて、藤井との距離を詰めて、右手に持つナイフを振り下げる。

 ナイフは藤井の鼠径部へ突き刺さる。そして、男性器へとスライドする。

 ナイフを抜けば、血だまりがまた教室に生まれた。朝井の足元に蹲る藤井は絶叫する。


 もう誰も過剰な反応はしない。赤くなるこの教室はあの透明な爆弾の導火線に火が付いていることに対して誰もが知らぬ存ぜぬを決め込んで放置したせいだと理解したからだ。


 残った一人の獲物である橘ですらそれを理解して許しを請う。朝井へと向かっていたその足は、藤井の惨状をみて震えすくみ、後ろへと下がっていく。


 教室に響き渡る阿鼻叫喚。この地獄が生まれて数十時間は経っているように感じたが実際には一分二分しか経ってはいなかった。

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