mission 35

道の中央で向かい合う男女。

女の方は頬を朱に染め、男も少し照れ臭そうにしている。

女は、男の手を取ると__



「私! 貴方のことが、好き!」



大きく告白と言うやつをした。

男も顔を朱に染めると、女を抱きしめた。



「はい、カットォ! お疲れ様、休憩に入っていいよー」



無慈悲に流れるディレクターの声。

先程の男女は何も無かったかのように離れた。

これが人の感情を揺さぶる恋愛ドラマの撮影風景だと言うのだから無常だ。



「なぁ、多田さん」



俺の横にいるもう一人の見物人は、俺の反応とは真逆の興味深そうに撮影風景を見ていた。



「なんだね空君?」


「あの護衛は終わったよな?」


「終わったね」


「ならなんでこんな退屈な物見なきゃいけない」


「なんでって、そりゃ護衛だからね」



終わったと言われたのに、終わっていない。

飛んだ矛盾である。

とは言ってもアイドルの護衛が終わっただけであって、別でまだ残っている。

日本の総理とその家族。

社長に有無を言わさず送り出され、今では横のおっさんとテレビドラマの撮影を見物している。

だが、こんな場所にわざわざ護衛対象共々連れてくるなど割りに合わない。



「なんでここに呼んだ」


「君はせっかちだね。じゃあ本題だ。山室を殺した君に私は少しだけがっかりしている」



目立つ場所でありながら、撮影と言うものを隠れ蓑にする。

実に強かだと言うべきか。

多田の言う通りこの少し前、俺は山室一を処理した。

夜に家に侵入し、有無を言わさず頭に一発。

それから家を焼いた。

まぁ、バレて当然ではあるが、火事によって死んだとメディアに報じられている。

政府側も奴が目の上のたんこぶな存在だったのか目を瞑った。



「本来の仕事するのに彼は邪魔だ」


「なにも殺す事は無かっただろうに」


「あの男は抜け穴をついて来た。それにあの男は欲深過ぎた。狼を飼い慣らすなんて真似できるのはボスだけだ」


「まぁあの男もあの男だ。我々に黙ってそんな事をしているとはね」



事件後に明るみになり、多田さんは休みなど知らず働いている。

自己処理と責任を取るのはこの横のおっさんである以上は真剣である。



「お陰でおじさん、胃が痛いよ!」


「ならそっちで管理して置くべきだったな」



そもそも管理出来ているなら俺は余計な殺しなどしなくて済んだと突っ込む事も出来るが、もう後の祭りである。

そうなった以上はこうなるしか道はない。

多田は大袈裟に胃の辺りを押さえて痛がるリアクションをしているが、残念ながら痛そうに見えなかった。



「あ、それと! この場所狙撃するなら何処になるか、後で紙にまとめて貰えると助かるなー」



手紙の追伸のノリで言ってくるが、本命があまりに軽すぎて、一瞬何を言っているのか理解するのに時間がかかった。

つまりは敵なら何処に潜むかを知りたかったようだ。

流石にギリギリまで封鎖が出来ない以上、撮影現場に会談の為の視察と言えば入ってこられるし、人を少ないのを良いことに俺と打ち合わせまでする。

真面目に仕事をすればとても有能であるはずなのに、この人の真面目な時と不真面目な時の境目がよく分からない。

何とも言えない気持ちになっていると、足音で誰かが近づいてくるのに気がつく。



「あ、空君。来てたなら言ってよー」


「ああ、亜美か」


「多田さん、空くん借りるね!」



先日護衛を終えたばかりの対象は、俺に笑いかけ、手を取る。

どうやら、案内をしてくれるらしい。

横にいた多田さんは、笑みを浮かべ手を振ってくる。

他人事だと凄く面白そうに見てくる。

後で処理しきれないほど細かく書いて復讐としよう。



「姫ちゃんのドラマ見に来たの?」


「姫ちゃん? 俺はあの男に連れられて来ただけ」


「えっ? ……本気で言ってるの?」



凄く驚いた顔をして俺を疑ってくるが、姫ちゃんとは聞いたことがない。

俺の想像がついてないのを察して、姫ちゃんについての情報を教えてくれる。



「姫崎初桃だよ? 学校の屋上で会ったことあるんだけど……」


「ああ、あのピンク色か」



ピンク色がさっきの役を演じていたのか。

怖いぐらいに感情が七変化していたとは言え無い。

そのまま連れられて来たのは、カフェ。

モダンで落ち着いた見た目をした店であるが、このドラマとやらの撮影で貸し切られているらしく騒々しい。

中に入ると、知った顔ぶれが多かった。

4人掛けのテーブル席にはピンク色と護衛対象、後同僚の3人が掛けており、楽しそうに談笑していた。

そこへ加わる亜美。



「姫ちゃん、お疲れ様! みんなに差し入れだよ」



亜美はケーキの紙箱を見せると、ピンク色を含め3人が嬉しそうに笑顔になる。

どうやら甘いものが好きらしい。



「私、ケーキなんて久しぶりで。あ、でも仕事中だし……」


「葵ちゃんも食べて、食べて!」



亜美によって流されてしまう、同僚。

それだけ誘惑的だったらしい。

が、俺の姿を見てその手が止まる。



「「あっ……」」



それどころかそこ場にいた他の2人の動きまで止まった。

それはまるで動物の擬死のようであり、俺と言う外敵から身を守るように硬直した。

先日、あれだけの戦闘を見たのなら仕方無い。



「あたし……ごめん!」



ピンク色が立ち上がり、サイドテールの髪を揺らして店の外へと逃げた。

あれだけ酷い言葉を投げつけた反応としては当然とも言える。



「姫ちゃん待って!」



亜美はピンク色の後を追って店を出た。

店を出る前に一瞬こちらを見たが、それは謝れてないなら後で謝れと言わんばかりだった。

残された護衛対象に至っては俺に不快感を示し、同僚はどうして良いのか分からずオロオロしている。



「あなた、どう言うつもり?」


「さぁね。連れてきたのは亜美だ。彼女に聞いてくれ」



護衛対象が向けてくるのは怒りや憎しみに近い睨み。

最も向け慣れているものだった。

戦場で助けた者からよく向けられて来た。

なんで助けたのかと。

そんな感情を向けられていると言うのに、自身の感情は驚く程に冷静で薄い。



「あなた、よく彼女にあれだけの事言っておいて姿を表せるわね」


「まるで後ろめたい事でもしたようだ」


「自覚ないのね」



酷い言われようだが、その通りだった。

人の負の感情以外を理解できない俺は自覚をしようにもできない。

そして目の前の彼女との関係も会談が終われば切れるぐらいな関係でしかない。



「同じ歳だから勘違いしたのか? 俺は元々こんな人間だ」



どこまで行っても悪党で、そして救い様がない。

人を殺すのに特化した体と心は、選ぶ言葉とやらをいつも間違える。



「最低な野郎ね」


「そうでなければ真っ当な人間として生きている筈だ」



同僚はどうして良いのか分からず、手を出したり引っ込めたりしている。

行動するべきかどうかを悩んでいるようだった。



「出会って直ぐに言った筈だ。本当の俺を知れば、君は間違いなく近付かなくなる、と。その本性がこれだ」



2人が息呑む。

1人は恐怖で、もう1人はその先に興味を抱いて。



「他者を理解せず、人を殺し、その上で何も感じない。強さの代わりに人間としてはとても不完全だ。最低野郎、まさにその通りだ」



不敵の笑みを向ければ、その頬を思いっきり張られた。

避ける事はせず、それを甘んじて受け入れる。

頬ではなく、少しだけ胸が痛んだ気がしたが、直ぐに収まった。



「あなたはもっと優しい人でまともだと思っていたのに!」



目の前の由奈は涙を流して、俺を精一杯に睨んだ。

まるで信じていた物が裏切られたような言葉だ。

手で顔を押さえると店を出て行った。



「お前は良いのか?」


「偽悪的ですね」



随分と同僚には買われているらしい。

だが、その言葉の端には咎めるような棘がある。



「偽ではなく悪だ」



訂正すれば同僚はムスッとした顔を向け来て



「本当にそうならもっと笑ってよ。なんで不機嫌に言うの?」



確信を突くように言ってきた。

あまりの突然に一瞬、ほんの少しの間俺は何を言うべきなのか迷った。



「今の関係は良くないし、もう直ぐ終わる。本当なら関わった事すら無かったと言う事にしなければならない。そういう決まりだ」



そして気付けば本当の事を喋ってしまった。

それはこの世界に踏み入った時から掲げているルールであり、線引き。

過去に痛い目を見た時から絶対と定めたものだ。

同僚は穿った目で俺を見る。



「一つ教えて。日本は楽しかった?」


「まあ楽しかったよ」


「なら良し!」



俺の背中を叩いた同僚は泣きながら出て行った由奈とは違い、少し笑って出て行った。

取り残されたのは俺一人。

そして、コーヒーを入れた容器を手にしている多田さんだけだった。



「ねぇ、おじさん思うのだけれど、引っ掻き回し過ぎじゃない?」


「それは言うな」





それからというもの、特に何かあったという訳も無く、何もない日々が続いている。

学校では関係を築くことをしなかった為に浮いた存在だ。

誰もが近づく事を諦めた。

が、何人かは話しかけては来る。

とは言っても毎日別の人であるが……

護衛対象である由奈は、あからさまにこちらを避けていた。

前のような元気さは感じられず、ため息を吐く事が増えた。

遠目に護衛していても分かるほどに。

俺が影響を与えているのは明白だが、どうしようも無い以上は口を挟むこともない。



「ねぇ、クラスの出し物、ほかに案とかない?」



黒板の前でチョークを振り回し、クラスに案を求めているのは学級委員長。

クラスを纏める役職らしい。

そして、聞くところ学校という場所には祭りがあるらしい。

日々勉強する彼等の息抜きも含めているのだろうが、時期的に被ってしまった為に参加せざるを得ない。

そして今黒板に書かれているのは、喫茶店、劇の2つ。



「ならこの二つから決めましょうか」


「ねぇ、転校生君。君はどっちが良い?」



クラスメイトの1人が俺に問いかけてきた。

それで視線が一斉に集まる。



「なんで俺に聞く?」


「だってさー、休み時間になると直ぐいなくなっちゃうし! 君の事知りたい人多いと思うけど?」



ニヤニヤしながら言うクラスメイトに、勢いよくかぶりを振る委員長。

このクラスは俺に興味を抱いているらしい。



「ねぇ、どっちやりたい?」


「どっちもやりたくない」


「ええー! 皆んなはどっちが良い?」


「俺は劇かな。転校生君の演技を見て見たいな」


「私喫茶がいい! 彼が給仕やったら絶対ウケるから!」



クラスが騒がしくなる。

そこへ教室の扉が開いても誰も目に止めてはいなかった。

それこそ、他教諭なんて興味の一つすらわかないらしい。



「空君。理事長がお呼びです」


「やっとか」





羽田空港。

ジェット機に接続されたパッセンジャータラップから降りてくる女性と、黒い格好をした兵士達。

兵士達は女性を護衛する様に展開し、誘導していく。



「お待ちしておりました」



タラップを降りた先には日本の要人達が出迎えていた。

とは言っても軍属ばかり。

自衛隊の姿まで見られる程だ。

女性は不敵に笑う。



「さて、我々の戦いを始めよう」


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切り裂きジャック-狼に育てられた少年- わんこそば @wanko_soba

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