mission 34


『ハハハッ!』



衛星電話から聞こえる笑い声に、俺は心底げんなりしていた。

学校の屋上だというのに、その声が響き渡っているような感覚に陥る。

それに襲撃事件の次の日の朝から、こんな笑い声は聞きたくは無く、どんよりと体が重くなるのを感じる。

電子音に変換され、多少マシかなと思ったはずの笑い声はただただ怖い。



『お前も少しは笑ったらどうだ?』


「ははは。こうですかボス?」


『なんとも感情が薄いなお前。しかし、あの切り裂きジャックがついに動画で捉えられるとは傑作だよ。世界中の諜報機関は大慌てさ』



笑ってる原因が世界中を震撼させてる話題ってのが、いただけない。

CIAとかが慌てふためいている中で、のんきに笑ってるのだから底が見えないというべきか……

普通、あんたの手駒の一人のが明るみに出たのなら対処に追われて笑ってられる余裕はない筈なのだが、ご機嫌良すぎではないだろうか?



「その割にはボスは随分楽しそうですが?」


『これも想定の範囲内だからだ。お前を追い込んだら、どう行動を取るかなんて簡単に分かる。しかし、良い場面を撮られたな。褒めてやろう』



ご機嫌な理由は予想通りに事が進んだからか。

褒められてるのに嬉しくない上に、逃げ出したいと思ったのはいつぶりか。

あの3日目の電話は俺の行動の誘導と言うことになる。

自分の手駒を追い込む事自体理解出来ないのだが、行動すら誘導されているのはもっと理解出来ない。

仮にも俺の飼い主なのだから少しは労って貰いたい。

それに出回っている動画。

撮られたのは俺が刃物を持った男を対処した場面だった。

それはもう、奪った刃物で肩に突き刺すとこまでバッチリ映っていた。

映像から分かるのは俺の身長と、動きの癖。

下手をすればこれだけの情報から俺を特定する可能性が少なからず存在している。

現在、あのハッカーに対処して貰ってはいるが、中々に苦戦しているらしい。

各国の諜報機関が俺の情報集めに慌てるのも頷ける。



「満足ですかボス?」


『ああ、満足だよ。お前と言うカードを日本が持っているかも知れないと疑心暗鬼になるだけで価値がある。しかも存在しないカードだから尚更だ』



俺の存在一つにそんな価値はない筈なのだが、ボスの策略によって世界は慌てている事実がある。

何をやりたいのか皆目見当がつかないが、きっと先を見越して先手を打ったのだろう。



『お前、分かってないだろ……。今のお前はどこの国も欲しがる存在だ。絶対に負けずに任務をこなし、忠誠心が高く、裏切らないと来た。何のためにお前をあちこちに投入してると思っている』


「特殊部隊を倒す事で、今の世界のバランスを保つためだろ?」


『よし、立派な駒の回答だな。……前にお前に話しただろ? 私の最終目的は機能不全の国連の解体だ。変にグローバリズムを推し進めるから世界はおかしくなる。解体が終わった時、世界は混沌に包まれる。それを制御するのは私の部隊だ。そのためには敵に勝てないと言う恐怖を与える必要がある。それが理由だよ』


「ご丁寧にどうも」



通話先にいるあの女は、俺を拾った直後に「世界を変える。お前にその先兵になって貰いたい」と言った。

当時の俺はもっとガキで、ただ一緒に連れ添った子供達が死ななくて済むのならと手を取ったのだ。

でも、この世界で生きるのはとても残酷で、今の俺はボスの意見を叶えるために先兵になるのも厭わない。

しかしボスのやり方は、ミスを犯せば今よりも酷い世界になる可能性がある。

終わらない戦いの幕開けになる可能性だって少なからずある。

いや、そちらの方が可能性が高い。

それが分からないボスでは無いと俺は信じている。

それにボスの駒な以上は、どんな世界になろうと俺には関係ない話である。



『私はお前の腕を買っているんだぞ? もっと胸を張りたまえ』


「それをすると、世界中が俺を狙うから寝れなくなる……」


『それぐらい余裕と言って見せろ。まぁ、いい。後はこちらに任せて、次の準備でもしながら待っていると良い』


「言われなくても」



そう言って通話を切る。

あの女は本当に容赦が無い。

溜め息を吐こうと思えば、屋上の出入り口のドアが開かれる。



「今のが社長さん?」


「随分と手懐けられてるわね」



どうやら盗み聞きしていたらしい。

亜美が屋上に現れたと思うと、後ろには当然のようにいる由奈。

後、確か亜美と同じところにいたピンク色が現れる。

この様子から連れてきたのは由奈と見るべきだろう。



「やっほー、こんにちは」


「関係無い奴が別の学校に来ていいのか? 警備的な問題があるぞ」


「あははは……」



笑って誤魔化すところを見るに駄目なんだろうな。

何のために連れてきたんだか。

制服すら違うし、自由過ぎるのではないだろうか?



「大丈ッ夫だもんね! ……たぶん」



確信すら無いとは恐れ入る。



「そうか、なら帰れピンク色」


「姫崎初桃って名前があるの!」


「ピンク色で十分だ」


「ひっどーい! せっかく仲良くなりに来てあげたのに」


「結構だ。帰れ、むしろ邪魔だ」



何でこんな奴と仲良くなんてしなければ行けないのか……

どう見ても住む世界が違う。

それを言うと3人とも違いすぎるが、別方向に無理だ……

何というか、このピンク色を生理的に受け付けない。吐き気が……

後、キラキラし過ぎて目が痛い。



「あー、失礼な顔してるよキミ!」


「上から言ってるくるような奴に尽くす礼は持ち合わせていない」


「うっ……」



感情が豊かなのか、コロコロと表情が変わる。

笑ったりはするが、全体的に亜美の方が落ち着きがある。

そこの高飛車なお嬢様と同等クラスかコレは……

小さく「まぁ、いいや」と呟くと、俺に指を指してくる。



「それより本題! 私に見覚えある?」


「ないな」



目が痛くなるような知り合いはいない。

俺の反応に泣きそうになっていた。



「即答ッ⁉︎ もうちょっと考えてよ!」


「いや、ないだろ」



こんだけ目立つなら忘れようもない。

名前は覚えられそうにないが。

少しは考えてみるが、接点と言う接点は無い。

先日が初めて会ったと言っていい。

亜美が申し訳なさそうにした表情で俺の肩を叩く。

顔を寄せて耳元に近づいてきた。



「えっーとね。初桃ちゃん、私と空くんが初めて会った時にあってるんだけど覚えてるかな?」



亜美の言葉から分かるのは3年前。

やっぱり覚えていない。

覚えていたらその空君、記憶力がちょっとどころか良過ぎるのではないだろうか。



「あの時、私のお母さんは助かったんだけど、初桃ちゃんのお父さんが……」



そこで亜美の言葉が途切れてしまう。

後は日本文化で言う察して欲しいそう。

そんな気はしてたが、そう言う事なんだろう。

テレビ局の占拠という暴挙を止めるのに精一杯な俺は多数の被害者を出して解決した筈だ。

投入されたのも占拠後だった以上、既に多くの死者は出ていた。

改めて、姫崎初桃と言う人物を見る。

俺に見えないように震える手を後ろへと隠し、キラキラしたテンションを維持しようとしていた。



「3年前! 頑張って、私達を助けてくれたのにキツく当たってごめんなさい……」



それは見栄も何もない純粋な謝罪だった。

てっきり罵倒をされると思っていた俺にとっては拍子抜けもいいところ。

まぁ理解出来なくはない。

亜美と彼女は同じ場所にいて、同じく巻き込まれた。

同じ業界にいる以上は不思議ではない。

俺にとってはよくある戦場でも、一般人にとってはそうでは無い。

乗り越える為にもこの行為は必要らしい。



「被害者が何故謝る必要がある。色々言われるの当然だ、慣れてる。ピンク色が思ってる程、俺はまともじゃない」



どんなにキツく罵倒されようが心の変化は感じられないし、謝罪を受けても「ああ、そうか」ぐらいな認識しか持てない。

普通の人を目の前にすると、嫌になるほど自分が普通とは遠いのか分かってしまう。

だからこそ人が嫌いなのかも知れない。



「それに謝った所で何も変わらない。自己満足に付き合わせるなら他でやれ」


「えっ……」



驚きから、今にも泣きそうな顔をする。

俺に裏切られた以上はそうなる事は知ってる。

俺を踏み台に乗り越えようとする魂胆が見えるからか、気が付けばキツい言葉をぶつけた。



「ちょっと、空君!?」


「あなた、言い方ってものがあるでしょ」


「慰めて欲しいのか? そんな言葉を掛けた所で死んだ奴は帰っては来ない」



2人はピンク色を庇う。

だが、俺はこれ以上の言葉を知らない。



「初桃は、頑張って前に進もうとしてたの!」


「俺を踏み台にしてか? それは解決にはならない」



俺を踏み台にして乗り越えてもピンク色は救われないのを知っている。

どうしようもなさを受け入れるだけの諦めだ。

後々、後悔が襲ってくる。

ピンク色は目元を腕で覆って屋上から去っていく。

去るのを何も言えずに見届けていた由奈が、俺を恨む勢いで睨み付ける。



「あなた、自分が何を言ったのか分かってるの?」


「ああ。それがどうした?」


「見損なったわ」


「それはどうも」



ピンク色を追って、由奈も屋上から去った。

残されたのは俺と亜美の2人。

だが、この護衛対象だった亜美は何かを気付いたかのように俺を見てくる。



「何で嫌われようとするの?」


「単純にアレは嫌いだ」


「違うよね。空君、優しいもん」


「優しい? 俺が?」


「優しいよ。泣きじゃくる私に『お前の母が死ぬのは行動一つにかかっている。死なせたくないなら目を背けるな』って声を掛けて、必死に撃たれたとこを治療してた。だから君が意味の無い事なんてしないって知ってる」


「………」



鋭いな。

去った由奈のように何も知らなければ一番楽なんだがな。

亜美は悲しそうな顔を向けてくる。

俺にとっては一番嫌いなヤツだ。



「何で悪役になろうと必死なの? それじゃ空君だけが救われないじゃん!」


「救われるも何も、俺は元から悪だ」


「違うよ。私は空君の本音が聞きたい」



俺の手を取り、不安げな表情で訴えて来る。

どこまで俺の内側へ入り込むつもりだ。

胆力と言い、察する力と、どこまで気付いているのだろう?

誤魔化し方を悩んでいると、掴まれた手に入る力は強くなる。

情で訴える拷問だなコレは。



「諦めて受け入れても、後悔は消えない。恨むべきテロリストは俺が殺した。あのまま俺を恨んでくれれば多少は気休めになる。コレで満足か?」


「………」



理解はしたが、納得したくはないらしい。



「もっと他の解決方法が良かったな……」


「他と言われても、コレ以外は思いつかない」


「そうだよね……。空君はそういう人なのは知ってる」



彼女も諦めたのか、手を離してくれる。

俺に背を向けると、屋上からの転落防止策に手を置いた。



「でもね。コレで良かったんだって思う最低な自分もいるんだ。不器用な優しさを知るのは私だけが良いなって……。私ね、昔はもっと暗かったんだ。人の前に出るのが怖くて、逃げてばっかりだった」



何と声をかけるべきなのだろうか?

一瞬の沈黙が流れると、亜美はこちらに振り向いた。



「でもあの時、撃たれたお母さんを押さえて無いと治療が出来なくて死んじゃうって時に、空君の一言で変われたんだよ? だから、私も空君を救いたいな」


「救ってどうする?」



普通は悪党から救うのではないだろうか。

そうなると俺は倒されなければならないが。



「そうだなぁ。空君と一緒にご飯食べて、お出かけとかしたいな」


「なら、既にしたな」


「最後まで聞いてよ!」


「あ、ああ……」


「でね。一緒に映画見たり、お買い物したり、テレビに映る私をみて一緒に笑ったり……」


「楽しそうだな」


「そう、楽しそうでしょ」



亜美はニコッと無邪気な笑顔を向けてくる。

反応に困っていると、彼女は大きく深呼吸をした。

それから一拍の間。



「ねぇ、空君。私じゃ駄目かな?」



それは彼女からの告白と言うべきか。

何度か映画で見た事がある、俺にとっては最も理解出来ないモノだ。

俺の心には愛だの喜びといったモノは無い。



「………」


「そっか……。私じゃ駄目かぁ……」


「気を悪くしたなら謝るが、そもそもその感情が無い」



俺は戦場で地獄を見過ぎた。その結果、心は壊れている。

戦場において必要のない感情は消えているどころか、そもそもの感情が薄い。

それは痛いほど分かっている。ボスに指摘される程だ。

今になってその酷さと言うのはよく理解出来た。

確かに仲間から重傷と言われる訳だ。欠け過ぎだな。



「そっか」


「それで良いのか?」


「だってまだチャンスはあるんでしょ? ならもっと頑張っちゃうよ!」


「そうか、また必要になったら呼べ。幾らでも解決してやる。俺に出来るのはその程度だ」


「もちろん無償だよね?」


「ボスに聞いてくれ……」


 

コイツの精神の強さは俺以上な上に、商魂たくましいと来た。

やっぱりコイツも苦手だ。



「なら良し! 私も初桃ちゃん達を慰め行かないと。いつかはちゃんと謝らないと駄目なんだからね」


「肝に命じるよ」



急ぎ足で亜美も屋上から去っていく。

残されたのは俺一人。

ようやく待っていた静かさが帰ってくる。



「騒がしい奴等だな」



ようやく解決した事件を振り返っても、その言葉がよく似合う奴等だ

この時間を楽しもうとした矢先に、携帯が震えているのに気がつく。

取り出せば、何通かのメールが届いている。

全て独自の暗号に変換されており、一部を脳内で戻しながら読み進める。

きっと俺は悪党さながらの邪悪な笑みを浮かべているのだろう。

メールの内容は山室一についてだった。

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