mission 33

「みんなー!今日はありがとね!」



姫ちゃんの言葉が会場に響くと、それに返ってくる熱いファンの声援。

やり切ったと達成感と、何も起きなかった安堵が同時に押し寄せてくる。

私はみんなに悟られないように胸を撫で下ろす。

何事も無く終わって良かったぁ……



「そこ、どうしたの?」



杏香ちゃんが、何かに気付いたのか声をかけた。

私も杏香ちゃんと同じ場所を見ると、その場所だけ喧騒に包まれている。

その中から1人の男の人が刃物を手にステージに登ってくる。



「亜美ィ!」



その叫びで会場の空気が変わったのが分かる。

さっきまで熱気に包まれていたはずなのに、凄く寒気を覚える視線。

投げかけられた言葉に、背筋が凍り付いてしまう。

後ろに下がろうとした時、ステージに引っかかってしまい、尻餅をついてしまう。



「えっ、うそ……なんで」



体を動かそうとして、動かない事に恐怖感を覚えた。

前に人質になった時は、由奈ちゃんのためだと言い聞かせたから出来た。

なのに自分のために動けないなんて……

縋る気持ちで遙か上の天井付近の空君を見た。

それを見て、私は絶望してしまう。

彼は、彼の戦いをしていた。

今、私に助けてくるヒーローはいない。



「えっと……、君は誰かな?」



必死に作り出したキャラで、今にも逃げ出したい気持ちを押さえつける。

これが表の私。私にできる最後の抵抗。



「忘れたとは言わせないぞ! 俺は、…俺はぁ!」



一歩、また一歩。

ステージに上がった男の人が歩み迫る。

その足は一歩一歩が重く、怒りが篭ってるように見える。

私に出来る事なんてもう残されてない。

男の人の刃物によって刺されて終わってしまう。

後、3歩。もう目の前だ。

男の人がナイフを振り上げた直後、思っても見なかった事が目の前で起こる。

空君と仮面をつけた男の人が上から降ってきた。

空君は私の前へ庇うように降ってくると、直ぐに拳銃を構えて戦えるような形をとった。



「間に合ったか。怪我は?」



私の事を心配してくれる言葉をかけてくれた。

それだけで胸が高鳴るのを感じる。

でも、本当に心配するべきは私でなく空君の方。



「それはこっちの台詞だよ」


「俺は問題ない」



素っ気ない対応をすると、直ぐに彼の体に括り付けられたワイヤーをナイフで切り離した。

怪我は本当に無いようだけど、平然とした対応は3年前のあの時と全く変わらない。

それを聞いて安心してる自分がいた。



「お前のマネージャーと共に、大和葵と合流しろ」


「うん、分かった」


「亜美! こっちだ」



私は走ってマネージャーの元へ急いだ。



* * * * *



「さて、どうする仮面? 互いに公衆に姿を晒したが、それでもやるか?」


「……ちっ。これが狙いか」


「なんの事やら?」



どうやら上手くいった。

俺もコイツも、表の世界に晒してはいけない存在であるからこそ効く、諸刃の一撃。

こうなってしまえば、俺もコイツも下手に動くことは出来ない。

ワザとステージの上に落ちた以上、ライブにやって来た人達全員が、この状況の目撃者となる。

俺は戦場にしか現れないと噂される切り裂きジャックとして、仮面男は謎に現れた怪しい奴として世界に注目される。

携帯のカメラで動画を撮られたら、それこそ一発アウトだ。

だからこそ、表に出てしまうという恐怖がある。

状況を素早く理解する頭を持っているのなら、ここは引くしかない選択をすべきである。



「お前、あの時のッ⁉︎」



亜美を襲おうとしていた男が俺を見て、恐怖を抱いていた。

おどけて誤魔化すが、反応がよろしくない。

顔は隠してる筈なのだが、バレたようだ。



「長期間の待ち伏せは相手の隙を作るとでも教わったか?」


「………」



男の口元が動く。だが、それが致命的だった。

一瞬、俺が男に気を取られた結果、仮面男は姿を消した。

そして、去り際に「俺の勝ちだ」と小さく呟くのを残して。



「待て!」



叫ぶが、もう気配すら感じ無い。

最初から去り際まで忍者のようだと印象が残った。

こうなった以上、ベレッタを構える必要がなくなり、ホルスターへとしまう。



「なんなんだよ、もう! こないだも、今日も! 俺の邪魔をするなよ!」


「それはこちらのセリフだ。お前がこんな事を考えなければ、そもそも俺は護衛なんてやらずに済んだ」


「そんなの嘘だ!」



聞く耳持たずか。

となると実力行使しかなくなる。



「俺は聞いたんだからな! 亜美に近づくクソ野郎だと!」


「聞いた?」



聞きたくなかった言葉が聞こえる。

つまりコイツは、最初から最後の行動に至る全てを操られた哀れな奴になる。

普通のストーカーをどのように唆したら、こんな実力行使させるまで追い込めるんだ?

やったのは間違いなく、あの仮面男。

去り際に残した、俺の勝ちだと言う呟き。

考えたくなかった想定が繋がる。

このままでは確かに俺の負けだ。

だが、まだ王手。ひっくり返す手はある。



「信憑性もない言葉を信じて行動を起こしたと?」


「うるさいうるさいうるさい!」



もとより正気では無い以上は、取る行動は本能的なものになる。

そして技術が身に付いてなければ、ナイフの振り方は人を殺せるものでは無くなる。

大振りなナイフのを手首を掴んで受け止め、足を払う。

男の体勢が大きく崩れて宙をまった後は、地面に叩きつけられる。

投げる途中で奪ったナイフを逆手に持ち、地面に叩きつけた男の右肩に突き刺した。

サバイバルナイフの特徴は丈夫にする為に、刃が厚くなっている。

そして、刺す以外の目的もあるために先端が丸みを帯びている。

抜き刺しを目的としたミリタリーナイフと違い、ステージそのものまで突き刺したこのナイフを抜くのは難しい。



「あがあぁぁぁああああ!! 痛い、痛い!」


「生きてる証拠だ。喜べ」



俺の言葉など届いて無いぐらいに泣き叫んでいる。

ステージまで貫通したからにはそれなりな治療が必要だ。

日本人だからと言う理由で殺しもしていない。

ずいぶん優しい対応だ。

後は警備員に任せてある場所に向かわなくてはならない。

本当の黒幕の場所へ。



* * * * *



そこは誰もいない、関係者専用の駐車場。

大型トラックやバン、バスまで止まるその場所にそいつはいる。

丁寧に亜美を連れて、バンに乗る直前。



「あんたが黒幕だろ?」



ベレッタのセーフティを解除して、構える。

そいつは当然、銃を向けられる事に不快感を示す。



「何を言ってるんだ、君は」


「合流する筈の大和葵はどうした?」


「彼女なら遅れて……」


「来ないんだな」



眼鏡の奥の瞳が揺れるのが2回。

だからこそ確信に変わって、王手からの逆転の一手が打てる。



「初めから何か変だった。俺の情報が筒抜けってのがまずおかしい。そうだろ、マネージャーさん?」


「えっ……」



事を知らない亜美が、酷く驚いた顔をして体を硬直させた。

マネージャーが引っ張るのと、固まってしまった亜美が互いに衝撃を受けたかのような挙動から見て取れる。



「俺じゃないなぁ、それは」


「情報をストーカーに流したのはさっきステージにいた仮面の男だろ? じゃあ、仮面の男に情報を流したのはどいつだ? 俺の情報は極秘だ。知ってる奴はごく少数だ。消去法でいくと1人しかいない」



最後の一言が決定的だった。

マネージャーは目の色を変え、バタフライナイフを展開。

亜美を人質に取った。

亜美の首にナイフの切っ先を当てがう。

刃渡りは5センチほど。

だが刺されば、頸動脈も、気道も潰せるような長さだ。



「傭兵だと聞いてたんだけどなぁ。君は探偵ごっこもできるんだね」


「小説に出てくる探偵ならば、事件前に解決できるだろ? それに推理の一つすらしてない。ただ単純に要素を潰して消去法で考えただけだ」



俺が探偵なら、きっとシャーロックホームズは激怒するだろう。

こんな正義のかけらもなく、切り裂きジャックの二つ名まである傭兵なら尚のことだ。



「どうして、マネージャー……」


「君は強いからなぁ。だからさ、壊れるところが見たいんだよ。心が強い人間が心を壊すのを見るとゾクゾクする。君の前のアイドル達もみんな心を壊してやめてしまったんだよ」



聞いてるだけで、関わりたくなくなるのはどうしてだろうか。

ヤバイ人種だからだろうか?



「だからさぁ、今回はストーカーに色々情報を教えて見たんだよね。そしたら面白いぐらいに事が進むの! 君はストーカーに追われる被害者として、僕に縋るでしょ。だから僕は優しくするんだ。その後に大きな絶望を与える! そうするとね、パキッって聞こえるんだよ、心の折れる音! もうね、ゾクゾクが止まんなぃ」



違うな。

関わりたくないと思ったのは、戦場で見たことある光景だからだ。

稀におかしな奴がおかしな行動を取る事がある。

感覚もぶっ飛んでいて、考えも全く見えない。

見た事があるからこそ、関わりたくない程度で収まっている。

亜美は当然、絶望と恐怖に震えていた。

あの時の強さなど微塵も感じる事なく。



「君は強いからね。銃は捨てて貰うよ。じゃないと刺しちゃうゾ?」



ベレッタを足元へ置く。



「そのまま、そこから離れろ」



言われた通りに数歩後ろへ。

あの距離では銃よりもナイフの方が速い。

無関係な人質ならばそのまま撃ち殺してるところだが、最悪な事に人質は護衛対象。

従っていなければ、殺されて失敗となる。

救援を呼ぼうにも、無線機は仮面男のせいで投棄してしまった。

前回と言い、今回と言い、人質になるのが好きなのかと錯覚しそうになるほど、彼女は命の危機に晒されている。



「で、何が望みだ?」


「一度、銃ってのを撃って見たかったんだよね」


「そうか」



マネージャーはベレッタの元まで歩くと、拾ったベレッタを珍しそうに扱う。

人質を解放してくれれば嬉しいのだが、しっかりと離すことなく近くに置いている。



「確か、こうかな」



スライドに付けられているセーフティを外し、後ろの撃鉄を引き起こした。

狙っているのはもちろん俺。

距離は5メートルほど。



「さぁ、亜美。一緒に彼が死ぬのを見てあげようよ。好きな彼が死ぬとどんな顔をするのかな?」


「や、やめて……」



2人して俺が死ぬ事を前提に話すが、納得いかない。

そもそも、特殊部隊を相手に全滅させてきた俺が、こんな構えるのすら素人丸出しな奴の銃弾を受けなればならないんだろうか。



「どうせだからさ。そのマスクとか取ってよ」



注文の多い奴めと思うが、従ってバラクラバとガスマスクを外す。

素顔を晒しても、ここは丁度良いことに関係者以外はいない。

だから、敢えて作り笑いでも俺は笑った。



「何が面白いのかな? 初めて会った時から君の態度、気に入らないんだよね。年上に対して何様?」


「アメリカの警察が交戦距離10メートル以内で当てる命中率はおよそ6パーセント。素人が扱えば当然低くなる」



素人が構えなど学ばない状況で、敵に当てられるなど迷信だ。

プロですら銃撃戦にはそれなりな訓練が必要だ。



「やれるならやれよ」



構えているのは片手。それに構えの軸も曲がっている。

こんな弾に当たれば、社長に殺されるなと考える余裕がある。



「このッ!」



最初の一発を回避さえしてしまえば、反動制御もままならない素人である以上は、2発目以降はほぼ当たらない。

後は小刻みに動いて回避行動を取りながら近づく。

4発、5発と外させ、懐まで近づくと回し蹴りがマネージャーの顎を捉える。



「ぐはぁッ!!」



吹っ飛んだ距離は5メートルほどだろうか。

脳震盪に口内出血。普通ならまず立つことは不可能だ。



「なんで当たらないッ……」



必死に上体を起こそうとしながら、飛ばされても離さなかったベレッタを向けてくる。



「亜美。目を瞑って耳を塞げ」



亜美は頷き、しっかりと目を閉じて耳を塞ぐ。

直後、俺はトーラス社のリボルバー、ジャッジホルスターから抜き、左手で構えてトリガーを引く。

ジャッジに装填されているのはショットガン用の弾薬。

命中率は決して良くない銃だが、威力は申し分ない。

だからこそ、今回の切り札として持ち込んだ。



「ああぁぁぁああああ!!」



肩の肉を削られ、必死の叫びを上げる。

痛みでベレッタは手から離れて、地面を転がる。



「悪いな。こっちはプロだ。負けるなんて選択肢は存在しない」



ベレッタを回収し状態を確認……問題はなさそうだ。

後は対象の確認をするだけなのだが____引っ付いた亜美が離れてくれない。



「怖かった」


「そうか。首に怪我は?」



少し離れ、首の状態を確認するが、ナイフのよる傷は無い。

こっちも無傷だ。

流石に先程の銃撃音で気付いた大和葵も到着する。



「悪いな。救急車を呼んでくれ」


「今までの説明。後でちゃんと報告書にして貰いますからね!」



手厳しいな。

完全に信用した訳じゃないと、大した役割を与えなかった俺に非があるのも事実である。

電話を取り出すと、葵は離れて行く。



「離れてくれないか?」


「やだ……」


「困るのだが」


「君も困らせたからお互い様」


「これ、防水ではないんだが」


「それでも側にいて……ぐすっ」



返しをことごとく潰されてしまう。

抜け出そうにも腕でしっかりとロックされてしまっている。

声音も凄く弱く、泣いているようだった。

それを無理やりに離すのは、少しだけ気が引けるぐらいだが、実行すると別の護衛対象が怖い。

敢えて、このまま受け入れる選択肢を取るしかない。



「痛い……痛い…」



マネージャーが肩を押さえて必死に呻いている。

別に出血も多くないし、ショック死するような怪我じゃない。

それでも……。

このマネージャーが今回の敵だった事実は、彼女達はどう捉えるべきなのか。

俺が過去、信頼していた人に裏切られた事と重なる。

あの時はどうなったと考えるが、先に吐き気が襲ってくる。

そこで考えるのをやめてしまった。

ただ悲しい事があった、それだけだ。



「おい、一つ聞きたい。あんたが追い込んだ別の奴は生きているのか?」


「痛い……」


「答えなきゃ撃つぞ」


「そんなの、生きてるに決まっている」



凄く投げやりに答えてくる。

同じ外道であったが、まだ俺とは違う。

あの仮面男に唆された被害者2号と言うべきか。

キッカケ一つでここまで化けるとは恐ろしい。

だが、なんとか終わった。

それでも成功とは言い難い。本当の黒幕を逃したのだから。

次は恐らく会談を失敗させようと、実力行使してくるのだろう。

本命を成す為に、誘き寄せられたと言うべきなのか。

俺は敵の策ないし罠に嵌った愚か者だ。

明日になるのが恐怖で仕方ない。

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