mission 32
ライブが始まる前の廊下を歩く。
スタッフ達が大急ぎで行き交う中、黒い戦闘服を着た俺が歩くのは些か場所を間違えたかのように感じる。
手にはバラクラバとハーフガスマスクが握られているからだ。
スタッフは、分厚い紙束やら、
だが、俺にだって余裕は無い。
敵を排除出来なければ、社長に何を言われるのか分かったものじゃない。
「ちょっと君!」
人を無視しながら歩いていると、煌びやかな服を纏った男が道を塞ぐようにして声をかけてきた。
男でありなから化粧をして、髪型をセットしている。
当然、そんな知り合いはいない。
知り合いの多くは悪党で、身なりに無頓着な奴が多い。
「俺に何か?」
「君、亜美ちゃんの護衛だってね?」
「それが?」
「俺の名前は八城 光輝。アイドルをやってるんだ」
「ジャックと呼ばれている」
「珍しい名前だね」
「ええ、コードネームですから」
取り敢えず、作り笑いで名前は教えないと言ったが、驚いた表情をしている。
素で驚いているが大丈夫か、コイツ……
しかし、アイドルか。
アイドルってこんな奴しかいないのだろうか?
「まぁ、良いや。率直に聞くよ。君は亜美ちゃんのことどう思ってる?」
「どうと言われても、護衛対象としか」
「可愛いとか、美しいとかは?」
「何を聞きたいのか見えてこないのですが?」
コイツの主目的がまるで見えない。
俺に何を求めているのだろうか。
美形の顔を利用した、新手の敵か?
露出する腕の筋肉は鍛えられているのが見て取れるが、戦闘とかに使うようなモノには見えない。
多分、一発殴ったら決着が付く。そんな程度だ。
「ええッ!? 今ので分からないの?」
「?」
今ので分かったことは、敵ではなさそうだな……
だが、何を聞きたいのかは分からない。
「恋愛感情とかないの?」
「物理的に持ち合わせてないので」
なる程、好意を抱いているのか知りたかったのか。
残念ながら感情のリソース全て戦闘に特化した俺には無縁の感情だ。
何せ、12歳では既に戦場にいた俺は人格の形成に失敗してる。
それが重要な感情だとは理解してるが、どんなものなのかイマイチ分かっていない。
彼の目が、俺を哀れむものに変わった。
「そうか。今のは忘れてくれ。……ライバルは彼じゃなくて、彼の魅力か」
小言で言っているが、全部聞こえている。
好敵手宣言は構わないが、お前の筋肉では無理だと思うよ。
「他に無いのではあればこれで」
面倒くさいのからは、離れるに限る。
* * * * *
大音量で響く音響と歓声……これは熱狂とも言っていい。
ライブは既に3日目、つまりは最終日を迎えている。
だが敵はまだ仕掛ける気配を見せていない。
この3日で分かったことは、上の骨組みで待機していると非常に暑いという事だけだ。
観客の熱気が上にまで上がってきている。
俺は戦闘服を着ている以上は脱げないし、敵との根比べになっているために動けない。
この熱さの中で上から、レミントンアームズ社のM24ライフルを構えて敵を探す。
こんな戦場でもない場所でアキュラシーインターナショナル社のAX-50を使う訳にはいかない。
少々どころでは済まない過剰火力になる。
それでも今使っているM24ライフルも充分過ぎるぐらいだ。
暗がりの中、スコープに映るのは全く知らない熱狂する観客ばかりで、あの時の男は見当たらない。
「じゃあ!次の曲いっくよー!」
『わあぁぁああ!!』
探している間にも何曲も変わって、観客の声援も変わる。
それが唯一の救いだろうか?
こんな暑いなかで敵との根比べで、何も無かったらと思うとここは恵まれた環境だ。依頼自体には文句が多いのだが。
犯人の狙いは分からないが、1、2日目に仕掛けて来なかった。
俺が敵だった場合は……、やはり最終日の最後に仕掛ける。
何故か。それは最も安心した時に大きな隙を見せるからだ。
人は安堵したした時に気を抜きやすい。
攻撃する事で、その落差に耐えきれず、対応が遅れる為に簡単に倒すことが出来る。
俺の強みは敵側の思考に近づけることが出来る。
だからこそ、相手よりも一歩先を行ってきた。
今回は俺1人では無く、使えるものは使う。
「こちらジャック。状況を教えてくれ」
葵が緊張した声で無線に答える。
『こちらも異常は見当たりません。ですが、気を抜かないようにお願いします!』
直ぐに無線がプツリと切れた。
今の格好で戦闘服以外の装備は、目出し帽に電子イヤーマフ、口と鼻を覆うハーフガスマスクを装備している。
電子イヤーマフに内蔵される無線の機器によってやりとりは容易い。
今の彼女には楽屋周辺の警戒をしてもらっている。
腐っても自衛隊の候補生。多少の役には立つだろう。
彼女に楽屋を警戒してもらっている以上は、終わってからブスリと来ることは無くなる。
だから現状で最も警戒すべきなのは、ライブとやらが終わった直後。
つまりは彼女達が裏へ引っ込む直前だ。
そこが今、最も危険とも言うべき魔の時間である。
残り時間は後30分程度。
感覚は2日で掴んだ。どの曲をやって終わるのか、それは耳が覚えている。
M24ライフルからスコープを取り外し、息を殺す。
距離は100メートルも無く、スコープが無くても狙える距離だ。
「こんなの10メートルと一緒だ」と言いながら200の狙撃をする奴が平気でいるが、アレと俺は比べてはダメだな。
考えたところで参考になりはしない。
観客の熱狂と五人の踊りと歌だけが、目に映る。
彼女達はとても楽しそうに歌って踊っている。
あれが俗に言う天職というやつなのだろう。
どうでも良いことを考え、時間だけが過ぎていく。
「最後だよ、みんな! 楽しんで行くよ!」
『うおぉぉおお!!』
亜美が掛け声を掛けると、観客達はより昂っていく。
そんな時間をぶち壊すかの如く、イヤな気配を感じ取ってしまった。
俺と同じように鉄骨の上でも平気とするする人影。
黒いローブ風なモノに狐の仮面。
外国のイメージの日本ニンジャがまともに見えてくるような、怪しさがある。
口元だけ見えるが、俺を前に獲物でも見つけたかのような笑みを浮かべた。武装は見えない。
「何者だ」
英語での問いかけには首を傾げるか……
暗いが、肌の色は俺と同じぐらいに黄色の中でも薄く白い部類だ。
だから次は、日本語で問い掛ける。
「もう一度聞く、何者だ」
「裏切り者の抹殺者」
喧騒に包まれているのに、不思議と聞き取れる。
返ってきた言葉は、まるで俺が裏切ったかのようだ。
裏切り者か……。モヤモヤする感覚を押さえ、無線に手を飛ばす。が、ノイズしか聞こえない。
ノイズの強さから、目の前の敵がジャミング機器を所持していると見るべきか。
機器の破壊、もしくはコイツを曲が終わる前までに倒せなければ負ける。
嫌だとは言ってられない状況に嫌気がさす。
「一族はお前が死ぬ事を望む。支配者の一族に汚点はいらない」
口から出る言葉はやはり予想通りだ。
相手は俺と同じ苗字を持つ者。
俺の家族を抹殺し、俺が傭兵になった元凶の一族。
憎しみが湧き上がるが、今はそんな感情はいらない。
相手は同じ不知火である。
俺の推測と、ハッカーに調べて貰った情報があっているのなら、戦闘力はかなり高い。
それこそ、俺を殺せるだけの実力を持っている。
「表向き上、死んでる筈なのに復活はあり得ない。次は肉体も殺す」
「目的はそれだけか?」
「いや、違う。もっと別にある」
出したのは日本刀よりも短い刀、直刀ではなく反りがある。
ある種の忍者刀と見るべきか?
ここまでは全て予想通り。
俺を殺したいだけなら、こんな遠回しにはやらないで直接来る。
だが、亜美を狙う目的が分からない。
「何が目的だ?」
返ってきたのは不敵な笑み。
俺が情報を掴み切れてないと確信した様子だ。
今の俺の武装を向こう側も把握しているからこそ、近接戦で仕留めるつもりだろう。
だからこそ俺は、ローンウルブズの1人であるジャックにならなければならない。
敵対するなら遠い親類だろうが、殺す。
「敵として排除する」
「抹殺対象を処断する」
下には数万の観客がいる以上は下手に銃を撃てない。
鉄骨に跳弾した弾が下の客に当たれば目も当てられない。
邪魔な無線を外し、人のいない場所へと投げる。
どうせ戦闘中へ葵へ連絡しても、今更対処など不可能に近い。
なら、少しでも装備を軽くする。
この熱狂の中に落としたところで、気づきはしないだろうしな。
M24ライフルのスリングベルトを回して、背中へ背負いながら相手の出方を伺う。
「来ないのか?」
敵側からの挑発。
狙いはカウンターといったところだろうか。
騙されるつもりはない。
腕の裏に仕込んだワイヤーを起動させ、いつでも展開出来る様に準備をする。
「なら、俺が先行」
鉄骨の上に乗りながらの鋭い蹴り。
あまりに速く、ガードしても重たい一撃。
装備合わせて70を超える俺の体を、簡単に吹き飛ばして来る。
鉄骨の上から追い出され、感じるのは浮遊感。
なんの準備もしてなかったら、ここで俺は死んでいただろう。
予め引っ掛けて置いたワイヤーを引っ張り、振り子のように反対へと飛ぶ。
空中でM24ライフルを仮面男へ向けて撃った。
だが、俺の行動を読んでいたかのように回避した。
武装を出させる為とは言え、M24ライフルの弾丸の速度は秒速900mほどある。
それを射線だけを見切ってかわすのか……
少し離れた鉄骨の上へ降りる。
「今のは良い一撃。普通なら死んでる」
「だろうな」
頭を狙ったから避けられなければ死んでいる。
この男が普通ならと言う辺りは、やはり普通ではない自覚はあるようだ。非常に厄介な敵だ。
互い顔は見えない中での緊張感。
静かになったからこそ聞こえた、曲の転調。
もうあまり時間はない。
「殺すんだろ? こいよ」
今度は俺が挑発する。
目的はこの後の布石のため。
失敗すれば、明日はニュースで持ちきりになりそうだ。
成功しても似たような状況になるだろう。
「裏切り者が調子乗るな」
鉄骨の上をまるで何事もないように走ってくる仮面男。
口元には歪んだ笑みは見えない。
相手もさっきの反撃で実力は痛い程に理解している筈だ。
一瞬にしろ死の感覚は植え付けた。
実力は同じ、なら後は環境をどう使うかになる。
M24ライフルを近くの鉄骨に括り付け、仮面男を迎え討つ。
放たれる高速ストレートを主軸を弾いて軌道をずらし、手首を掴む。
関節を壊すように捻るのだが、自ら肩の関節を外して難を逃れてくる。
直後、前蹴りを放ってきた。
姿勢を低くし、蹴りよりも下に逃れると一歩前へ。
足を肩に乗せるようにし、仮面男のローブを掴む。
そして、そのまま一緒に鉄骨から落ちた。
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